07 仕事とコープと機動殻④
佳「多くても7000文字程度で書いていくと明言したな」
カ「そうだ佳奈、た、助け……」
佳「あれは嘘だ」
カ「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
不運にもヴェグラントラウンジの裏路地にて男達に絡まれてしまった|セカンドは青空を歪ませる電磁障壁にあらん限りの呪詛を内心で吐き出した。
口に出すのも憚られる罵詈雑言を内心で吐き尽し、スッキリとしたセカンドは思考を切り替えて視線を落とす。そのままさりげなさを装って前と後ろに立ち塞がる男達を観察する。
進路を塞ぐ二人の男は見るからに粗末で薄汚れた服を着ており、手にはこれまた何かの金属を加工して作ったと思われるナイフをそれぞれ持っている。退路を塞ぐ男は前の二人と比べて大分小奇麗な格好をしており、体格も他の男達と比べて幾分か大きいが、手に持っているのは火器では無く細長い金属製の角材であった。
数の上では不利だが銃の類が無ければ素人相手に後れを取る事は無いという自負があり、さっさと終わらせるかとセカンドは腰に隠していたハンドガンに手を伸ばそうとした。
「俺達は金が欲しいだけなんだ、だから無駄に抵抗さえしなければ素直に通してやってもいいんだぜ? それにアンタも娘をその歳で傷物にしたかねーだろ?」
だが後ろに立っていた男の言葉で動かし掛けた指が止まり、実子ではないんだがなと内心で訂正を入れるセカンドは促される様に傍に居る少女を見る。
当の佳奈は突然現れた男達に対して毛を逆立てて手負いの獣のように警戒してはいるが、彼等によって齎された恐怖を表す様にセカンドの足に身を寄せ、その小さな手は白くなるほどズボンを握りしめている。
男達の挙動を見逃すまいと一切の視線を前方へ向けている佳奈を見ながら考える。
火器らしい火器も無く、訓練も受けていないだろう一般人を殺すだけならばそれ程の苦労も無く達成できる筈だった。ただ相手を危険度で順位付けし、その順位に従って腰の銃を構えて引き金を引けばいいのだから。
だが今はセカンド一人では無く、傍に佳奈が居る。
佳奈を傷物にする様なヘマをする気は無いが、騙し騙され殺し殺されが日常となっていた世界で生きて来たセカンドならばともかく、まだ幼く精神的にも未熟な佳奈の前で下手な殺し方をすればトラウマを抱えかねない。
その影響でセカンドに対して不信感を抱かれてしまっては今後の生活で大きな障害となるだろう。何度かトラウマを抱えている人間と戦場に赴いた経験があるセカンドだったが、酷い時は周囲の人間を危険に晒してしまった為、実害が出る前にセカンド自ら手を下した事もある。
佳奈がそんな事態になる事は無いと思いたいが、まだ付き合いの浅いセカンドでは判断がつかなかった。その為最悪の場合を想定するが、どれも佳奈の依頼を途中放棄せざるを得なかった。
そこまで考えたセカンドは溜め息を吐き出し、電子貨幣を仕舞っているポケットに手を突っ込んだ。
「おいおい、コイツは大当たりだぜ」
ポケットから取り出した電子貨幣を掲げてみせると男達が感嘆の声をあげ、一人が思わずといった風に呟いた。
セカンドが取り出したのは一般的に使われている電子貨幣の何十倍もの金額が納められ、大金が動かされる取引などで使われる専用の電子貨幣。通常の残金を知らせる文字しかない簡素な物とは違い、滅多にお目にかかれない意匠の凝らされたカードに男達の視線は釘付けになっていた。
『いいか佳奈、俺が合図したら目と耳を塞いで大人しくしてろよ』
『えっ?! えっと……分かった』
男達の隙を突いて日本語で話しかけると、急な日本語に驚いた佳奈が声をあげかけるがセカンドの意図に気付いて両手で口を塞ぎ、小さくだが確かに首肯した。
