狭間
「xに3を代入して、このxについている累乗を計算します。xの3乗なので、3×3×3ということで答えは27になりますね。」
まだあの夢の事を思夢は忘れられないでいた。
「この子には才能があるんだ。夢喰少女として、いい戦力になれると思う。」
才能だの夢喰少女だの、あの夢には彼女の知らないことがたくさんあった。
「思夢、思夢!」
「んっ!?」
華矢に呼ばれていることに気づき、つい声をあげてしまった。
「授業に集中できてないみたいだけど、どうしたの?」
「えっ、いや、なんでもないよ。考え事をしてた・・・だけ。」
「あっそ。困ったらお互い様だよ。ちゃんと相談してよね。」
「あ、うん。ありがと・・・」
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「はい、また明日ねー。さようならー」
帰りの挨拶を終えて華矢と一緒に帰宅をする。
「思夢、今日は様子がおかしいみたいだけど、なにかあった?」
自分を心配してくれたのだろう。
「ううん、なんでもないよ。」
「隠す必要はないよ。なんでも相談しなよ。無理はしなくていいけど。」
どうしても聞きたいらしい。
「馬鹿らしいと思われるかもしれないんだけど、今日見た夢がさとても変で、最初は幻想的な夢だったんだけど、その夢が崩壊して行く様に荒らされて、そしたら金髪の女の人が私を助けてくれて・・・」
「それって、その悩み事と直接関係ある?」
ここだけならば関係はないのだろう。この悩みの本当の理由は夢喰少女とはなにかということにある。
「まぁ、あんまし話したくなさそうだし、この辺にしとくね。」
「あ、うん。なんか、まともに答えられなくてごめんね。」
「いいよいいよ。そのくらい気にしないで」
二人の会話に沈黙が過る。
「・・・」
その沈黙を切り裂く様に後ろから声がした。
「お姉さん!」
振り向くとそこには夢で見た金髪の女の人がいた。
「憶えててくれると嬉しいんだけど・・・」
華矢は戸惑いながらも思夢の耳元で「この人、誰?」と問う。
「あ、あなたは・・・私を助けてくれた・・・」
その少女は髪をバサリとかきあげて
「私は銃城千羅。桐生思夢さん、剣見華矢さん。あなた達に伝えたいことがあってやってきました。」
「て、展開が読めないんだけど、思夢の夢に出てきた女性が突然現れてそれで・・・」
華矢は全く状況が分からない状態でなんとか理解しようとしている。
「単刀直入に言います。夢喰少女になってください。」
「えっと、その夢喰少女って、なんですか?」
「僕が説明するよ。」
千羅の肩に一匹の黒猫が立つ。
「僕の名前はクロネ、夢喰少女の管理をしているものだ。」
「ね、猫が喋ったぁ!?」
華矢は呆気を取られてその場に尻もちを着く。
「全く、オーバーリアクションな人だな。夢喰少女っていうのはね、夢食怪物を倒す為にいるんだ。」
「そ、その夢食怪物ってなんですか?」
思夢は再び生まれた疑問をクロネに押し付ける。
「夢食怪物っていうのは、君は見たと思うけど、人々の夢の中に入り込んでその人の夢を食す事を目的とするモンスターなんだ。」
「夢を食されるとなにかまずいんですか?」
クロネは軽く頷く。
「もちろん。実は夢っていうのはね、その人の精神状態や脳に大きく左右されていて、そこに負荷がかかると脳に大きな影響を及ぼしちゃうんだ。夢食怪物っていうのはその負荷を促進させる生物。最悪の場合夢の所持者を死に至らせる場合もあるんだ。」
「死・・・」
ごく当たり前に聞く言葉で、それに至るにはほど遠い事なのに、とても近く感じた。それは自分がそれの体験者だからなのかもしれない。
「じゃあ私って死んでたかもしれないってこと?」
クロネは再び頷く。
「あそこで千羅が駆けつけなかったら君は間違いなく死んでた。」
自分が死の目の前に立たされていた事に絶句し、思夢の顔が青ざめる。
「その夢食怪物って、なんの為に人を殺すの?・・・」
思夢は何かを決意したかの様に千羅に尋ねる。
「ば、ばかっ!お前、まさか夢喰少女になるとか言わないよな?」
思夢の表情を見て華矢は何かを察し、懸命に思夢を止める。
「なんで止めるの?誰かが死ぬんだよ?それでも本当にいいの?」
ペチンッ!
思夢はその場に倒れ込む。
「お前はいっつもそうだ!人を守ろうとして自分を大切にしない。親から授かった命だろ?そんな自分勝手に粗末にするなよ!」
思夢は少し表情を暗くしながら華矢に反論する。
「じゃあ華矢は自分が死ぬくらいなら翔也君が死んだ方がいいっていうの!?」
すると華矢は顔を赤く染める。
「い、今は翔也は関係ないだろっ!そ、それより、私はお前が死ぬ所を見たくないんだよ・・・」
「華矢・・・」
「ストップストーップ。」
2人の会話に千羅が割り込み、ひとつ提案する。
「ひとつ提案があるんだけど、良いかな?」
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「ようこそ、ここが夢と現実の狭間だよ。」
クロネは思夢と華矢に誇らしげにその世界を紹介する。
千羅の案というのは実際に体験をしてみようというものだった。
「好都合にも、今日も夢食怪物が現れていたからね。」
千羅の肩にクロネが立つ。
「行くよ、夢の世界へ・・・」




