表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/39

05 仕事とコープと機動殻②


 M-2の容赦無い指示に従い続けること数時間。

 十二時を過ぎて漸く装甲車内の掃除を終え、セカンドは隅から隅までM-2の指示する箇所を掃除させられて溜まった疲労を表すようにソファーにドカリと腰掛ける。


「わぁ……」


 お気に入りのソファーの柔らかさを堪能しながら四肢を投げ出して脱力していると、外の景色を映している液晶画面を見ながら佳奈は感嘆の吐息を漏らした。

 声に反応してセカンドも佳奈が見ている液晶に目を向ければ映る物全てが砂と砂で形成された小さな丘しかなかった砂漠から、荒れてはいるが鬱蒼とした背の低い雑草の生い茂る地域に入った所だった。


「なぁ、そんな珍しいものでもあったのか? 俺には何も見えないんだが……」


 使い終わって仕舞うはずの掃除道具を両手に持ったまま映像に見とれている佳奈と一緒になって画面を見てみるが、特に物珍しい物がある訳でもなく感嘆を漏らすほどの物がある様には到底思えなかった。


「え? だって、景色、綺麗だよ?」


 セカンドが気になって聞いてみると、佳奈の簡素な答えが返ってくる。

 あらためて画面に映されている景色へ意識を集中して見てみると、確かに綺麗ではあるのか……と思わなくもなかった。


「なるほどなー」


 丁度装甲車の走っている付近は砂と土の地面が入り混じるタクラマカン砂漠の境界線であり、土壌部分には地中に含まれる汚染物質を吸収する様に品種改良され、世界各地にばら撒かれた雑草が自由奔放に葉を生い茂らせている。

 そして青々と生い茂る草の緑と風に流されるまま侵食しようとしている砂漠の黄土色によってグラデーションが生み出され、絵画のように描かれている。また燦々と降り注ぐ陽光が陰影という深みを書き足し、ともすれば殺風景と評価される景色が幻想的な雰囲気を醸し出している。


 そんな気がした。


 ただセカンドはまじまじと景色を観賞した事も無ければ、絵に描かれた物以上の事を感じ取れない感性に乏しい人間であった。だから佳奈の感想に同意は出来ても同調が出来ず、気のない返事しか出来なかった。


「外には出れないの?」


 そんな中身の無い返事に気付いた様子もなく、佳奈は期待の篭った瞳をセカンドへ向ける。


「うーん、どうだろうな。なぁM-2、この辺の汚染濃度ってどれぐらいだ」

「正確に測定はできませんが、汚染レベル1~2と言った所でしょうか。

 成人なされているセカンド様ならば兎も角として、まだ体の小さい佳奈様では保護服なしで外へ出ると身体に何らかの悪影響が出ないとも限りませんので、あまりお勧めはできません」


 生き残った企業による除染活動や緑化活動、長い時間が経った事で汚染物質が半減期を迎えるなどして大地に残された汚染は新世紀初期と比べれば大分減っている。

 ただM-2が言うように未だ汚染地域は存在しており、根絶するには至っていない。しかも保護装備無しでは一切の生命を受け入れ事のない場所も確かに存在していた。

 過去の大戦が残した負の遺産は未だに地球という星に根深く残されているのだ。その事をキラキラした瞳で液晶を見つめる佳奈に改めて教え、如何に外界には危険が潜んでいるのかを教え込む。


「だから今回はM-2の言った通り諦めな」

「………わかった」


 食い下がりはしなかったがそれでも残念そうにしながら再び画面を食い入る様に見る佳奈の頭を撫で、一緒になって画面を見るが、やはり綺麗とは思うものの感動するほどの物ではないだろうとセカンドは思う。

 ただここ何年もの間は人との関わりを最低限に絞ってきたセカンドにとって自分には無い感性を知ると言うのは面白く、そういう見方もあるのかと感心すらしていた。これまでの他人に対する付き合い方について考える切っ掛けになるぐらいには、佳奈の物の見方は新鮮だった。


 二人は景色が完全に土の大地に切り替わるまで画面を見続けていたが、一定の速度を維持して走り続ける装甲車ではそう長い時間見る事は叶わない。

 それ程掛からず液晶に映る景色から黄土色の砂地は無くなり、雑草や壊れて骨格だけになった車の残骸、半壊している古めかしい建物などが散見するようになる。

 そんな単調な景色を掃除道具を片付けた佳奈は飽きる事無く見続けている。


「ねぇ、セカンド。みんな同じ方向に進んでるけど、この先に何かあるの?」


 真剣な姿で液晶フィルムを見上げる佳奈を構うのも忍びなく、手持無沙汰になったセカンドが暇潰しがてらに腕立て伏せをしていると、佳奈が画面を指さしながらに問うてくる。

 そこには動くものなど自分達以外には風で揺らぐ草しかなかったのが護衛の装甲車に挟まれた大型トラックや、銃を片手に戦闘用保護スーツを纏った人間がぎゅうぎゅう詰めにされたトラックの姿がチラホラと見られるようにもなっていた。