佳奈が驚いて声を出してしまった際にセカンドは失敗したかと思ったが、電子貨幣に夢中になっていた男達は佳奈の不審な挙動に気づいて居なかった。そんな男達を夢中にして止まない物を無造作に地面へ投げると、男達の視線はセカンド達から離れてカードを追う
「へへへ、野郎は嫌いだが物分りがいい奴は好きだぜ」
「オジサンよぉ、他にも持ってんだろ? 悪い事は言わねーから全部出しな」
ゲラゲラと笑う男達を前にしても、セカンドは舌打ち一つするだけで大人しくポケットに仕舞っていた電子貨幣を全て取り出し、先程と同じように投げ捨てると両手を挙げて無抵抗を表明する。
一切抵抗を見せず、言われるがままに従うセカンドに気が大きくなった正面にいた男の一人が転がっている電子貨幣の元へ不用意に歩み寄る。他の男達もセカンドが抵抗する事など想定すらしていないのか、ニヤニヤと粘ついた笑みを浮かべるだけで注意を促そうともしない。
一歩二歩と近づいてくる男を見ながらこれからの行動を脳内でシュミレーションを行い、最も効率的かつ安全な物を幾つか選出して呼吸を整える。
『今だっ』
そうして間もなく男が電子貨幣の目の前で屈んで手を伸ばしたタイミングで佳奈に声を掛け、男との間にあった距離を一息で縮めると鉄板の仕込まれた軍靴の爪先で男の顔面を蹴り上げる。
「ガフっ?!」
前から驚きと痛みに染まった声が、背後からは聞こえる小さな衣擦れの音がセカンドに届く。佳奈がしっかりと言う事を聞いた事に満足しつつ、浮かび上がった男の側頭部に回し蹴り叩き込む。
しっかりとした手応えが足から伝わり、倒れる男の行方を見届けずに身体を反転させ、今度は背後にいる男を潰すべく走り出す。
「ふざけんじゃねーぞ、このクソオヤジが!!」
視界に収めた少し身形のいい男はセカンドの突然の行動に初めは驚いてポカンとした間抜け面をしていたが、セカンドが向かって来ていると認識すると怒声を上げて鋼材を振り上げる。
それでも構わず走りよれば男は容赦無く鋼材を振り下ろし、セカンドはそれを躊躇いなく右腕で受け止める。
──ガキンッ──
狭い路地に金属同士を打つ耳障りな音が響き、攻撃を繰り出した筈の男が苦悶の表情を浮かべて右手を抑え、持っていた鋼材が地面を弾む。
セカンドは手を抑えて睨みつけようとした男の鼻っ柱を肘で思い切り殴り付け、返す刀で更に肘鉄を打ち込み、がら空きとなった首に腕を絡ませ、同時に脚を掬って男を転ばせる。
だがセカンドの攻勢は其処で終わらず、倒れた男の顔面を容赦無く踏みつけて腰に隠していた銃を抜き取り、佳奈に手を伸ばそうとしていた男へと向けられる。
「両手を挙げてその娘から離れろ」
無機質な銃口と底冷えする冷たい言葉に男の動きが一瞬だけ止まる。
「グぁあああッ!!」
だが形勢逆転を狙って再び佳奈を捕まえようとした男を見て、セカンドは頭部を踏みつけている足に体重を乗せると苦痛に塗れた悲鳴が上がる。そこで男は漸く静かに両手を挙げ、佳奈から離れていく。
「いいか、一回しか言わないから気を付けろ。有り金全部置いてとっとと失せろ、妙な動きをしたらコイツの頭を踏み潰す」
「ま、待て、言う事は聞くから先にソイツから──」
「あぁぁぁあああっ!!」
「分かった! 言う事を聞くから頼むから止めてくれっ」
男はセカンドの変わらぬ表情に交渉は無理だと悟り、ポケットから数枚の電子貨幣を地面に放り投げて倒れたまま動かない男を急いで抱き上げるとそそくさと逃げていく。
それから銃を構えたまま男達が逃げると装って戻って来ないかと警戒していたが、セカンドが思う様な気配はない。逃げた男達が遠くに行ったと判断したセカンドは懇願通り頭から脚を退かし、その脚で男の脇腹を蹴り上げる。
躊躇いのない蹴りを無防備な脇に喰らって激しく咳き込んでいる男に構わず、セカンドは男の髪を鷲掴みにして無理矢理目線を合わせてから徐に口を開いた。
