手品か幻か
覡町で育って早十五年。にも関わらず、この町一番大きな神社である稲荷神社に行ったことがないというのもおかしな話だ。初詣や七五三もここではなくここから少し離れた市杵神社だった。
いや、実際には記憶がないだけでもっと小さい頃に来たことがあるのかもしれない。というか。
「この湖稲荷神社の敷地内なのか?」
「そうだね。ここ案外広いから」
へぇと相槌し、辺りを見渡してみる。あるのは偏屈のない木ばかりでお社や鳥居などは見当たらない。広すぎではないか?とそんな疑問がわいてくるくらいだ。木々がザワザワと揺れ出し俺の体に吹きつける。
「ハックション!」
ビショビショになった俺の体をさらに冷やすように。濡れていたことを思い出す。意識した途端になんだか寒くなってきた。それに見兼ねた狐川が俺にバスタオルを掛けてくれた。
「風邪をひかないうちに始めた方が良さそうだな」
「うん、狐川お願いできる?」
「いつでも大丈夫」
狐川は、俺から少し離れてからこちらに振り返る。すると、一瞬で何もない場所から小さな渦を巻きながらすでに鞘から抜き出された刀が出てくる。狐川はそれを掴むと一振り。
「今のを見てどう思った?」
目の前の謎の現象に気を取られ返事に詰まる。
「は?え、手品かなって。タネも仕掛けもわからないけど」
「ではこちらは?」
神月は狐川に対して一度頷くと了承したかのように狐川も頷き目を一度閉じると。そこから先程の何倍も大きな渦が狐川を囲み次の瞬間には渦どころか狐川も消え、その代わりに俺が……。
「って、は!?な、なんで俺がもう一人……。こ、狐川は!」
隣にいた神月に状況説明を頼むようにして聞いてみるが、何一つ驚きもせずにもう一人の俺を指差す。
「目の前にいるだろう」
「で、でもあれ俺」
「そんなに驚くなよ」
いつの間にか近づいてきたのか、目の前にはもう一人の俺が言ってくる。容姿に口調、声までもが全て一致していている。全くもって意味がわからない状況に俺は一人置いていかれていた。一瞬で、人間が他者に変われるなんてそれこそお伽話の怪盗みたいなものしか知らない。
「硬直しちゃったよ?」
「そろそろ本題に戻るか」
完全に脳内がパンクしかけている俺にもう一人の狐川は、俺の目の前に手を出して三、二、一。とカウントするとパチンと指を鳴らす。すると、その場にいたもう一人俺は狐川へと変わっていた。
「な!?なんで」
「なんでだと思う?」
こんなの手品なわけがない。タネも仕掛けもないとかそんな上文句で始められるものではない。なら、今ここで起きていることはは全て。
「……幻とか?」
「さっきよりはだいぶ近づいたな」
近づいた。ということは、今までのは一連の流れは手品などではないということだ。では今までの目の前でおきていたのは一体なんだというのだろう。考えを巡らせていると当事者である狐川が結論を告げる。
「大神、僕は人間じゃない」




