08 仕事とコープと機動殻⑤
なんとか書き直し作業が終わりましたので投稿しました。
詳しくは活動報告にて、あと急いで書き上げたので誤字脱字が酷いかも……
『ボーダー』とは例え虐殺が行われている凄惨な地であろうと、例え銃弾が引っ切り無しに飛び交う戦場であろうと、己の腕と己の持ちうるコネと情報を最大限活用して目的地まで確実に荷を運ぶ命知らずな者達を指す言葉。
だが運び屋の多くはセカンドのように単独で傭兵として活動している人間や、賞金を掛けられた人間を狙う『賞金稼ぎ』達が使用する武器弾薬類を運ぶ者達が殆どであった。
「少しここで待ってろ」
そんな運び屋の一人であり、信頼して仕事道具の輸送を任せられるスロースにそう言われたセカンドと佳奈は先程までいた酒場ではなく、商業区画から離れた所にある工業区画にいた。
セカンドと佳奈が揃って道行く人を興味深げに眺めているとスロースはそう言い残して何の特徴も無い工場の中へ一人で入っていく。残された二人は顔を見合わせ、肩を竦めると近くに設置されていたベンチに揃って腰掛ける。
周囲からは金属を切断する音や重機の稼働する音が忙しなく響いており、中央通りとはまた違った活気がそこにはあった。ただし周囲に居るのは工場で仕事に勤しむ男たちばかりであり、娯楽施設が一つとして見当たらない場所故に何もなければ二人が足を踏み入れる事はなかっただろうが。
そんな風景を考え無しに眺めつつ、ここへ来るまでのやり取りを思い出す。
酒場で合流したセカンド達が雑談混じりに昼食をとり、注文した合成食品のサンドイッチを九割方食べ終えた時にセカンドは本来の目的を思い出してある質問をした。
「なぁここで機動殻の引渡しをするって事だったと思うんだが、確かヴェグラントラウンジって3m以上ある兵器の取り引きを一切禁止してたよな? どうするんだ?」
ヴェグラントラウンジは『IPMB』ユニオンには参加していないが、『IPBM』の勢力圏内に存在していた。
そして数年前から始まった派閥争いが激化してからはどの派閥にも所属してない事を示す為、また反抗する意志がないことを示す為に必要最低限の兵器を持ち合わせておらず、大型兵器の売買を一切禁じていた。
勿論セカンドが今回受け取る手筈となっている機動殻もその対象となっている筈であり、今機動殻を乗せたトレーラーを受け取っても外へ出る際に捕縛される恐れがあったのだ。
「普通に取引をしようとすれば無理だが、ここの地下にはそういった物を取り引きできる裏施設があるからそこで引渡しをするつもりだ」
「なるほど、しかしそんなのがここにあるなんて全然知らなかったな。それにその裏施設で受け取るのは良いが、だったらそこで合流した方が良かったんじゃないか?」
「俺もそう思ったんだが、そこの入口には偽装が施されてて判りづらいのと何処から情報が漏れるか分からんのでな。直接データを渡す事にしたんだよ」
スロースはそう言って一枚のデータチップをセカンドの前に置く。
多少は訝しげにしながらもスロースがセカンドに対して嘘を教えるメリットが考えられず、置かれたデータチップを手に取り、自分の情報端末に差し込んで中に書き込まれた情報を読み取る事にした。
読み込み完了した端末の画面には文字情報や施設への入り口あると思われる座標、偽装の施された場所の写真などの様々な情報が表示される。
「じゃあ先に俺の装甲車をそこに回しておくけど、街の中からその施設に行けるのか? 行けないなら俺たちも一旦戻るんだが」
「街の中からもそこに行けるし、俺が連絡入れとけば引き渡し場所には入れる筈だ。施設のデータは俺が装甲車の方に送っておけば問題ないか?」
「うーん……いや、俺が送るよ。俺の端末なら他の通信機を迂回しない分、情報の漏洩も起きにくいだろ」
「そうか」
そう会話を締め、最後のサンドイッチを両頬を膨らませて頬張っていた佳奈が全てを食べ終わったのを認めて残っていた水を一気に煽ったセカンドは先程受け取った情報をM-2の元に転送した。
