一歩
「引き金?」
その言葉はもう何度となく聞いてきたが、事細かな詳細は告げられていない未知のモノだった。
「もともと人間っていうのは動物界で最も感情表現が多い動物と言われているの。怒り、喜び、憎しみ、憧れ・・・そして、それらの感情から生まれる大きな力を引き金と呼ぶの。その引き金を呼びやすいと言われる感情はマイナス感情と言われている。」
「でも、その感情がもたらす力って、一体なんなんですか?」
思夢は冷鳴に素朴な疑問を投げかける。未知の世界の物だし、今後の自分の人生を大きく左右させる知識かもしれないからだ。
「その人物の持つ力を大幅に増幅させる。でもその引き金はその人の心身に大きな影響を与える。心を抉る様なものもあれば体そのものにも影響を与える事もある。」
言ってる意味はイマイチ分からなかった。というよりは何をどう理解すればいいのかが全く分からなかった。
「その引き金って、夢喰少女の活動となにが関係あるんだよ。」
華矢は新たに生まれた疑問を冷鳴に問う。
「それは夢喰少女の持つ身体能力まで上昇させる。むしろ引き金がないと夢食怪物を倒す事ができないとまで言われていたの。」
訳が分からなかった。思夢は自分の目の前で1人で自分を助けた恩人を見た。それがなにかの辛さを持っていたとはとても思えなかった。
「先日鏡歌が骸骨を倒した際に視力を捨てると言っていたでしょう?それは彼女の引き金、<代償>。自らの持つ何かを犠牲にすることによって自分に秘められた力を捨てたものの大きさと引き換えに引き出す能力。視力を代償にしたのはかなりの力をもたらした事でしょうね。そのせいで今の鏡歌がいる・・・」
「じゃあ、私を助けてくれた千羅さんは引き金を発動してたって言うんですか?」
冷鳴は思夢の質問に対して小さく頷く。信じられなかった。自分を助けてくれた恩人が過去に悲しみを抱えていたなんて・・・
「じゃあ千羅さんの持ってた引き金ってなんなんだよ。」
華矢は千羅の持つ引き金とやらを探るために新たな質問をする。冷鳴が言っていた自業自得となにかつながりを持っていたからかもしれないからだ。
「千羅の持つ引き金は<絶望>自分の信じている希望を全て失った時に発動する引き金。恐らくもといた仲間を失ったことによって発動したのだと思うわ。」
その瞬間2人の少女は察してしまった。どうして千羅が殺されたのか、故に千羅を殺したのがだれなのかも。
「うそ・・・でしょ?」
思夢は絶望に身を駆られたのか、その場に跪く。
「揺るぎない真実。千羅は貴方たち2人という仲間を作ってしまった事により心の穴が埋められてしまった。よって引き金がロックされた。それが彼女の敗因、そして失敗なの。」
「・・・んだよ」
華矢は聞き取るのが困難な程の小さな声で何かを呟く。
「何か言ったかしら?」
「どうしてクロネは私らを夢喰少女に誘ったんだよ!」
冷鳴は涙で目を濡らしている華矢に説明を施す。
「どうもできなかったのでしょうね。これも言いたくはないことなのだけれど、桐生思夢、貴方の持つ才能は現在活動している夢喰少女よりも遥かに才能を持っている。それは私でもわかる程に・・・あなたを夢喰少女に入れるのは夢食怪物を倒す為の最高の手段とも言える。それに気付いたクロネは千羅を連れてあなたを助けた。」
「でも仲間にはならなかったんじゃんか!」
華矢は疑問を抱く。
「いえ、これだけの才能を持った人材なの。夢喰少女にならなくとも充分すぎるほどの力を隠している。それに加えて華矢までもが千羅と共に行動をした。この二つの行動が千羅の心に余裕を作ったのでしょうね。」
思夢はここまでの話を聞いてたった一つ心に引っかかるものが存在した。
「どうして千羅さんは自分の引き金を知らなかったの?鏡歌さんは自分の引き金を把握してたでしょ?なのにどうして!」
冷鳴は一息つき、それについての説明もする。
「引き金には複数の種類が存在するの。瞬間型、持続型、犠牲型。瞬間型は一定の条件を満たすことによって一時的に絶大なパワーを扱える様になる。鏡歌はそのタイプね。持続型は心の闇に付け込まれる事で発動するタイプ。心の底から辛さを感じているの。だから瞬間的な出来事にはならない。千羅がそのタイプになるわ。さらに、それは自分がその内容を知っていると発動することもできない、故に自己的に使うことができないの。」
色々言われすぎてなにがなんだか分からなくなってきた。
「最後の犠牲型っていうのは?」
冷鳴は少しばかり黙り込む。わずか3秒という短そうでとても長い沈黙ののち、冷鳴は口を開いた。
「二次的被害や自らの命を犠牲にすることで発動する引き金。正直に言って、それぞれのタイプの中で最も残酷な引き金。持続型とは違ってこれは自分が内容を知らなければ発動する事ができないの。」
背筋が凍った。たった一つの説明で犠牲型の持つ本当の意味が分かった気がする。地獄だ。自分1人の為に大事な仲間を棄てる必要があるかもしれないということ。それはつまり裏切らなければいけない。ここまで辛いことなんてあるのだろうか。
「分かっていただけたかしら。私と鏡歌が千羅を助けなかった理由。」
なにも言えなかった。理由なんてわかっている。仲間ができれば千羅の引き金が発動されることはなくなる。それは大きな戦力を失うことを意味する。それに、知ってしまった。本当に千羅を殺したのは誰なのかを・・・
「私はこの辺で帰らせてもらうわ。もう時間も遅いし、あなたたちも早く帰りなさい。」
冷鳴は静寂に包まれた公園から出て行く。
「「・・・」」
2人になった公園は何も変わらず風の音だけをたてている。
「千羅さんを殺したのって・・・」
思夢は冷鳴の言葉を復唱する様に言葉を放つ。それに受け答える様に華矢も口を開く。
「私ら2人だったんだな。」
その言葉が持つ意味は辛いの一言に尽きる程だった。思夢の命を助けてくれた恩人を自らの心で殺してしまった。
「もうひとつ気になったことがあった。」
後悔している思夢の傍で華矢は新たな話題を築く。
「思夢の才能が今いる夢喰少女よりも優れている・・・」
先ほどは無視されていた話題だったが、密かに思夢も気になっていた。
「それってつまり、思夢は私らよりも強いって事だよな?」
再度公園に沈黙が走る。その静寂を断ち切るかの様に思夢は決意の表情をして一言告げる。
「千羅さんも鏡歌さんも辛い思いをしていた。一番力を持つ私がなにもしなくてどうするんだろうね。」
なにかを察した華矢は思夢の首元を掴む。
「ばか!これ以上犠牲者を増やすな!」
華矢のそんな言葉を無視して思夢は再び口を開いた。
「私もなるしかないのかな・・・」




