06 仕事とコープと機動殻③
二話連続でちょっと短めですが、区切りが良かったので投稿しました。
元々ヴェグラントラウンジは名前も無いような小さなクラスタだった。
だが東南アジア先進社連合が中華一統共和国から独立したことで、旧ミャンマーや旧タイなどの地域を中心に東南アジア全体が急速な発展を遂げる。
当時は強大な勢力だったIPMBにとっては製品を大量に消費してくれる顧客として、発展途上にあった東南アジア先進社連合は独立した事で足りない物を売ってくれる販売元として強固な協定が結ばれた。
中華一統共和国だった時にもあったのだが、東南アジア先進社連合が独立した事で新たな陸路が構築される。
そしてヴェグラントラウンジの基礎となったクラスタはその一つの行路の途中にあり、二組織間で交易が始まると立ち寄る人々は徐々に数を増やし、住人達は来客に求められるままに少しずつ規模を広げていった。
そうしている内に外界で漂う汚染物質から住人を守る都市防壁を築くまでに至っている。
しかしコープと定義される汚染物質を遮断する防壁を設置できるほど発展すると予想出来なかった当時の代表者は無計画に各施設を建ててしまい、その結果として防壁にある通行門を抜けると街を二つに分ける様に通る巨大な道路と、それを挟む形で左右に各種施設がある形で都市防壁が築かれた。
円形や陣地形成から発展して星型を基本とした街が設計されるのが主流となっている中、縦長の長方形と言う稀有な形をしている事でも有名である。
そんなヴェグラントラウンジに佳奈を連れていく事が決まってからセカンドはコープでの注意事項などを教え込もうとするが、聞き分けのいい佳奈にしては珍しく気も漫ろになっており、教える立場のセカンドが苦心した以外にさしたる問題も無くセカンド一行は件のコープへと到着する。
街を取り囲む巨大な防壁と空中に漂う汚染物質から住人達を守る為の電磁障壁を潜ると、そこは外界とはまるで違う空間が広がっていた。
全長9m、車幅3.5mもあるリトルキャッスルが数台横に並んでも十二分に余裕のある真っ直ぐな道路。左右に設けられた大規模の駐車スペース、行き交う車の間を縫って歩く大勢の人の姿がそこにはあった。
「わぁ……」
多勢の人間が集まれば全員が囁き程度の大きさで会話をしていても巨大な音に成るように、ヴェグラントラウンジを二つに割る大きな歓楽街通りからは一人一人が発する雑音が津波となってセカンド達の元へとやって来ていた。
周囲の様子を液晶フィルムで見ている段階で行き交う人の多さに興奮していた佳奈だったが、装甲車を降りて生身で体感すると本日二度目の感嘆の声を漏らした。
活気を表すような音に圧倒され、装甲車を降りて直ぐに立ち止まってしまった佳奈に合わせてセカンドも足を止める。開いた口が塞がらないと言った様子で周囲を行き交う人々にきょろきょろと視線が移ろう少女に苦笑いを浮かべ、佳奈が十分に落ち着くのを待ってからセカンドは佳奈を連れて歩み始める。
物質の補給を行う為の巨大な機械に埋め尽くされた駐車区画は、休憩に立ち寄った者や近隣から必要な物資を求めて来た者などでコープの外からやって来た者達が殆どの割合を占めており、過酷な環境を進んで来ただけにすれ違う人間は誰もが厳つい顔つきの者達が多かった。
だがそんな駐車区画を抜け、酒場や宿泊施設の軒先が並ぶ商業区画に足を踏み入れると歩く人達の人相も大きく変わる。駐車場区域では軽度の武装をした人間が多かったのが、女性や子供なども交じる様になり、大通りには店舗以外にも様々な商品を扱う露店が並び、通り過ぎる人に勢い良く声を掛けては立ち止まった人へ自身の売る商品を宣伝している。
ヴェグラントラウンジの住人達も利用する商業区域なら家族連れは少ないが決して居ないわけではなく、セカンドが佳奈を連れていても悪目立ちする事も無かった。
「ほら佳奈、この人だかりに見とれてはぐれんなよ。しかしこれぐらい普通だと思うんだけど、前に住んでた所はこんなに人は居なかったのか?」
「うん。おっきい所だったけど、お外を歩いてる人は少なかったよ。こんなに一杯人が居るの初めて見た!!」
興奮のあまり普段よりも数段大きな声で返事をした佳奈になるほどねぇと相槌を打ちながら手を繋ぎ直し、セカンドは入場料と退場料を入出管理官へ纏めて払う際に聞いた待ち合わせ場所である“羊の踊る丘”へ向け、佳奈が気を取られて足を止めてしまう前に歩を進める。
ヴェグラントラウンジにいる人の数は確かに多い。
だが飽くまでもコープの規模の割にはと言う話であり、視野を広げればここよりも遥かに大きく、遥かに多くの人が住むコープは幾らでもある。
そしてそんなコープの一つであり、ヴェグラントラウンジなど足元にも及ばない活気と規模を誇るコープに立ち寄る予定が既に組まれている事を知ったら、佳奈は驚きのあまり気絶でもしてしまうのではと心配してしまうぐらい今の佳奈は興奮していた。