 筋トレで薄らと浮き出た汗を拭い、ジューサーから出した水を飲みながらソファーに腰掛ける。


「この先には宿場町って言えば良いのかなぁ。えーっとー、あっちこっちのコープに品卸ししてる企業とか運び屋、警備会社の派遣員なんかが移動の小休憩に立ち寄るって感じのコープがあってだな、名前は確かぁヴェグ、ヴェグ……なんだっけ?」

「“ヴェグラントラウンジ”ですよ、セカンド様。物忘れが酷くなるには些か早くはありませんか?」


 あぁそうそう、と呟きながら立ち上がってソファーに腰掛けるセカンドの背にM-2の鋭い言葉が透かさず突き刺さるが、もう長い付き合いになるセカンドは特に気分を害した様子も無く肩を竦めただけだった。

 それを見た佳奈はセカンドとM-2のやり取りに広いとは言えない車内では否が応でも見聞きせざるを得ない佳奈も既に慣れ始めており、ただ小さくクスリと笑うとセカンドの隣に腰掛けて説明の続きを促すように見上げてくる。


「相変わらず口が悪いよね、M-2さんや。それでだな。ヴェグラントラウンジは物価とかは高いし、ホテルの質もあんまり良いとは言えないから長居するにはあんまり向いちゃいないコープだ。でも他のコープとかと比べると治安はいい方だし、売しゅ……じゃなくて、溜まった物をスッキリ出来る“特別な宿”とか一杯あるから長旅をしてる奴らが利用するコープなんだよ」

「ふーん、じゃあ人がたくさんいるんだね」


 ついついまだ幼い子供、それも女の子である佳奈が知るにはまだ早いだろう場所について口走っていた事に遅まきながら気が付き、佳奈に悟られない様にさり気なくM-2の行う容赦無い鉄拳制裁を警戒するセカンド。

 リトルキャッスルのありとあらゆる機能は全てM-2の管理下に置かれており、それは収容棚の戸も例外ではない。過去にも巫山戯るセカンドを諫める為――腹いせのような時もあるが――に罰と称して勢い良く開け放たれる金属製の戸で殴打されたのも一度や二度ではなかった。


「あ、あぁ、そうだな」


 だが、直ぐにでも回避できるように周囲に気を配っていてもそれらしいアクションはやってこない。どうやら佳奈が“特別な宿”について興味を示さなかった事で下手な仕打ちをして逆に佳奈が関心を持ってしまう可能性を考慮したようだ。

 M-2から御目溢しを貰えたセカンドは内心で安堵の溜息を吐きつつ、佳奈が居る生活に大分慣れ始めた事でセカンド自身の気が緩んできていたのだと自覚した。

 そして新たな同居人は自分の知人の様な女の恥じらいを捨てた女性では無く、年端も行かない少女である事を正しく認識し、普段のような不用意な発言をしないようにしなければと覚悟を決める。ただ、セカンドのした覚悟にはM-2からこれから下される鉄拳制裁の痛みに対する覚悟が多分に含まれてはいたが。


「それで、どうしてそこに行くの? 佳奈たちもそこで休憩するの?」


 佳奈の何気ない発言を聞いた瞬間、セカンドは大きなため息を吐き出し、M-2も珍しく佳奈を庇わずに無反応を通している。純粋に質問をしたつもりの佳奈は二人の思わぬ反応に「え?えっ?」と小さな声を漏らしながらあたふたし始める。


「運び屋に運んでもらってる仕事道具をヴェグラントラウンジで受け取るんだよ。掃除する前にもM-2が言ってただろ、忘れたのか?」

「え、えへへ。そうだっけ?」


 恥ずかしげに笑って誤魔化そうとする佳奈だったが、セカンドの何とも言えない視線を感じて直ぐに申し訳なさげに俯いてしまう。

 そんな佳奈に今度はセカンドが困り慌て始める。セカンドとしては軽くからかう程度の積りだったのが、もともと大して責めるつもりは一切無かった。だが冗談だと言う前に予想以上に落ち込んでしまった佳奈に慌てて言葉を掛けようとするがそこである問題が浮上した。


 フォローの為の良い言葉が思いつかなかったのだ。


 知り合いに女性は何人かいるセカンドではあるが、全員が見た目だけは女で内面は女性らしさなど当に捨て去り、繊細の欠片も無い豪胆な人物ばかりである。

 彼女達であればからかっていれば勝手に思考を切り替える為、これまでの人生において歯が浮くようなセリフを口にした経験など無く、佳奈と初めて会ったあの日以前に他人を慰めた事が記憶の中にあるかどうかも疑わしい。

 一般的な婦女子の扱いに不慣れなのが発覚した事に愕然とつつ、唯一この状況を打破できるだろう人物の助けを得るため、情けなくも独立思考ポットであるM-2が仕舞われている天井部分を仰ぎ見る。


「独立思考ポットに助けを求める情けない管理者マスターの発言などお忘れ下さい佳奈様。幼い佳奈様が私の言った事を聞き逃してしまうのは致し方ないことです。また貴方様は契約の上では我々の依頼主と成りますので、我々の諸事情に多少疎くても問題は皆無です」