そしてスロースの先導で商業区画を抜け、工業区画へとやってきたのだった。何時まで経っても帰って来る気配の無い運び屋にぶらぶらと浮かした足を揺らす佳奈の横で、セカンドもスロースが戻ってくるまでボーっと電磁障壁に歪められた空を眺めていると工業区画が俄かに騒がしくなる。
「どっかで事故でも起きたのか?」
電磁障壁から視線を下げて周囲を行き交う人々の様子を伺うが、何かのイベントで騒がしくなったと言うよりも事故等の突発的な事態に慌てていると言った方が相応しい表情で動いていた。
佳奈もそんな空気を感じ取ったのか、物憂げな表情でセカンドを見上げて来ている。仕方ないとセカンドを呟き、立ち上がると丁度目の前を通ろうとした作業員らしき男を捕まえる。
「なんか急に騒がしくなったけど、なんか事故でも起きたのか?」
「誰だテメェ、今はそれどころじゃ……いや、どうもここから東に20キロ離れた所にあった廃村付近で戦闘が起きたらしくてな。自警団に所属している人間に招集が掛ったんだ」
「ふーん、なる程ね。急いでる所呼び止めて悪かったな」
急いでいる中で見知らぬ人物に声を掛けられて作業員は不機嫌さを顕に立ち去ろうとしたが、肩に腕を回したセカンドがこれみよがしに男の胸ポケットへ少額用の電子貨幣を入れると素直に何が起きたのかを素直に教えてくれる。
「いや、こっちこそ。それよりさっき言ったとこは俺が漏らしたなんて言うなよ」
作業員はそう言い残して足早に去っていくが、その後ろ姿を見送ったセカンドは顎に手を当てて考える。ヴェグラントラウンジ周辺で戦闘が起きるのは何も珍しい事では無かった。
と言うよりもヴェグラントラウンジのように陸路の経由地となっているコープの周辺では、そこを目指している人物を狙って襲撃者達が活動することは多い。
それに対して各コープは防壁の外と言う事もあって自組織に被害が及ばなければ基本的に無干渉であり、コープを目指す者達も自分達で全て対処するものである。
コープ内の自警団が召集されるという事は、件の戦闘はヴェグラントラウンジに直接的あるいは間接的に被害が及ぶものだと推測できる。しかしセカンドは頭を振ってその可能性を否定する。
ヴェグラントラウンジに直接被害が及ぶのならば警戒を促すサイレンが鳴り響いている筈である。故にその可能性は限りなく低いと考えられる。ならば間接的なものかと考えてみるが、ヴェグラントラウンジが水や食料を買い付けている相手は全てユニオンの筈である。
商隊には十分な護衛がいるはずであり、仮に襲う事に成功しても取引先のユニオンの反感を買った場合、襲撃者に明日がやってこないのは当事者たちがよくわかっている事だろう。
となればそれ以外の要素且つ自警団を召集する必要がある戦闘が付近で行われている事になるのだが、一体どういった事態なのか想像もつかない。
他の人間も捕まえてもう少し情報を聞き出すべきかと考えるが、下っ端の――それもまだ召集場所へ行く途中の人間を捕まえた所で、得られる情報など先程の男と大差ないだろうとも思ってしまう。
「悪い、待たせたな。隠し通路を通る準備が出来たぞ」
M-2に確認を取るべきかと頭を捻っていると、背後から声を掛けられる。
声に応じて振り返れば工場から出て来たスロースが立っており、セカンドと目が合うと周囲の様子も気にも止めず一人で先程入って行った工場へ勝手に歩き出す。
相変わらずのマイペースさにセカンドは肩を竦め、佳奈を呼び寄せるとスロースに倣って工場へと足を運ぶ。
先を行くスロースについて行き、裏口から工場内に入ると先程捕まえた作業員と同じく慌てた様子で出入りする作業員が何人もおり、見るからに部外者の三人に怪訝な視線が向けられるが注意をしてくる人物は誰一人いなかった。
不躾な視線が集まる中、工場内の作業場を抜けて事務などをする区画だろう廊下を進んでいるとある部屋の前でスロースが立ち止まる。そして顎で促されるままにドアを潜ると、そこには作業場で働いていた者達と同じ作業着を着た一組の男女と開け放たれた隠し扉が目に入る。
他人が居ると知らなかったセカンドが警戒するのを余所に、遅れて入ってきたスロースは隠し通路の脇に立っていた男女にアイコンタクトを送り、お互いに頷き合うと男達はセカンドや佳奈の事を詮索する事も無く無言のまま退室していった。