今も物珍しげに周囲を見ては気を取られている。
連れてきたのは失敗だったかと思いながらも、人混みの中ではぐれないように握っている小さな手に少しだけ力を込める。するとそれに反応した佳奈は何が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて握り返すというセカンドの予想を裏切る反応をする。
訳が分からず反応に困って顔を顰めているとセカンドへ向けられていた笑みがある一点に注がれ、セカンドも釣られて佳奈の視線を追えばメイン通りに出店している露店があった。
そして丁度吹き付けた風に乗って肉の焼ける芳ばしい匂いが鼻腔を擽る。
「なんだ、アレを食ってみたいのか?」
佳奈が見つめていた露店を指さして何ともなしにセカンドが聞いてみるが、佳奈は直ぐに首を振って否定する。しかし露店を見つめる佳奈の食欲と好奇心に塗れた瞳は食べて見たいと雄弁に語っていた。
普段は心腹の中と表情が完全に分離している狸共を相手にする事が多いだけに、分かりやすい佳奈が可愛らしく思える。そして佳奈ぐらい依頼主の表情が読み安ければもう少し楽に生きられるんだがなと、無意味にも思ってしまうのだった。
感傷に浸りながらも時刻を確認すると待ち合わせの時間までは随分と余裕がある。寄り道をしても問題ないと判断したセカンドは佳奈の手を引き、件の露店へと向かう。
佳奈がチラチラと様子を伺っているのを感じつつ、合成肉を大振りのナイフでぶつ切りにしては串に刺し、電熱器で炙るという工程をそつなくこなしている恰幅のいい女店主に声を掛ける。
「合成肉の露店売りなんて珍しいな。一本幾らだ?」
「ウチは食品工場に知り合いがいてね、安く手に入るのさ。IPMBのユニオン通貨なら1000ルピー、共通貨幣なら一本45ncにだよ」
暴利という程ではないが提示された値段に思わず顔を顰める。
もともと合成食品は安いものでは無いが、露店売りと言う事を鑑みてもぶつ切りの合成肉が四、五個刺さっただけの値段では無かった。セカンドの態度から何を考えているのか察した店主は呆れたように溜め息を吐き出した。
「アンタここら辺の人間じゃないだろ? 最近はIPMBの派閥戦闘の影響でここいらは物価が上がってるんだよ。ちゃんとした店で同じものを買おうものならもっと値が貼るよ」
店主の言葉を聞いて周囲を見渡し、見える範囲にあるチラシや露店に掲げられている値段表を確かめてみるが、確かに合成食品に限らず全体的に通常の価格より高い金額が掛れている。
裏のとれた店主の言葉に納得していると上着の裾を控えめに引かれているのに気が付いた。
「どうした佳奈?」
「……私、要らないよ?」
どうやら佳奈は無理をして串肉を買おうとしていると勘違いしたらしく、物凄く申し訳なさそうにしていた。
セカンドはフリーの傭兵の中でもそこそこ稼いでいる自信があっただけに情けなくも無かったが、考えて見れば佳奈との生活が始まってから碌に仕事もせずぐーたらとソファーで電子書籍を読み返す姿しか見せていなかった事に思い至る。
少しだけセカンドの矜持が傷ついた。
「おや、随分と可愛らしいお嬢ちゃんが居たんだね。まったくこんなケチ臭いのが保護者じゃ可哀想だね。今回はお嬢ちゃんの為に特別でおまけして二本買ってくれるなら一本30ncでいいよ。」
露店の台に隠れてしまっていた佳奈の存在に気が付いた店主は呆れたようにセカンドを見た後、佳奈に営業スマイルを向けてそんな事を言う。
「マジかい、わざわざ値引きしてくれたんだから買わない訳にはいかんわな」
値切る気は無かったが、向こうが値引いてくれると言うのであれば断る理由はない。ケチと言われた事に思う所はあったが、素直に貨幣カードを取り出して隅に置かれた会計機へカードを差し込む。
幾ばくかして機会から吐き出されたカードに表示されていた数字には値段分の金額が引かれている事を確認してから串肉を受け取り、一本をそのまま佳奈に渡せば「ありがとうっ!」と花が咲いたような笑顔で御礼を行ってくれる。
素直に礼を言える佳奈についつい頭を撫でてしまったが佳奈は気にせず串肉に齧り付き、セカンドも遅れて齧り付く。硬い肉に歯を立てればそこから肉汁が口の中に溢れ出し、表面に振りかけられた塩の塩気が舌を撫で、胡椒の香りが鼻を抜けていく。
合成食料ばかりを口にしていた生活が長かった事もあって人工的に作られた合成肉も旨く感じる。ただやはりと言うべきか化学的に旨味や味を再現しているに過ぎない合成食品だけに、天然素材や培養素材の様な深みの無い平坦な味わいになっている。
「あら、お嬢ちゃんにはちょっと固かったかしら」
