大切で大事でかけがえのない時間
あの後、しばらくその場から動けずにいると神月が遅くなったから送ってくと声かけられる。今までなら単純に心配してくれていると思うことができたが、監視と護衛。それが目的と知ってしまってからは断ったところで知らないところで見られているのだろう。そんなことされるくらいなら断らず受け入れた方がいいのだろう。俺は素直に神月の提案を受け入れ駅まで狐川に送ってもらった。
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狐川とは特に話すこともなくただただ駅まで道のりを歩くだけ。駅に着くと、じゃあここでと改札口は潜らず見送った。それから一日ぶりに帰路につき家の前まで着く。
「よ、すーずは!」
と、肩を叩かれ後ろを向くと頰に月宮の人差し指が刺さる。
「なにしてんだよ」
「なにって、元気かなって思って」
多分だけど、神月の話したことを月宮は知ってる。それでいて聞いてくるのだからなんとも悪趣味だ。
「今日、おばさんおじさんも夜遅くなるって言ってたから夕飯一緒に食べない?」
これは月宮なりの気遣いなのかもしれない。こうでもしないと話すことなどできないだろうから。俺はポケットに入っていた自宅の鍵を出しドアを開ける。こんなことはよくある日常の一つ。その一つ一つが疑いたくなる日常へと変化していった。
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俺は蒸し暑いリビングを快適な温度に戻すためエアコンをつける。その間に月宮は一度自宅に戻ると、大きな鍋を片手に再びやってきた。
「今日はカレーにしてみたよ。」
そう言うとコンロに持ってきた鍋を乗せ弱火で温める。その間に部屋に行き部屋着に着替える。このあと話すことを考えると少し怖くなる。俺は月宮から何を聞かされるのだろうか。そんな思いを持ったままリビングへ向かうため部屋の電気を消した。
上辺だけの会話をしながら食事を終え、食器を洗いお茶を持って行きまた向かい合うように座る。
「そういえば、おじさんとおばさん元気なのか?」
「うん、昨日も電話して話したんだ」
月宮の両親は仕事の関係で出張することが多い。そのためなにもない時は一緒に食事をすることがほとんどだ。
「何か言ってたか?」
「えっとね、あ。私ねお姉さんになるんだよ!」
飲みかけていたお茶を盛大に吹き出す。わぁ!と驚きながら近くにあったティッシュをこちらに渡す。
「お姉さんって……いくつ差だよ」
「えっと、十五?男の子なんだって楽しみだよね。予定日は十月上旬だつて。」
「楽しみって……。」
俺なら流石に戸惑うどころの話ではない。一人にしてもらってから一度状況整理のため部屋にこもるだろう。俺が項垂れていると。
「そうだ。私のことよりも神月さんとの話でしょ?」
唐突に本題に入る月宮にバレないように溜息をつく。場の雰囲気とか話の流れからしてこの脈絡は完全におかしい。
「そうだよ。俺のことに関して大まかなことは神月から聞いた。月宮が俺と一緒にいるのは俺のこと監視するためだって」
『……やっぱり、あのことは言わなかったんだ』
何か小声で言ったような気がして聞いてみると、なんでもないと何故か寂しそうな笑顔を浮かべる。
「それで、神月に聞いた話の補足が必要?」
「補足というよりも一つ聞きたいことがある」
なに、と言われこのことを聞くのか一瞬迷う。多分、女々しいと思われるだろう。きっと、
「月宮にとって俺と過ごす時間は大切な時間だったか?」
「うん、大切。大切で大事でかけがえない時間。ほら、私の親家にいないことの方が多いでしょ?だからあの家に一人でいるのが寂しくてたまらなかった。でも、錫牙がいてくれて楽しかった」
「なら、いいや」
「え、それだけでいいの?他にもっと何かあるでしょう。今なら出血大サービスで私のスリーサイズでも教えてあげるのに。こんなチャンスもうないよ?」
ほらと言わんばかりに。
「その情報はいらない。ただ、月宮にとって俺との時間がただの監視するだけのつまらない時間だったら『もうやめてくれ』って言って関わろうとはしなかったと思う。けど、違うなら月宮の寂しさを紛らわすことにでも使えたのならいい」
「つまりギブアンドテイクってことだ」
「そっか……やっぱり優しいね錫牙は」
「唐突になに」
思っただけだよと言うと、今日はもう帰るとさっさと玄関へ向かい数秒後にはバタンとドアが閉まる音が聞こえた。
「大切で大事でかけがえない時間か」