「この梯子を降りればお前のトレーラーを隠してある旧時代の地下鉄に着ける。俺が先に降りるから下で灯りが付いたら隠し扉を閉めて降りてこい」
「りょーかい」
隠し通路について説明しているスロースにそつなく相槌を打つセカンドだったが、その脳裏には先程出ていった二人の姿が色濃く焼き付いていた。
部屋の中に居た二人の人物は一般人にしてはやけに鋭い眼光をしており、工場で働いているよりもセカンドと同じ様に戦場で銃を握っている方がしっくりとくる空気を纏っていた。
入室して直ぐに思わず退路や相手の戦力、対処方法を想定してしまうぐらいの剣呑さだった。その上、二人が退出する際の動きを観察していたセカンドに対して二人はそれに気付くと纏っていた雰囲気を一瞬で霧散させ、男は柔和な笑みを浮かべ、女は何処にでもいる優しげな女性に様変わりして佳奈に手を振りながら部屋を後にしたのだ。
変わり身の早さも然ることながら、歩く姿もどこかキビキビとしており、明らかに違法行為である“抜け道”の管理で小遣い稼ぎをしているだけの小悪党の姿では無かった。
彼等の素性について気になるものの、それを知るスロースは既に梯子を降りていて聞けず、いつまでも隠し扉の前で思考に耽っている訳にもいかないセカンドは、去り際に女から渡された飴玉を頬張ってご満悦な佳奈の前で膝を折る。
「いいか、佳奈。これからあの通路に梯子降りるけど、お前が一人で降りると時間も掛かるし危なっかしいから背中に背負って降りる事にするぞ。一応お前が落ちない様に固定するけど危ないから絶対に暴れたりするなよ。いいな?」
「わかった」
佳奈が頷いたのを見てセカンドもよしっと頷いてから背を向ける。
直後、佳奈の全体重が圧し掛かったのを見計らって立ち上がり、腰のポーチから細いロープを取り出すとお互いの体が密着するようにきつく巻き、最後に服に引っ掛けられる小型ライトとグローブを身に着けて降りるための準備を完了させる。
念入りに確認を行い、万全を期したと判断したセカンドは佳奈を背負った状態で隠し通路を覗き込むと耳元で息を飲む音が聞こえる。
セカンドの肩越しに通路を覗き込んだ佳奈の視線の先には地上三階分の深さはありそうな長い梯子と、真っ暗な通路の先で淡く光る光源があったのだ。首に回された子供の細腕に力が込められたのを感じつつ、梯子に足を掛けたセカンドは隠し扉を閉めながら慎重に梯子を降りていく。
ゆっくりと閉じる扉に部屋から差し込んでいた灯りは徐々に遮られ、完全に閉じられると襟に取り付けた小型ライトと足元遥か遠くで光る小さな明かりだけになる。頼りない灯りの中、梯子の建付けを再度しっかりと通路に固定されているのを確認したセカンドは踏桟を掴んでいた両手を支柱へ移す。
「いいか、これから降りるけど危ないから絶対に暴れるなよ」
「……わかった」
足元も満足に見えない暗さとかなりの高さに佳奈は息を飲みながら神妙に頷き、それを肩越しに見たセカンドは両足も踏桟から左右の支柱に移し、全体重が掛っていた手を緩める。
体重を支えていた物が無くなり、佳奈の体を縛り付けられたセカンドは重力に導かれるまま梯子を滑り下り始める。
「ぴゃぁぁあああああああッ!!」
「ぅぐッ?!」
一段一段しっかりと足を掛けて降りていくのが面倒だと判断したセカンドは梯子を一気に滑り降りる事にしたのだが、下り始めてから間もなく背中から耳をつんざく佳奈の悲鳴が狭い通路に木霊した。
大音量の悲鳴を不意打ち気味に耳元で受けたセカンドは咄嗟に顔を可能な限り佳奈から遠ざけようとしたが、そこへ追い打ちを掛けるように首へ回されていた佳奈の細腕に力が籠められ、見事にセカンドの気管と頸動脈を塞いで見せたのだ。
セカンドとしてはそれ程速度が出ない様に調整しているつもりでいたが、セカンドと言う頼りない降下装置で降りている佳奈にとってはかなり早いようだった。数秒間の降下を終え、終着点が明確に見えるようになってからセカンドは意識が遠のきつつあるのを呑気に感じながら両手足を巧みに使って効果速度を減速させていき、静かに着地して見せる。
