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稲荷神社の妖達  作者: 朝凪
プロローグ
27/93

最後は呟くだけ

そしていよいよ夏休み最終日、八月三十一日。そこで行われるのは覡町の一大イベント、夏祭りだ。


「錫牙、準備できた?」


下の階から聞こえてくる声に俺は読んでいた本を閉じ渋々と部屋を出て階段を降りる。


「準備も何もお前が待たせたんだろう」


「女の子には準備があるんだからしょうがないじゃない」


月宮はやっと着替え終わったのか、いつもの明るさとは対照的な落ち着いた菖蒲柄の浴衣を身につけていた。そしてそれに合わせるように髪も低めの位置で結われている。


「その簪まだ使ってんの」


「だってこれが一番気に入ってるんだもん!」


月宮が髪に挿した簪は俺達が小学生の頃、二人で夏祭りに行った時買ったものだ。二人合わせて千円のお小遣いを握りしめて屋台を回っていた時、月見が立ち止まった出店で見つけた。月宮は俺の手を引っ張り「これが欲しい!」と紫の菫の簪を指差した。値段は八百円。お小遣いとしては買えるが、これ以外何も買えなくなってしまう。だが、こいつは頑固で譲るということをしない。俺は店で変に暴れる前に簪を店主に差し出しお金を支払った。そして、お釣りとして返ってきた二百円と簪を受け取り簪を月宮の手に置く。俺は掌に握っていた二百円に溜息をつく。すると、月宮は俺の袖を引っ張り意識をそちらに向けると満面の笑みで「ありがとう」と返してくれた。結局、月宮が密かにためていたお金でかき氷やわたあめを食べながら見て回った。


