リハビリ3
何でも知っている、というのは実に不便だ。本当なら何でもないことであっても、その先がわかっているがゆえに対応しないといけない、ということが多々ある。
(放っておいた方がいいってことはわかってるんだけど、そうはいっても何もしないのは気が引けるぜ。まったく、これだから僕ってやつは。)
全く、この僕がこんなにちまちま隠れて行動する必要があるとは…実に気分が悪いぜ。恋する女の子、っていうのは強敵だ。
(でも、その終着点が、破滅だってわかってるからなぁ…。)
あの男は悪い薬を売りさばいている人間だ。本当なら、それに気がつけないあの子じゃないが…あの子は自分の意思で目を閉じてしまう。そして、ようやく目を開けたときは、既に取り返しのつかないことになるってわけだ。
(まだ、失うべきではない…いや、失わせたくないものが山ほどある。僕にも、あの子にも。)
なら、動かなきゃいけない。今すぐに、だ。変装用の道具は買い込んだし、絶好の場所だって用意した。今日はあの子があの男にライブのペアチケットを渡す日だ。今日を逃すと、舞い上がった彼女は説得不能になる…そうなると実に面倒だ。
(現在・過去・未来に起こることを何でも知る力はオフにできないからどうしようもない。でも、どんなものにでもなれる力の方は、使う必要がない力だ。…使いたくない。)
僕は、普通に賢い女の子、として生きていきたい。自分自身の中身が、肉の塊ではない、ただ何物でもない虚無でしかない、なんて事実には目を向けたくない。たとえ何物でもないが故に、何物にもなれる体質を持っている、としても。
じっと手を見る。見た目だけは、間違いなく人間のものだ。…それだけでも、少しは落ち着く。
(おっと、そろそろかな?)
あの子が、あの男と手をつないでやってきた。
「いらっしゃいませ!」
僕…つまり、この洋食店の新米バイトは、にっこり笑ってあの子に挨拶した。あの子が目をぱちくりしていたのが、ちょっと面白かった。