しかし着地してからも佳奈のチョークスリーパーが解かれる様子が無く、本格的に意識を失いそうになって慌てて佳奈の腕を叩くとギュッと堅く瞑っていた瞼が開けられ、漸く幼子の絞め技から解放された。
なんとか気道が確保され、肺に新鮮な空気を送り込んでいると背中の佳奈に後頭部をポカポカと殴られるセカンド。
「意外と痛いから止めてくれませんかね、佳奈さんや?」
「むー!」
「あ、ちょ、マジで止めてくれない?」
セカンドが体に結んだロープを解きながら抗議の声を掛けるが、逆に佳奈の癪に障ったのか頬を膨らませて連打の回転数を上げていく。
一撃一撃は子供の膂力なためそれ程大したことはないのだが、佳奈の連打は執拗に同じところばかりを叩いており、時間が経つにつれて痛みが酷くなって行く。
セカンドが慌てて佳奈を固定している紐を解こうとするが、予想以上に結び目堅く結ばれてしまっていてかつ佳奈の連打によって手元が狂ってしまい中々上手く解けないでいた。
「……お前らは何をやってるんだ?」
セカンドと佳奈が熾烈な攻防を繰り広げている間に真新しい通路の奥から戻ってきたスロースが呆れた様に呟いた。スロースの登場で佳奈の気が取られた隙にグローブを脱ぎ捨て、結び目に強引に指を突っ込んで力尽くで解き、再び連打を繰り出そうとする佳奈を強制的に背中から下す。
五十は軽く超える連打を繰り出してもなお、未だ不満げな佳奈は飴玉を口内に残した状態で両頬を膨らませ、抗議の視線を送ってくる。
ただ必死に私は怒っているんだと訴えている鋭い目つきも、厳つい人間に睨まれるのが日常と化しているセカンドからすればそよ風のように心地よい程度であり、逆に膨らんだ両頬によって只々愛らしいとしか思っていなかったが。
「……こっちだ」
睨み合う――少なくとも佳奈はそう思っていた――二人に呆れて何かを言う余力も無いとばかりに溜息と共にスロースは踵を返し、地下通路を一人で進む。
地下通路はセカンドが見た限り一本道らしく迷いようのない構造であったが、引き渡し場所が現在地よりどれ程離れているのかも分からず、むくれている佳奈の手を引いて後を追う。
等間隔で設置された照明は足元を暗く照らし、光の届かない暗闇が存在する通路を三人は佳奈が飴玉を転がす音をBGMに黙々と進んで行く。
「なぁスロース、ここは本当に違法取引されてる場所に繋がる通路なのか? 俺からすると普通の施設用とか緊急避難路って言われた方がしっくり来るんだが?」
かなり手入れが行き届き、綻び一つ無い壁面や天井に疑問を覚えたセカンドは沈黙を破って前を行くスロースに聞く。
何処のコープやユニオンにも裏取引は存在し、各組織で禁止されている品物の取引は常に行われているものだ。セカンドとてそんな取引の護衛依頼を受ける事も少なくなく、そういった事に対する知識は十分にあった。だが過去の記憶を漁ってみても、今いる通路ほど整備された所は存在していなかった。
「疑う気持ちも分からなくは無いが、ここはちゃんと裏取引を仕切ってる奴が管理してる通路だ。仕切ってる奴が奴だけに、しっかり整備されてるのさ」
「なるほど、てことは此処を仕切ってる奴はかなりの金持ちだな。答えられればで構わないんだが、そいつの名前を教えてくれないか?」
セカンドとしても、たかだか通路一つに金を掛けられる位に裕福な人物と繋がりを作れるならそれに越した事は無い。何故なら裏に通じていればどんなに世渡りが上手でも争い事は避けられず、一度争いが起きれば巨大な組織でも無い限り自分達の駒だけで勝利を納めるのはなかなかに骨が折れる。
また一度でも敗北すれば全てを失う事が多いため、どんなに馬鹿でも開戦前に多くの傭兵を抱え込むのか常である。だが実力のある人物を多く有する警備会社の殆どは裏と通じている可能性があれば一切の依頼を受けることは無い。
警備会社業界は一般企業よりも大きな武力を持つが故に信用があって初めて成り立つ職業であり、小さな汚点ですらライバル企業へ付け入る隙を与えるだけでなく、所属する組織での立場を大きく左右する。