「まずは有り金全部置いていけ。それと今回と同じ事があれば次は容赦しないし、襲ってきた奴がいたら、例えお前が無関係でもお前を見つけ出して惨たらしく殺してやる。死にたくなかったら俺達に手を出すなと他の奴等にも言っておけ。いいな?」
絡んできた時のような威勢は暴力によって砕かれ、終始無表情で感情の欠片も映さない双眸に射竦められた男に、反抗する気力は最早なかった。
「わ、わがっだ……」
鼻を見事に折られ、喋りにくそうにしながらも男の返事を聞いたセカンドは掴んでいた髪を離し、伏せたままの男に銃を構えながら距離を取る。銃口を狂いなく向けた先で男は立ち上がり、持っていた電子貨幣を全て投げ出すとふらつく足取りながら逃げるようにして路地の奥へと姿を消した。
先程の男達と同様に姿が見えなくなるまで見送ったセカンドは地面に転がる電子貨幣を拾い集める。
傭兵の仕事をすれば一気に大量の金が手に入る事があるとは言え、そんな美味しい仕事は警備系企業か傭兵団に回される事が多く、セカンドの様なフリーでかつ単独の傭兵にお鉢が回ってくる事は少ない。
また仕事によっては事前準備で大金を必要とする仕事も中にはある為、小額の金額であろうと金が落ちているのならば拾わない手はない。それに新たな同居人もいるのだから、とカツアゲをしてきた素人を仕返して微々たる金を浅ましく拾う姿を想像し、情けなくなったセカンドは自分を正当化する為の言い訳を呟くように口にした。
全ての電子貨幣を回収し終えたセカンドは合図してから今も言い付けを守っている佳奈に歩み寄る。
瞼を堅く閉じ、耳を力の限り塞いでいる佳奈の肩にセカンドが手を置くとゆっくりと瞼が開けられ、気遣わしげな瞳がセカンドを見上げる。
「もう安心して良いぞ、悪い奴らはもう退治したからな」
それを聞いた佳奈は何度か瞬きをしてからセカンドと自身以外が居なくなった周りを二度見渡し、輝かんばかりの笑顔をセカンドへ向ける。
「セカンドって強かったんだねッ」
そして佳奈が素晴らしい笑顔でそう言うと、セカンドの脚の力が一気に抜ける。
立っているのすら危うくなったが、なんとか踏みとどまったセカンドを脱力感が襲う。
今までずっと装甲車内で過ごしてきたがゆえに、そう言った姿を見せた事も無かった。だが自己紹介で仮にも傭兵と名乗っており、それなりの実力があると思ってくれても良いのではと思ってしまう。
「……子供に察しろって言う方が酷なのかね」
そうボヤキながらセカンドが頭を掻くと、首を傾げながらも笑顔だった佳奈の表情が一気に青ざめる。
更に目元には薄らと涙が滲んでおり、少女の急変に今度はセカンドが首を傾げる。
「せ、セカンド、その手、痛くないの?」
「て?」
震える声でセカンドの右腕を指さす佳奈。
佳奈に指摘されたセカンドが自身の右腕を見ると、そこは男の振り下ろした鋼材を受け止めた時の跡が残っていた。それも一目でその威力を表すように、鋼材の形そっくりに凹んでいたのだ。
「あぁ、これは気にしなくて良いぞ。どうせ義手だから」
「え、え? ぎしゅ? でも……」
「ま、知らない奴が見たらそう思うわな」
佳奈との生活が始まり、何度となく佳奈へ素肌を晒して来たがどうやら精巧に作られたが故に気付いていなかったようだ。また右脚の義足が鈍色をした義体らしい義体だった事も佳奈の勘違いを加速させた大きな要因なのだろう。
だがセカンドは義手だと暴露した右腕を前にし、触らせてみても佳奈は何処か納得がいっていない表情をしている。
「ダイラタンシー流体と人工表皮を使ったリキッドアーマー採用の最新義手……って言っても分からんよな。百聞は一見にしかず、取り敢えず見ててみ」
その為、セカンドは佳奈の眼前で腕の凹んでいる部分を揉む。
