プロローグ
おかえりなさい。
にっこり笑って言う女の子。パパにはいつもなんとなく言っているけれど、こうやって自分が言われてみると、なんだか変な感じだ。
「……ただいま」
胸のあたりがもやもやして、ちゃんと言えたかどうか分からない。パパはいつもこんな気持ちのまま「ただいま」ってよく言えているな。
大人ってすごい。
ちょっとした挨拶だけでもこんなに気持ちがむずむずするのに、そんなのひとつも外には見せない。
「どうしたの?」
おかえりって言ってくれた女の子が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……大丈夫、ごめんね」
まわりの子も一緒になって近寄ってくるけれど、変な気持ちになるのはひとりだけだ。
「ほら、ごはんですよ。パパもこっちにおいで」
パパだって。
もちろん、この子はママ。
まわりはふたりの子供。ほんとはみんな子供だけど。
「……うん。今日のごはんは?」
「今日はカレーです」
ママが差し出してきたのは、ものすごく硬いカレー。プラスチック製。
これはただのおままごと。おままごとなのに、なんでだろう。ふと目が合ったら、なんだかママのことを触りたくなってきた。
「パパ、どうしたの?」
手をつないでみると、ママが不思議そうな顔で首をかしげる。
「うん。なんでもないよ」
これはおままごとだけど、いつかこの子がほんとにママになる気がする。
大人になったぼくのことを、今日みたいに玄関で迎えてくれる気がする。それはきっと、ぼくがそうなって欲しいと思っているから。
この子におかえりなさいって言ってもらえるような、そういう大人になりたい。
「ママ、だいすき」