世界最大手軍事企業であり、一企業並の規模がある警備部を持つ『G&A』ならば兎も角、一般的な警備会社ならば通常の依頼で潤沢な売上を上げる事ができるのだから、都市から排除される可能性のある仕事を受けるはずがない。
そうなると裏社会に欲せられるのは汚名を気にしない人間達であり、そんな人間はセカンドの様な金の為なら何でもする残り者達以外に存在しない。
その為コネや人物像を少しでも知っていれば直接指名されて依頼される事がなくとも、募集がかかった際に報酬を出し渋る依頼主かどうかを事前に調べる手間が無くなる。
スロースが名前を口にする前までのセカンドはそう考えていた。
「……ヴンだ」
「悪い、聞こえなかった。もう一回言ってくれ」
「『インビジブルレイヴン』だ。ここの管理をしているのは」
「インビジブルレイヴンねぇ…………インビジブル、レイヴン? それってまさかあの?」
スロースが事もなげに言い放った名前を聞き、自分の耳を疑った。そして名を正しく理解して絶句した。
「お前がどの組織の事を言ってるのかは知らんが、俺はその名前の組織を一つしか知らん」
「はぁ?! お前バッカじゃねーの!! 何でそんな奴らと繋がりあるんだよお前は! 『インビジブルレイヴン』て言えば一級指定マフィアンコープじゃねーか、おい俺はまだ死にたかねーぞ?」
「心配すんな。『IPMB』は内部分裂が長引いて『レイヴン』共を探してる余力はねーよ」
『インビジブルレイヴン』とは過去三十年間に渡り全ユニオンから追われながらも重要拠点の一つも掴ませないでいる犯罪組織の通名であった。
規模も、構成も、本拠地すら分からず、ただ彼等が現れれば瞬く間に違法薬物が広まり、反組織テログループがその地に存在すれば、武装の世代が二つ近代化するとまで言われている。
ただの犯罪組織ならば経済活動の一環――言わば“必要悪”とされているのだが、彼等の活動はユニオンに対しても行われ、とあるユニオンが目に余るとして重い腰を上げたのが今から遡ること三十五年。
だが結局そのユニオンは犯罪組織の正体を暴くに至らず、五年後に全ユニオンが参加する国際企業連合で二級指定マフィアンコープに指定され、総力を上げての調査が始動してからも犯罪組織の名前すら掴む事が出来なかった。
今では構成員とその関係者は情状酌量の余地もなく殺処分される一級指定マフィアンコープに認定され、名前はユニオンが全力を尽くしても見つけられず、また全世界で活動している事から何時しか不可視の渡り烏と呼ばれるようになったのだ。
「てかここの管理をしている大本がレイヴンって事はアイツらもレイヴンのメンバーか、どうりであんな異様な雰囲気があったのか……っておい、佳奈! 早くその何が入ってるか分からない飴玉なんてペッしなさい! ペッ!!」
「やー!!」
『インビジブルレイヴン』の主力商品は合成麻薬と覚醒剤一式である。そしてその商品は飴玉に加工されて密輸されていると言うのが残り者達の間では専らの噂であった。
それを思い出したセカンドは詰めるようにして飴玉を吐き出させようとするが、まだ梯子での事を根に持っているのか何時もは素直な佳奈が顔を背けて言う事を聞こうとしない。だが薬中になられても困るセカンドと意固地になった佳奈のせせこましい攻防が再び始まった。
「……まったく、お前らは何をやってるんだ。だいたいアイツらがクソ高い麻薬入りの飴を見ず知らずの子供に渡すかよ」
「……それもそうか」
最終的に飴を吐き出させるという目的を忘れてじゃれていた二人は、スロースの呆れともつかない呟きで擽りあいを止める。
大人気なく佳奈の脇腹を擽っていたセカンドは佳奈から手を離し、佳奈から飴を奪えなかった事に敗北感を味わい。必死に抵抗していた佳奈は乱れた服や髪を整えるとすっくと立ち上がり、セカンドの魔の手を耐え抜き、打ち勝った余韻に浸るように口内で飴玉を転がした。
それから歩みを再開させたセカンド一行は狭苦しかった通路を抜け、前時代に使われていたと思しき地下鉄を改修した裏取引が行われる現場にいた。