味に慣れるまでは旨いかなと咀嚼しながら勝手に評していると、肉をうまく噛み切れずに悪戦苦闘している佳奈が居た。肉に噛みついたまま手にした串を引っ張ってみるも、子供の噛む力では引っ張る力に巻けて噛んでいた肉が外れ、うまく切れないようであった。
どう頑張っても噛み切れず、諦めた佳奈が歯形の付いた肉を離すと隙を見て手から串を抜き取って女店主に渡す。えっ、と声を漏らす佳奈を無視して肉を返された店主は言葉も交わさずに串から肉を抜き取り、ぶつ切りの肉を更に細かいサイズに切り分けていく。
それ程掛からずに細かく切られた肉は再び串に刺される。だが細かくなって串に刺さり切れない肉が出ると店主はそれをひょいと掴むと口に入れてしまう。
「これは切り分け分の駄賃だよ」
注意しようとする前にそう言われてしまっては何も言えなくなってしまう。
そのまま串を返された二人は串肉片手にメイン通りを進んでいく。
細かくなった事で食べられるようになった佳奈はモグモグと口を動かし、両頬を膨らませながら歩いている。時々串から肉を抜くのに集中しすぎて通行人にぶつかりそうになる佳奈を制しながら進んでいき、ある程度進むと佳奈の手を取って脇道に入る。
入出管理官から聞いた“羊の踊る丘”と言う店はメイン通りからかなり外れた所にあり、ヴェグラントラウンジの住人が主に通う店だと言っていた。
また住人の中でも随分と柄の悪い連中がたむろしている所だとも。
大人二人が並べばすれ違うのもやっとな幅しかない脇道に入ると、人通りが一気に減った。綺麗に整えられたメイン通りとは違い、進むにつれて目に見えて路端に転がるゴミの数も増えている。
防壁に囲われた立地故に中央通り以外は建物が密集しすぎてしまい、その結果として薄暗くなっている脇道は陰鬱とした空気が漂っていた。
活気に溢れていたメイン通りとは百八十度違う雰囲気を敏感に感じ取った佳奈は心なしかセカンドに身を寄せる。
セカンドもそこかしこから感じる不穏な視線に気を置きつつ、服の下に隠していたハンドガンの位置を変えてどんな事態にも即座に対応できるようにしていた。
ただ入出管理官曰く柄は悪くとも外の人間に絡むほど度胸のある奴は居ないらしく、それを聞いていたセカンドはあまり心配していなかった。コープの顔である彼らが嘘を教えるメリットが無いと分かっていたからだ。
余裕のあるセカンドは立ち止まり、見るからに気張りすぎている佳奈の頭に手を置いて見上げてきた佳奈の鼻を抓んでやる。
いきなり鼻を抓まれて驚いた佳奈は直ぐに不届きな手を振り払って不満を露にするが、その原因を作った当人は表情を見てただ鼻で笑うとそそくさと歩き出す。
頬を膨らませて抗議の視線を送ってみるも、セカンドが再び歩き出した事で生まれた距離に慌てて駆け寄った。傍に駆け寄ってきた少女に視線を向ければ口から出てこない怒りが篭った目と合うが、さっきまで佳奈を覆っていた緊張感は無くなっている。
その姿に満足して前を向くと先程までは居なかった二人の男が道を遮る様に立っており、チラリと後ろに目をやればいつの間にか退路を塞ぐ男が一人いた。
「どうしてこう言う事に巻き込まれるかねぇ」
呆れを通り越して疲れた様子のセカンドは呟き、電磁障壁に覆われた空を仰ぎ見る。
「ようようオジサン、貧しい俺達に少し恵んでくれねーか?」
頭の足りなそうなセリフを聞き流しながらセカンドは自分を担当した入出管理官の言葉を思い出す。
彼はそれらしい格好をしていれば絡まれる事は無いと言った。
セカンドはそれに倣って──倣わなくても格好は変わらなかったが──防刃性のズボンに編み上げの軍靴、上半身は簡素なシャツだが首からはドックタグを下げている。腰には防水加工された大型のポーチが巻かれている。
一応は忠告通りそこら辺にいる傭兵と変わらない格好をしているにも関わらず柄の悪い連中に絡まれてしまい、セカンドは自分を担当した入出管理官に騙されたかと安易に信じてしまった自分の迂闊さを呪っていた。
しかしセカンドは知る由も無い事ではあるが、担当をした入出管理官は嘘をついてはいなかった。ただ担当者は入退場費を支払う時も、“羊の踊る丘”へ向かう道を教えている時もセカンドの姿しか見ていなかった事でセカンド一人で向かうものと判断しており、傭兵が通るのであれば問題の無い道を教えていたのだ。
セカンドはセカンドで一人の生活が長すぎた結果、連れが居ることで何事かに巻き込まれてしまう可能性がある事を完璧に失念してしまっていた。二人の間に認識の齟齬が生じていて、今回の事態が起きてしまったのだ。
事の真相を知らないセカンドは、見上げた空に向かって内心で呪詛を吐き出すのだった。
1nc≒20円
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