すると腕の凹んでいる部分が徐々になくなり、最終的に元の形に戻ると佳奈は不思議な物を見る目で腕を熱心に見つめ、あっちこっちを触り出す。
更に後押しとばかりに肩口にある義手の接合部が見えるように服をずらして佳奈に見せる。そこには一見すると何も無いように見えるが、目を凝らして良く見れば腕側と首側で色が若干異なり、その境界線には僅かにだが線が走っていて、触れてみれば不自然な凹凸が存在して居る。
「ホントは外せれば一番分かりやすいんだが、生憎この義手は着けるのが割と面倒でな。ま、機会があれば見れんだろ」
「……わかった」
幾つもの証拠を見せられてもまだ納得のいかない様子の佳奈だったが、右腕を見て瞳を潤ませていた時の表情から普段と変わらぬ雰囲気に戻っていた。
こういう所でも役に立つものだなと泣き出しそうになった佳奈を慰める為の台詞が思いついていなかったセカンドは、先ほどの男や捕縛された時などに相手を油断させるための偽装された義手に感謝した。
そこから佳奈の質問に答えながら再び歩き出した二人は、幾分もしない内に運び屋との待ち合わせに指定された酒場“羊の踊る丘”という名の通り、二足歩行している二匹の羊が前足を取り合って踊っている姿の描かれた吊るし看板の下にたどり着く。
「さて、佳奈。この街に入る前にした約束は覚えてるかな?」
セカンドは今回の取引に佳奈を連れて行くと決めた際に二つの約束を交わしていた。
一つ、何があってもセカンドの元から勝手に離れないこと。もう一つはセカンドが運び屋と取引や交渉を行っているときは非常時でもない限り、決して邪魔をしないこと。
一つ目については人攫いや幼女相手に欲情する性癖を持つ相手に危害を加えられない為であった。
いくらヴェグラントラウンジが他のコープと比べれば治安が良いとは言え、そういう手合いがいないとも限らない。現にセカンド達は待ち合わせ場所へ来る道中でカツアゲにあっているのだから。
そして二つ目は完全にセカンドからの要望だった。
『レムナント』と呼ばれる連中はその殆どが厄介な性格をしている。その上『傭兵』や『運び屋』、『賞金稼ぎ』等といった荒事に従事している連中は偏屈を極めていると言っても過言ではない。
セカンドと付き合いのある人物は基本的にまともな──中には戦闘狂だったり異常な食習慣を持つ人物もいるが──連中だと思っているが、真に理解しているとは言い難い。
子供を連れていた事のないセカンドとしてはこれから会う運び屋の反応は予想できなかった。佳奈が会話に入ると憤慨して交渉出来ない可能性も無くはない。
それ故の約束だった。
「うん!」
ただ佳奈は企業間共通言語を習得していないため会話に入ろうにも不可能なのだと、日本語で返事をしながらしっかりと頷く佳奈を見て思うのだった。
「そこら辺もどうにかしないとなぁ」
ボヤきながら酒場の扉を押し開け、佳奈を連れて店の中に足を踏み入れる。
店内は酒場の雰囲気を作るためなのか、物価上昇に伴って少しでも節約しようとする慎ましい努力の影響なのか、窓から差し込む陽の光くらいしか光源がなく、かなり薄暗い。
セカンドが内外の明るさの違いに眩暈に似た頭痛を感じて顔を顰めていると、後ろに隠れるようにしていた佳奈が服の裾を強く握りしめてくる。
直ぐに眩暈から回復したセカンドが佳奈の行動に疑問を抱く前に答えを把握する。昼間の酒場に屯している連中の視線がセカンド達に集中していたのだ。
客達はヴェグラントラウンジの肉体労働者らしき者達が殆どのようで、全員が薄汚れた作業着を着て太い腕を臆せず晒していた。また彼等の面相は辛い職に見合う厳ついものであり、そんな男達の視線が一斉に集中すれば気の弱い人間なら肝が縮み上がる光景だろう。
値踏みをするような不躾な視線に晒されても一切物怖じせず、セカンドが目的の人物を探していると店の一画から野太い声がする。
「よう、セカンド。こっちだ」