「意外と物持ちいいんだな」


「私の扱いがいいんだよ」


「じゃあ、行くか」


俺は持ってきたショルダーバッグを手に取ると中に財布とスマホを入れ、鍵を持ち家を出た。


「無視しないで!」


そんな声を受け流して。


***


夏祭り会場に着くとまだ夕暮れ前なのにすでに明かりを灯された提灯に、すでに活気付いている屋台。いつもの町にはない明るさが町を覆っていた。


「焼きそばにイカ焼き。あっちには焼きとうもろこしまである!」


「チョイスがオヤジ臭い」


「なんですって!どれも美味しいじゃない。あ、あれがいい焼き鳥!」


やっぱり酒のつまみ。

俺は月宮の後を追い焼き鳥屋へと足を向けた。

屋台をひと回りする頃にはすでに腹は膨れて満腹に近い状態だった。


「あとはなにがいいかな」


「……まだ食べるのか?」


呆れ半分で聞くと、月宮はまだまだ余裕といった表現で頷いた。一体、あの細身のどこに大量の食料が入り込まれているのだろう。すると、会場全体に放送が響き渡る。


「迷子のお知らせをいたします。灰夏麻様。灰夏麻様。お友達が探していらっしゃいます。至急、本部へお越しください」


繰り返しますと続けて迷子の呼び出しが聞こえてくる。『灰』といった苗字少なからずこの町では二人しか心当たりがない。そして夏麻という名前。確実にあいつだ。

せっかくだから迷子のお子様にでも会いにいくのも悪くない。なにせ稲荷神社でのバイトの期間中何度も強制的に泊まらさせた仲だ。ちょっと揶揄うくらいバチは当たるまい。


「ちょっと本部に行ってくる」


「なら私も行く」


その言葉に一度足を止める。いやと言ってもついてくるだろうし俺は仕方なく一緒に行く。

本部に着くとそこにはまだ夏麻の姿はなく、同じ苗字を持った冬帆がいた。


「あれ?大神さん、どうしてここに?」


「夏麻が呼び出ししてるのを聞いて。稲荷神社はいいの?」


「うん、みーやんが前半は手伝ったから遊んでもいいって。それで夏麻と一緒に来たんだけど」


「迷子になったと」


困ったよね。と言う冬帆に同情していると、この子は?と俺の後ろにいた月宮が顔を出す。


「夏麻の妹の冬帆。さっき呼び出されてただろう」


「ああ、そういえばされたかも。初めまして、月宮鏡です。錫牙とは幼稚園の頃からの幼馴染です」


「幼馴染さんなんですね。灰冬帆です。大神さんとは……みーやんが共通の友人?」


「みーやんって?」


「あ、神月雅です」


そんな話をしていると遠くからぶつぶつと文句を言いながらこちらにやってくる夏麻の声が聞こえる。声が聞こえてくる方へ目をやるとしばらくしてから夏麻の姿が見えてくる。


「あ、夏麻きた」


走ってくる夏麻にここだと気付かせるように手を挙げる。すると夏麻もこちらに気がついたのか人混みに埋もれながらもこちらに手を振り返す。


「大神さんも来てたんですね」


「誰かさんの迷子の呼び出しでな」


冬帆!と睨む。冬帆は悪気など見せずにやむ終えない手段だったと自分の中で納得しだす。二人が喧嘩をする前に話題を変える。


「二人はもう何か食べたのか?」


「まだです。でも、色々買って帰って食べようかと」


「そういえば水嶋さんの舞はもう終わったの?」


「まだかな。あと三十分くらいかな。意外と花火もあそこから見えるんですよ」


「なら、そこに行こう!」


月宮は既に屋台の方へと繰り出していた。


***


俺と夏麻の手にはわたあめやりんご飴、唐揚げといったように様々な品が握られていた。


「お前らも少しは持てよ」


前を歩く二人に声をかけるが、無視をしたのか周りの音にかき消されたのかで返事は返ってこない。俺がとぼとぼと二人の後ろを追うこた数分。目に飛び込んできたのは先日は暗闇で見えなかった神楽殿。


「綺麗だな」


「普段は閉まっているから見れないけど、こんなにも綺麗なんですね」


神楽殿の周りには既に人集りが出来ていた。俺達はその中に入らずに少し離れたところから眺めようとすると。


「二人ともその荷物さっさと家に置いてきてよ」


「なんで」


「冷めちゃうから」


もう充分なほど冷めてると思いますが。


「まだ舞が始まるまでは時間があるからいいでしょ」


ここで口論をしたところで勝ち目はないことは明白だ。夏麻はずっと文句を垂れていたので、仕方なく夏麻の袋まで受け取ると一人で家まで歩き出した。

途中の道で神月の姿を見つけ、声をかけた。


「なんでここに?」


「これ、夏麻と冬帆からのお土産」


「そうじゃない。大神、今ここに居てはいけない」


「なんで?」


「それは──。頭を下げて!」


俺は訳もわからずに突っ立ていると、次の瞬間には突風により後ろへと飛ばされていた。何が起きたのかと見てみると目の前には黒く鋭いまるで棘のようなものが真っ直ぐに貫いていた。あのままその場に立っていたら俺の頭に貫通していたであろう。


「随分、手荒なご挨拶で」


「……これくらいしないと、貴方は本気でこないと思いました、です」


棘の先端とは逆を見れば、そこには神月よりも長い黒髪に青と黄色のオッドアイ、ゴスロリファションで足元に着くのではないかというほどの袖。見た目だけなら四季と同じくらいの歳に思う。


「そんなに相手にして欲しかったら、不意打ちを狙わずに正々堂々と来たらどう?」


「……貴方には常に妖狐と座敷わらし、狛犬が付きまとってる。だから、一人の時がない、です」


「今だって一人ではなかったけど?」


「……狼はまだ未熟者。警戒する必要皆無、です」


「そう言っていると足元をすくわれる」


「……その確率ゼロに等しい、です」


完全に置いてきぼりな俺は、ただただ二人の話を訳もわからずに聞くしかなかった。不意に、俺の前に大きな影ができたと思い顔を上げると少女から俺を隠すように神月が立っていた。


「大神、この道を真っ直ぐ進めば境内に着く。そこなら狐川がいるから!──早く!」


俺は神月の言葉に従うしかなく勢いよく立ち上がると、指差した方へ一目散に走り出した。後ろからは既に交戦のような音が聞こえる。その音を気にかけることなく目の前の道を続いている限り走り続ける。

暖かな光が目に入ると、すぐに狐川の姿を見つけた。


「狐川!」


「大神?そんなに慌ててどうした?」


「大変なんだ!なんかゴスロリの女の子が急に襲ってきて、それで──」


その次の言葉は、爆風によりかき消される。


「っち、どこいった俺のおもちゃ」


独特なイントネーションを放しながらの口調。突っ込んできたのは大きな鎌。赤みがかった短髪なのに右側だけ肩につくほど伸ばされている。そして耳にはいくつものピアスがあけられている。


「大神、俺の後ろに」


危機を察したのか狐川は瞬時に俺を後ろに隠した。その時、相手もこちらに気づき顔をこちらに向けた。


「あ?みーつけた!」


狐川が盾となり襲いかかってきた鎌を刀で交戦する。


「一体この稲荷神社に何の用ですか?」


「用なんか知るかよ!俺はそいつを狩ればいいんだよ!」


男は一旦距離を取ったかと思ったら息をつく暇もなく、再び鎌を構え次の瞬間には狐川めがけ振り落とされた。狐川は俺を連れてそれをギリギリで躱す。


「何逃げてんだよ!お前は俺に今この場で殺されるんだよ!」


狐川の後ろにいる俺を鋭い目つきで捕らえる。


「随分な物言いだな。名前も名乗らずただ大神を殺すとだけほざく。教養もなければ礼儀もない。もう一度飼い主に躾けてもらうことを進めます」


明らかな挑発に、男の表情は先程までとは違い歯を食いしばりながら目つきが殺意と敵意だけではなく苛立ちとが滲み出てくる。その男が揺らぐ一瞬を狙っていたのか、狐川は俺に耳打ちをする。


