迷うことなく、抗うことなく
「それって前に言ってた妖力のことだろう?」
「関係がないとは言えないけど、少し違う」
すると神月は教室の窓を開けると親指と人差し指で丸を作った状態で咥えると、ピーと音を出す。そして教会で祈りを捧げるシスターのように胸の前で手を組む。
「争うことなくここに来い」
そうするとふわっと白い布が入り込んだかと思うと、一瞬にしてまるでウエディングの新郎の様な白いスーツを着た人の姿へと変わる。
「お呼びいただき光栄です。マドモアゼル」
と神月の右手を取るとその場に跪き手の甲にキスをする。
「来てくれてありがとう」
「貴方様のお呼びとなればいついかなる時でも参りますよ」
神月はありがとうともう一度言うと、こちらを振り返る。
「あまりここに長湯するのはまずい。そろそろ見回りの人が来る。その前に一度場所を移動する」
「なら早くこの教室から出なきゃ」
俺は反射的に踵を返すと、ぐっと手首を掴まれる。
「どこに行くつもり」
「どこにって、見回りが来るんだろ?だから教室から出なきゃいけないだろ」
「このお方まさかこの僕の存在に気づいていないのですか」
能無しだと言いたそうな顔で言ってくる。
「確かにこの教室から出るが、校舎の中は通らない」
来た道を辿らずにどう戻るというのだろう。
まさか、飛び降り?
「貴女様を乗せるのは造作もないこと。ただ野郎は……」
「あまり時間がない。一、お願い」
「麗しき美女のお願いを無下にするほど心がないやつではないので今回は特別ですよ?」
「ありがとう」
神月にそう言われると再び一枚の布に姿を変える。それはまるで狐川の変幻の能力のように姿を変えてみせた。
「また、このパターンかよ」
「さ、時間がない早く二人の乗って」
ん?こいつ今乗るって言わなかったか。
そんなことを思っている間に、俺は狐川に手を引っ張られながら乗り込む。その後に神月が続き窓を閉める。
「月宮はどうするんだよ!このままじゃまずいだろ」
「これは白雪の能力による幻影。だから大丈夫」
「白雪なんてどこにもいないぞ」
「彼女なら校門のところで市川さんと一緒にいるから大丈夫」
一度悪霊に襲われているから一応の護衛のためなのだろう。俺は後ろ髪引かれる思いで狐川に続いて教室を出る。そして、最後の神月は窓を閉めると鍵の真上に手を抑える。
「隔てるものを歪ませ、通り人を拒まず届け」
神月の手の中からは一本の線がスッと伸び窓を突き抜け鍵に引っかかる。
すると、引っ張ってもいないはずなのにカチャンと降りて施錠された。
「一、稲荷神社に向けてお願い」
「かしこまりました、マドモアゼル」
そうすると、昔夢見た魔法の絨毯のような感じの幅のない薄っぺらい布切れが稲荷神社へと進みだす。
「これ、落ちたりとかしないよな?」
「あれ?大神って高いとこ苦手だっけ?」
すると新しいイタズラを覚えた子供のように狐川は口角を上げて、俺の背中にスッと手が伸びて段々と見えていなかった空からの真下の景色が見えてくる。
「おい!ばか、ふざけんな!狐川お前後で覚えてろよ」
「あれ?大神くんは高いところがそんなにも怖いのかな?」
「んなわけねぇだろ!」
久しぶりに浴びた夜風は温もりを感じないほど冷たかった。