声の元に視線を向ければ、白髪混じりの髭をたらふく蓄えた野戦服姿の壮年の男が席に付きながら手を挙げていた。セカンドも手を挙げて男に返事をすると客達は興味が薄れたのか、セカンド達から視線を外して自分達の戻っていく。
「ほら、固まってないでさっさと行くぞ」
「う、うん」
店に入った当初の威圧感が薄らいでなお、堅く成っていた佳奈を促して先程セカンドを呼んだ男の陣取る円卓に着く。
「いつも指定した時間の前にはいるお前が遅れて来るとは珍しいな」
「まぁちょいとチンピラに絡まれてな、待たせたかスロース?」
そう言いながらセカンドは腕時計で時刻を確認すると約束の時間から五分程遅れていた。どうやらセカンドが思っていた以上にチンピラ相手に時間を浪費していたようだ。
普段であれば十分前、遅くとも約束の五分前には到着していたセカンドとしてはかなり遅刻した気分である。
「いや、俺の顧客の中には平気で一時間も遅れてやってくる奴も居るからな、そこまで気にしなくていい。それにこの店だったら暇潰しには事欠かねぇからな」
スロースと呼ばれた男は肩を竦めて言うとテーブルに置かれていた水に口をつける。対してセカンドもテーブルの上にあったメニューを手に取りながら目だけで仔細を問うと、スロースは店の一画―――それも店内で一番暗い場所に視線を飛ばす。
セカンドもそれに釣られて同じ場所を見れば、何人もの若い男達が積み重なってうめき声を漏らしている。良く見れば顔面が悲惨な事になっている人間もおり、セカンドはなるほどなぁと呟いてから何事も無かった様にメニューに視線を落とす。
「しかしアレだな、お前が待ち合わせに街ん中を指定してくるなんて珍しいな」
物価が上昇しているにしては安めの値段が書かれたメニューを見ながらセカンドが言えば、スロースは眉間に皺を寄せて難しい表情を作る。
「……どうも最近、IPBMの内ゲバが激化した影響で運び屋が襲われる事が多くなったんだよ。特に機動殻数で保守派に劣る革新派が躍起になってやってるらしくな、アイツらの勢力圏で引渡しをしてる最中に襲われて命からがら逃げてきたって言う運び屋が何人かいるんだ。ここら辺はまだ保守派の勢力圏だから大丈夫だろうが、念には念を入れた方が良いと思ってな」
「ならほどな、それじゃあ仕方ねーか」
スロースの話を聞きながら一通りメニューを見渡し、昼食に丁度良さげな品を注文するべく店員を呼びながら相槌を打つ。
読み終わったメニューを畳み、テーブルの元の位置に置くと丁度人の気配が近くにやってくる。それに合わせて顔を上げると酒場の店員らしき二十歳前後の女がすぐ側に立っていた。
「注文は?」
「取り敢えず飲料水を二人分とサンドイッチセットを一つくれ」
女店員は注文を聞くとそそくさとテーブルから離れ、愛想の一つも振りまかずに酒場の厨房らしき場所へと引っ込んでしまった。
「惜しいなぁ、もう少し愛想が良くて娼館にいりゃあ迷わず買うんだが」
思わずといった風にセカンドは小さく呟き、厨房に隠れてしまった女店員の姿を思い浮かべる。肩口で切り揃えられたサラサラとした黒い髪、この地域では珍しい日焼けをしていないキメ細かい陶器のような白い肌。
簡素なシャツを押し上げる双丘は控えめではあったが、ピッチりとしたパンツで強調されていた桃は随分と瑞々しげだった。顔については十人中七人が振り返る程度で絶世の美女とまでは行かないが、娼館や売春宿にいれば指名率ナンバーワンになるのは間違いないだろう。
そう不届きな事を考えていた時、セカンドの隣の椅子に腰掛けていた佳奈が服を引っ張った。
「ど、どうした佳奈?」
一瞬考えていた事を佳奈に見抜かれたのかと思ったが、そんな事はM-2でも無い限りありえないと頭を振って否定する。そしてここにはあの黒塗りの樽型ポットは居ないのだと言い聞かせて佳奈を見やるが、そこには何故かセカンドよりも怯えた様子の佳奈がいた。