「神楽殿の裏手に行け、そこになら四季がいる。今のうちに行け」


俺は迷うことなく再び言われた通りに神楽殿に向かって走りだした。


***


こんな時に限ってついてない。

神楽殿の方に走っていたつもりだったが、辺りを見渡しても木ばかり。明らかな迷子だ。もういっそのことここで神月や狐川が探してくれるのを待ったほうが良いのではないか。そもそも、あいつらは一体誰なんだ。神月はあの少女とは面識があるような口ぶりだった。一方の狐川は心当たりなどない感じだった。でも明らかな敵対心。起きていることを考えても答えなんて出てきやしない。とにかく、神楽殿を探さなければ。そう一歩走り出した時、俺が立っていた場所にはまたしても黒い針が刺さっていた。


「こちらが誘導したというのに先程から随分と運がいい、です」


木々の間からはあのゴスロリ少女。俺は恐怖のあまり足に力が入らなくなりその場にへたりこむ。


「そこまでして本巫女がこだわる意味皆無、です」


針が元に戻ると一体いつ移動したのか俺の正面に立っていた。


「本巫女は見失いましたが、狼がこちら側の手に入れば問題解決、です。……どちらにせよ本巫女は殺せないのだから、です」


先程から聞こえてくる声は右から左へただ通り抜けるのみで意味がまるでわからない。こちらが理解するよりも先にゴスロリ少女は青と黄の目を獲物を捕らえた獣のように輝かせる。


「狼に恨みはないですが我々の目的のためやむ終えない犠牲、です」


やむ終えない犠牲。

その言葉だけで俺が連想するのは『死』の一文字。逃げるにしてももう手遅れだ。少女の針は俺をめがけて真っ直ぐに迷うことなく伸びてくる。俺は恐怖から目を瞑る。最初に届いたのは触覚。生暖かい何かが手の甲や頬を伝う。次は匂い。鉄のような生臭いなかなか消えない匂い。その次が音。ドサリと何かが崩れる音と声。


「……本当に運がいい、です」


その声が聞こえて恐る恐る目を開ける。

目の前には神楽殿で冬帆や夏麻と共にいるはずの菖蒲の花の浴衣を真っ赤に染めた月宮だった。ロベリアは棘を月宮から抜くと、月宮は力尽きるようにこちらに向かって倒れ込む。


「崩落せよ、地のもとに平伏せ」


瞬きする間もなくゴスロリ少女は膝から崩れ落ちるようにして地にへばりついて立ち上がることすら出来なくなる。俺は支えるように月宮の肩を抱く。


「す、ずは……怪我は?」


「怪我ってお前の方が!」


「命生せよ、川のほとりから引き返せ」


そう神月が唱えると透明なカプセルのようなものが月宮を一瞬覆うが、音を立てて破裂する。


「月宮さん!」


神月の叫びなど無視して月宮は俺の頰へと手を添える。


「最後に貴方を守れて良かった……」


そう言うと月宮の手は力なくそのまま地面へと落ちていった。


「つ、きみや?」


体を揺すっても返事はない。何度も何度も呼びかける。


「ロベリア、貴方の狙いは私でしょ?」


「本巫女を見失った時に狼を見つけました、です。それなら先に邪魔な狼を消そうとしたらまた邪魔が入った、です」


「私は貴方を殺せない。でも、死よりも残酷な経験はあげられる」


神月は持っていた刀を構える。すると、バサリと木の上から一人の青年がその間を隔てるように降り立つ。


「困りますよ、本巫女様。我が契約者がこれ以上憐れな姿になるなど、流石に見逃せません」


「シレネ。そちらの事情など知ったことはない」


「でしょうね。まあ、知る必要もありませんが。……さて、ロベリア様みすぼらしいお姿はそれぐらいにしてさっさと立ち上がってください」


「……わかっているの、です」


「まさかこの程度の術式が解けないとは言いませんよね?」


ロベリアは指先を微かに動かす。すると、パッと一瞬光を帯びてからロベリアは立ち上がる。


「それでこそ我が契約者。それでは今日は退散といたしましょう。


シレネという男はゴスロリ少女ロベリアを片手で持ち上げると被っていた帽子を脱ぎこちらに一礼する。


「本巫女様それと狼。こちらの不手際で申し訳ないことをしました。しかしながら、我々は邪魔なものの排除には手を抜きません。あなたをこちら側に引きずり込むまでは」


ではと、振り返るといつのまにかその前には大きな扉が出現していた。


「再び巡り会うその瞬間まで」


そう言い残すと扉とともにシレネ、ロベリアは消えた。

残されたのは静寂と花火の光と消えた温もりだけだった。



***



神楽高校屋上。フェンスを越えたその先で双眼鏡で彼らの姿を見ながら、不敵な笑みを浮かべてこう呟いた。


「超絶!ビャビアな展開です」


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