「でも……」

「ま、まぁ俺に対する暴言は兎も角として、M-2の言ってる事は合ってるよ。俺もそこまで責めるつもりは無かったしな」

「……そうなのかな」


 佳奈は気付かなかったが、頭高にある戸が後頭部を殴打する代わりに入れられたM-2のフォローにセカンドも便乗するが、佳奈の表情は晴れなかった。

 二人の言葉を聞いても落ち込んだままの佳奈にセカンドはそうだと手を打ちながら佳奈の脇の下に手を入れて抱き上げる。急に抱えられた事で混乱して暴れそうになった佳奈だったが、そんな間もなくセカンドの膝の上に座らされ、頭を撫でられる。

 するとさっきまで雰囲気が徐々に無くなり、代わりに恥ずかしげに俯くが若干嬉しそうでもあった。それを見たセカンドはもっと抵抗されると思っていたため、予想外の態度に困惑しつつも何とか気をそらせた事に満足気に頷き、周囲の映像とM-2の発言の書かれた液晶フィルムに目を向ける。


「さて、何はともあれ改めて現状の報告を頼めるかなM-2さんや」

「承知致しました。現在我々が走行している路面状況や周囲の様子から想定される混雑から逆算致しますと、三十分程で運び屋(ボーダー)との合流地点でもあるヴェグラントラウンジには入れるかと。ボーダーは既に同コープに到着しており、既に引き渡しを行う準備は整っているとの報告を先程受けました。また合流をする場所として“羊の踊る丘”と言う酒場が指定されております」

「うーん、りょーかい。しかし聞いた事のない酒場だな、前に来た時は無かったから新しく出来た酒場かね」

「さぁ、どうでしょう。私は一度も町の中へ入った事はありませんのでまず分かりませんし、ヴェグラントラウンジを利用したのは一年程前で且つ二日程の滞在でしたので流行り廃りはあって然るべきかと」


 そりゃそーかと同意しつつ手草みに佳奈の頭を乱暴に撫でていると、手元から小さく批難の声が上がる。

 可愛らしく頬を膨らませて避難がましい目を向けるが、それを見たセカンドは笑みを深めると更に力を込めて撫で回す。最初こそ抵抗を見せていたが、直ぐにぐわんぐわんと目を回した佳奈の姿に和んでいると小さな同居人の腹から大きな音が鳴る。

 本人を含めてその音を聞いたセカンドと佳奈はお互いキョトンとしたあと見つめ合い、真っ赤になって俯く少女と笑いを堪らえる一人の男がいた。


「誰かさんのお腹も鳴った事だし昼飯にでもしますかな。あ、でも待てよ。もう直ぐヴェグラントラウンジに到着するし、機動殻を回収するにも酒場で運び屋と合流しなきゃならんからついでにそこで飯でも食うか。佳奈も一緒に来るか?」

「いいの?」


 セカンドの提案に喜色を浮かべた佳奈だが、直ぐさま不安で表情を曇らせる。大方先ほど外へ出るのを禁止された事を気にしているのだろうと当たりを付けたセカンドは再び佳奈の頭に手を伸ばす。

 しかし今回は伸ばされた腕は警戒していた佳奈が避けた事で空を掻く。


「む、避けるとは小癪な奴め。まぁ他のコープなら駄目だと思うが、ヴェグラントラウンジは比較的治安は良い方だし何日もこの装甲車の中から出れないってのもある意味キツいしな。俺がこれから言う事を守れるなら連れてってやっても良いけど、どうする?」

「行くッ!!」


 条件の内容も聞かずにやや食い気味に佳奈は言い、嬉しさを表現する様にセカンドへ思いっ切り抱き着いた。まだ内容言って無いんだがなぁ、と呟いたセカンドの言葉は嬉しさのあまり抱き着いたセカンドの胴に頬ずりしている佳奈には届いて居なかった。

 ただセカンドはその事についてはそれ程心配していなかった。

 何故なら佳奈の居る生活が始まってからのこの数日間で、佳奈が同じ年頃の子供と比べてかなり大人しく、またしっかりとしている事が分かっていたからだ。

 絶対に触るなと言ったものには一切触る素振りを見せず、何かをするにも分からない時は必ずセカンドかM-2に聞いてから行動を起こしている。

 もし佳奈が普通の子供のように好奇心旺盛で言う事を聞かない悪ガキだったならば、今頃は砂漠で干からびていたか汚染濃度の高い場所と知らずに踏み入って悶え苦しんでいた事だろう。

 そういう意味では自分の立場を良く理解していると言っても差し支え無い佳奈を見て、まぁいいかと溜め息を吐きながら佳奈の頭を優しく撫でる。今度は避けられれる事も無く、期待を隠しもしない純真な瞳がセカンドを見上げていたのだった。



 それではここまで読んで頂き、ありがとうございます

誤字・脱字・質問などがありましたら感想などで受け付けております。お気軽にお尋ねください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