先回りしていたM-2の操るリトルキャッスルのヘッドライトが無ければ極小数の照明だけで照らされたそこは足元もろくに見られない位に暗く、まさに違法な取引を行うのにうってつけの雰囲気を醸し出している。
「これで俺の仕事は終わりだ。俺の名に掛けて依頼品には一切触ってないと誓うが、一応中身の確認を頼む」
「りょーかい」
地下施設の中で最も強い光源である前照灯を頼りにセカンドが装甲車の後部に連結された装甲車よりも僅かに大きい機動殻運搬用トレーラーに歩み寄る。
連結器と両車両を行き来する為の渡し板が掛けられた箇所に近付き、トレーラー内部に備え付けられたセンサー類を接続端子を介して自身の端末へ繋ぎ、内部状況を把握する。
「問題無さそうやね。はいこれ、報酬」
スロースへトレーラーを預けた時の状態と物の配置が一切変わっていない事を認め、スロースへ意匠の凝らされた高額取引用の電子貨幣を手渡す。
カードを受け取ったスロースは書き出された数字を確認すると「確かに受け取った」と言い残して先程と同じ通路を使ってヴェグラントラウンジへと戻る後ろ姿を佳奈と共に見送った。
「さて、と。依頼主の所に行く前にM-2さんに確認したい事があるんだけど」
《如何致しましたか?》
「十分ぐらい前かな。何でもここから東に20キロ近く離れた所にある廃村付近で戦闘が起こってるらしい。俺の記憶には無いんだがそこら辺にめぼしい施設か何かはあったけか?」
《確認致しますので少々お待ち下さい》
佳奈へ装甲車に入っておくように指示してからM-2が確認作業を終えるまでの間、セカンドは届けられたトレーラーの側面に回り壁面の感触を確かめる。
《30キロ先まで確認いたしましたが、既に『IPMB』や『スカペンジャー』によって探索し尽くされた廃集落が点在するだけで、それらしい原因は見つかりませんでした。また主要行路からも離れていますので襲撃者との戦闘とも考え難いです。ただ……》
「ただ?」
《ただ、北東方面に60キロほど進むと依頼主のいらっしゃる新ジャーンシーがありますので、そちらと何らかの関係があるとお考えになられた方がよろしいかと》
「だよなぁ。一番可能性が高いのは革新派陣営に攻め込まれたって所かね。でもジャーンシーで戦闘が起きてるならともかく、離れた廃村でってのが気になるな」
会話の最中も指を滑らせながらも歩き続けたセカンドは、外装が僅かに浮き上がっているような感触が指から伝わるとその場で足を止める。そしてセカンドは両手をトレーラーに当てると徐に外壁へ全体重を掛けて力一杯押し込んだ。すると僅かに外壁が沈み、カチリと音が鳴る。
そこで手を離すと継ぎ目すらなかったトレーラーに黒い線が走り、一部の外壁が独りでに開け放たれる。
本来隠し扉など存在しない筈の機動殻運搬用トレーラーにあったそれはセカンドがわざわざ増設させた物だった。そしてその奥に置かれていたものは、分厚いタイヤ二本を備えた背の低い黒塗りのバイクと、同じ色合いをした装備一式。
「取り敢えず俺がバイクで先行して様子を見てくるから、M-2は戦闘が起きてる場所から少し離れた所まで進んでその場で待機。念のため機動殻の準備をしといてくれ」
《機動殻の装備はどの様に致しましょうか?》
バイクを手動で下ろし、対赤外線スーツを着込んでいるとM-2からの質問が帰ってくる。フルフェイスのヘルメット小脇に抱えてセカンドはどうしたものかと考える。だが結局は様子が分からない事には何とも言えないと考え至り、ヘルメットを被ってキーを回す
「うーん、現状だと正直何とも言えないから中距離戦闘を想定したもので頼んます。ただいつでも装備を変更できる状態にだけはしといて」
《承知致しました》
静かな起動音と共にガソリンエンジンとは思えないほど僅かな振動を感じながらセカンドはアクセルを捻り、暗い地下施設の中でバイクを発進させた。
しかし2話連続で1万文字近くになるとは予想していなかった。
それではここまで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字・脱字・質問なとがありましたら、お気軽にお尋ねください。