今度は佳奈の様子に首を傾げる。
佳奈を怯えさせるような物は無いはずだからだ。
入店時に向けられた不躾な視線は既に無くなり、周囲の客達は各々の世界を構築してしまっている。店の奥でのびている者達にしても気付いたのだとしたら随分と遅いうえ、スロースの体が視線を遮っており佳奈からは見えない筈である。
うーんと唸りながらぐるりと周囲を見渡してみても原因と思しきものが見つからず、どうしたのだろうかと考えていると再び佳奈が服の裾を強く引っ張った。
佳奈にしては珍しい自己主張に促されて視線を戻せば、佳奈が他者からは死角となるテーブルの影である方向を指さしていた。セカンドが佳奈の指先から目を滑らせながら顔を上げれば、何時の間にか身を乗り出して佳奈の事を凝視している馴染みの運び屋がいた。
そしてキョロキョロと慌てふためく佳奈を観察し終えたスロースは何故か満足気に頷くと席に付き、たっぷりと蓄えられた髭に覆われた口を徐に開いた。
「……そうか、セカンドもとうとう自分に正直になって生きていく覚悟が出来たんだな。誘拐するのはどうかと思うが、まぁ小児性愛者は人肉嗜食者より肩身が狭いから仕方ないか。俺としては──」
「ちょっと待て。突っ込みどころが多すぎてどう突っ込めばいいか分からんが、取り敢えずちょっと待ってくれ」
聞き捨てならない言葉を聞いたセカンドは酷い頭痛を覚えたが、あまりに否定するべき事柄が多過ぎたため反論するよりも先にしみじみと続けようとするスロースの言葉を遮った。
「お前が今になって佳奈の存在に気付いた事に先ず驚いてるんだが、それより先に言っておきたいことがある。まず俺はロリコンじゃないし、年端のいかない女の子に手を出した事は人生で一度も無いと断言しておく。次にコイツは俺の依頼主であって決して“そう言う”目的で誘拐した訳じゃないし、万が一、百歩譲って俺が誘拐したんだとしてもそれを堂々と連れ回す勇気を俺は持ってない」
眉間の皺を揉みほぐしながら一口で言えば、スロースは意外そうに目を丸くしてキョトンとしていた。その表情を眉間を揉む手の隙間から覗き見たセカンドは深い溜息を吐き出した。
「……大体何処をどうしたら俺がロリコンになったって言う発想にたどり着くんだよ」
「どこをどうって言われてもな、ロゼって言う上玉に迫られて靡かないお前が悪いと俺はおもうぞ。お前とロゼの事を知ってる奴の間だとお前がゲイかロリコンかで賭けがされてるぐらいだしな」
「……マジかよ」
知らなければ良かった情報を聞いたセカンドが頭を抱えてテーブルに伏すのと、注文していた料理が届けられて佳奈が感嘆の声を漏らすのはほぼ同時だった。
当事者でありながら企業間共通言語を理解していない佳奈の暢気そうな雰囲気に若干の苛立ちを覚えなくもなかったセカンドだったが、恨み言を言う気力も湧いてこなかった。
「代金」
とぶっきら棒な物言いで料金の支払いを要求してくる店員の言葉に顔を上げれば、そこには無愛想な女店員が手を差し出して待っており、セカンドと目が合うと指先をクイクイッと曲げて早くしろと催促してくる。
精神的疲労を感じているセカンドに容赦なく追い打ちを掛ける店員に再び大きな溜息を吐き出すと素直に電子貨幣を渡し、支払いを済ませる事にした。
女店員は素早くセカンドからカードを奪い取ると何時の間にか取り出していた読み取り機械に差し込み、注文した品とチップ分と思われる代金が引かれたカードを投げ捨てる様にセカンドへ返して来るのだった。
2「あいつはどうした?」
佳「離してやった」
それではここまで読んで頂き、ありがとうございます
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