湖の中から
神月に促され外に出た。単純に外に出て気分転換するためだと思ったのだが、違ったらしい。気がつくと周りは木々に囲まれていていた。
「神月、どこまで行くんだ?」
このままどこかで拷問でもされるのではないかと歩く速度がだんだんと落ちてゆく。
「この先の湖……あった。あそこまで」
そう言われて顔を上げて神月が指差す方をみると前に小さく水溜りのようなものが見える。多分それのことだろう。かなり距離はありそうだが、目的地がわかれば楽なものだ。俺は先程よりもペースを上げて歩いた。
甘かった。
目的地がわかれば早いと思っていたがあれから二十分もかかるとは思わなかった。あそこから湖までは一本道だったから迷うことはなかったが、神月はとっとことっとこと歩いて俺を置いていってしまった。ようやく湖に着くと既に先客がいた。
「あれ?随分早かったね」
俺よりも先に着いた神月はその人物と話していた。
「百聞は一見にしかずというからね。一回見せた方が早いと思って」
「なるほど。確かに口で説明するより見せた方が早い」
「こ、狐川どうしてここに?」
俺は二人の会話に割り込む形で聞く。そう、それは先程まで一緒に昼飯を食べていた狐川だった。会話に夢中だったのか狐川は一瞬驚いた表情を見せて口角を上げた。
「簡単に言うと『論より証拠』かな」
全く意味がわからない。
一体この湖で何をしようというのだろう。そう思いながらふと湖を眺めていると何か引っかかる。どこかで見たことあるようなないようなそんな感じだ。思い出そうと考えてみるが出てこない。
「おーい、大神。そんなところにいないでこっちに来いよ」
声をかけられ考えていたのをやめ、狐川の方を見ると神月が既に湖の中へ入っていっていた。
ダメだ、行かせるな。
誰かにそう言われた気がして神月目がけ一目散に走り出した。服が濡れることなんか考えている暇もなく突っ込んでいき、神月の手を掴む。
「どうかしたのか?」
突然のことに神月は、一瞬体をビクつかせ振り返る。俺は整わない息のまま神月を掴む手に力が入る。
「そ、それ以上……は。行っては、駄目……だ」
神月は戸惑いながらもその場に立ち止まった。俺は神月の手を引きながら湖の中を出た。そこまでで力尽きた俺はほとりで手をついた。
「大神、大丈夫か?」
それを見かねて狐川がペットボトルの水とスポーツタオルを差し出してくる。俺は、それをありがたく受け取りその場に座り込む。それからしばらく経ったのち神月は俺に問いた。
「さっきのこと聞いてもいいか?」
「さっきのこと?」
「『それ以上は行っては駄目だ』って言っていただろう?」
「あれは……」
そう言えばなんでだろうか。確か。
「誰かにそう言われている気がしたんだ」
そう答えると神月は血相を変え座っていた俺の前に立ち方を掴む。
「その誰かを思い出せないか?」
先程とは打って変わって俺を問いただす。
「誰かって言われても……」
まるで見当がつかない。考えながら湖の方を見てみる。そういえば、神月を追い駆ける前に何か引っかかっていた。この風景。何か思い出せそうで右手を頭に当てる。確か、こんな明るい時間じゃなくてもっと暗い夜。でも、真っ暗ではなく月の光があって……そうだ。
「あの夢と同じなんだ」
「あの夢って?」
顔を上げると狐川が隣にいた代わりに、既に神月は俺から手を離していて少し離れたところにいた。
「昨日見たんだ。よくわからないけど、ここと同じような場所で遠くから巫女装束を着た少女がいる夢を」
「でも、その夢とこの稲荷神社が同じとは限らないだろ?」
「ここ稲荷神社だったのか?」
神月はコクリと頷く。そういえば、昨日は狐川に「下宿先みたいな所」という説明だけで稲荷神社とは一言も言っていなかった。でも、そうなると俺の夢はなぜ稲荷神社の風景に酷似しているのだろう。だって俺は……。
「稲荷神社なんて来たことないのに」




