始まり
グシャッ!グシャッ!
「んっああっ!!ああっ!死ねよ・・・さっさと死ねぇ!」
華矢の目の前には体がボロボロになった夢食怪物がいた。
その姿は無惨にも怪物というにらふさわしくないと言っていいほど、華矢の剣で粉々にされていた。
「自棄の強い戦いは君の為にならないよ。第一、こいつらは僕が人工的に作りだした夢食怪物な訳だし、実践の為に体力を残しておいてくれよ?」
クロネは我を失ったように夢食怪物を痛めつける華矢にそう告げる。
「じゃあさ、あたしの為って一体なんなの?こいつら害虫を殺せれば良いんだろ?じゃあどんな戦い方をしたって何も変わらないじゃん。それとも何?あんたもこいつと同じように殺されたいの?」
華矢はクロネを睨みつける。その目には普段の生活でみられた輝きはなくなっていた。
「そんなつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ。まぁ、少なくとも君1人で僕を殺すことはできないよ。あまりにも力不足すぎる。」
「そんなの、やってみなきゃわからないよね?」
「あまりにも無謀な話なんだけどね。まぁ、争いを始めるならここ以外の場所でやろう。夢の所持者も可哀想だ。」
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「ごめんね、今日も華矢はいないの。最近帰りが遅くてね・・・帰ってきたら叱ってやらなきゃね。」
「はい・・・帰ってきたらよろしく言っておいてください。」
華矢が行方不明になってから数日が経過した。何度も華矢の家を訪ねたが、一行に帰って来る気配がないらしい。鏡歌はもちろんクロネも見なくなった。あの日から・・・
「また華矢さんは休みですの?」
背後から声をかけてきたのは同級生の小泉弥生であった。栗色の髪色の弥生は華矢の家を心配そうに見つめる。
「もう何日も経つのに・・・どこに行っちゃったのかな・・・」
桜の花びらが落ちてくる。新学年早々剣見華矢は失踪した。その行方を知る者はいなかった。
「さん!・・・思夢さん!」
「えっ!?あ、呼んだ?」
「最近元気がないですよ?華矢さんがいなくなったのが悲しいのはわかりますが、亡くなったと決まった訳ではないのですよ?」
「そう・・・だよね。あはは・・・」
愛想笑い・・・彼女の笑顔には暗い何かが宿っていた。
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「ちっ!あいつ、何やってんだよ。それに、あの黒猫どこに行きやがった。」
鏡歌は教会の屋根に座り込み街全体を眺める。
「おそらく青髪の子と一緒に各地の夢の中を彷徨っている事でしょう。正直、あの黒猫の本命はピンクの髪の子でしょう。青髪の子はそれを誘う為の捨て駒でしかない。」
鏡歌の後ろに立つ緑の髪の少女、冷鳴が立っていた。
「やっぱりか・・・思夢の方が圧倒的と言っていいほど強い。実はあいつ、私らより強いかもしれない。冷鳴、華矢を救いに行くぞ。作戦がある。」
鏡歌のいう作戦がどのようなものかは冷鳴にも理解ができなかった。ただ、鏡歌が華矢を大事に思っている事は確かだった。
「鏡歌・・・あなた、サメをボコボコにした時、何を捨てた?」
「嗅覚。それだけの事をしなきゃあいつは殺れなかった。千羅のやつもあの2人がいなきゃ殺れたのに・・・」
「・・・良かった。まだアレを捨てていないのね。アレを捨てた時が末期かしら。絶対に捨てないでちょうだい。」
2人の会話は一般人には到底理解し難いもので、それは夢喰少女になってまもない華矢ではまだ理解はできるレベルには達していないほどだった。
「そういうあんたのソレも、命懸けなんだろ?1回きりの技。だからその技だけは絶対に見せないでくれ。」
「あなたって、強がりに見えて実は仲間思いよね。分かったわ。救いに行きましょうか。その華矢っていう子を・・・あなたの作戦で」
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「はぁ・・・はぁ・・・」
ボロボロの華矢が倒れこんでいる一方で、クロネは無傷で立っている。
「言ったでしょ?君じゃ僕には勝てない。それに、自棄のある戦いは疲労状態を促進させるよ?」
「その自棄のある戦いをさせてるのはアンタだろ?」
夢喰少女になってしまった事を未だに後悔している華矢にクロネが言う。
「その言い分はおかしいと思うな。君は君自身の意思で夢喰少女になる事を選んだ。こちらからすれば君を無理に誘った訳でもないし、仕方なく承諾した身だ。反論される義理はないね。今日の夜にも夢食怪物が現れる事だろう。初めての実践になるけど、頑張ってくれよ。まだ死なれる訳にはいかないんだから。」
クロネは自らが作り出した夢の狭間から華矢を解放する。
「じゃあ、夢食怪物が現れたらまた君の下に向かうよ。それまではいつも通り過ごしてくれ。」
それから2時間程度の時間が経過した。
「・・・さて、本番を始めるよ。この空間を越えればもう戦場だ。」
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「来たかっ!!準備は良いな?」
鏡歌は屋根から夜の街を眺めながら言葉を発する。
「直ちに向かうわ。桐生思夢、あなたが今回どれだけ重要な役目を果たすか、わかっているわよね。」
槍見冷鳴は思夢に向かってことの重大さを問う。
「分かっています。今の華矢をなんとかできるのなら、私はどんな事だってやります。」
「行くぞ。クロネ達は向こうにいるはずだ。」
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「さて、今回の相手は厄介そうだ。奏者かな?音を基調に戦うとなると、戦い方が想像できない。」
目の前に立っているのはラッパやアコーディオンなどの数々の楽器を操る指揮棒を持った骸骨だった。
「一筋縄では行かないってこと?」
「うん、僕が華矢に戦わせた仮想の夢食怪物とは話にならないほど強いだろう。初陣がこれとなると厳しいかな。」
骸骨はこちらを眺めている。
「でも今この場で戦えんのはあたしだけなんでしょ?じゃあやる。」
華矢は剣を構える。
「死ねっ!」
バッとその場から飛び立ち、夢食怪物に接近する。
「らぁっ!」
ガギィン!
剣を振りかざすも、その攻撃は巨大なたて笛に防がれる。
「くっ!」
「自棄のある戦いは避けるんだ!知らぬ間にそれを持ってしまう。それが君の弱点だ!」
「んなの分かってる!」
華矢は再び骸骨の方へ飛んでいく。斬撃は直撃するものの、骸骨は微動だにしない。
骸骨は指揮棒を横に大きく振るう。するとシンバルが両サイドから接近する。
(ダメだ・・・挟まれる!)
パァァァァァンッッ!!
二つのシンバルはお互いを密着させる。しかし、そのシンバルの中に華矢の姿はなかった。
「あぶねぇ、あと少しで死ぬとこだったじゃんか・・・」
「あなたも鏡歌と同じで危なっかしい人なのかしら?」
鏡歌と冷鳴が華矢を助ける。
「華矢、大丈夫!?」
後から現れた思夢が華矢を見つめる。
「・・・邪魔だよ。あれは私が倒すんだ。それと思夢、そういう事言うの、私と同じ立場になってからにしてくれないかな?腹立つんだよ。私の事なにも分かってないくせにそうやって誰かのそばにいつもいますよみたいな態度取るの。」
華矢に始めて言われた辛辣な言葉。過去にない程のショックであった。
「大丈夫、華矢は絶対に助けるから。」
鏡歌は思夢にそう告げる。
「あんたら2人は手伝わなくていいからね。」
華矢は冷鳴と鏡歌の応戦を拒絶する。
「あいつは私が殺す。」




