04 仕事とコープと機動殻①
その日、作業用防護服を着込んだ人物は割り振られた作業を終えて一息ついていた。
防護服のフィルム越しに空を見上げれば、雲はないがかつての汚染災害の名残りで淀んでいる青空が視界を埋め尽くす。広大な空から視線を外し、そのまま下げて行けば仲間が作った塹壕やコンクリート性の特火点は本来の色では無く、深緑の液体で一部の隙間なく染め上げられていた。
塗布されたばかりで長時間見ていると頭が痛くなりそうな真新しい色に眩暈に似た感覚を覚え、男は防護服を脱いで直に空を見上げながら新鮮な空気を肺に満たす。
だが吸い込んだ空気には除染剤特有の青臭い臭いが混じっており、気分転換になるとは到底思えない酷いものだった。
「ほらお前の分の昼飯も持ってきてやったぞ」
酷い臭いに顔を顰めながら胸まで隠れるの深さに掘られた塹壕の中で腰掛けていると、自分と同じような作業着を着た同僚が近寄ってくるなり合成食料がぎっちり詰まった容器を投げ渡してきた。
「お前いきなり投げんなよ!! 容器が壊れたら昼飯抜きになるんだぞ!」
「落とした位で壊れるかよ、それよりそっちの除染作業も丁度終わったみたいだな」
慌てて投げられた容器を掴んで許し難い暴挙を行った同僚に抗議の声を挙げたが反省した様子はこれっぽっちも見られず、毎度のこととなれば最早諦めの溜め息しか出てこない。
そして同僚が周囲を見渡している姿を見て男も同じように周囲に目をやれば、自分達と同じ作業着を着ている人間や深緑に染められた特火点の中で武装した人間が警戒している姿がチラホラと見られ、その中には自分たちと同じように昼食を食べている者もいた。
「ついさっきな。お前の所の進捗状況はどうよ」
「二、三十分前に漸く火砲とかの設置が終わったところ。今は交代して他の連中が弾薬とかの物資を運び込んでる。あと一時間以内には稼働できるんじゃないかな」
「ふーん」
相槌を打ちながら容器の蓋を開け、ジェル状の合成食料を吸い出すと馴染みのある味が口の中に広がるが男の表情は優れなかった。口の中で昼食を転がしていると舌先に粉っぽさを感じ、喉が渇きを覚える前に無理矢理飲み込んだ。
「はぁ。合成肉なんて贅沢は言わないから、せめて東亜バイオの合成食料が喰いたいな」
「おいおい、まだちゃんと昼飯が喰えるだけマシだろ。他の基地だとまともに飯を食う暇も無いって話だぜ?」
「そりゃあそうだがよぉ」
男の発言に同僚も頷き、何とも言えないひもじさを感じた二人は一緒になって空を見上げる。自分達が作っている真っ最中の陣地を除けば、後方の街から響く建設音が木霊する長閑な空気が周囲には漂っていた。
「もうすぐここも戦場になるかも知れないとは到底思えないよな」
「……まぁな」
同僚の言葉に一つ頷き、胸ポケットから煙草を取り出して友人にも差し出す。
休憩時間とは言え任務中に喫煙をする男を見て同僚は呆れたような表情を作ったが、断らずにケースの中から煙草を一本抜き取って口に咥える。まさに平和としか言いようのない長閑な空気が漂う中、突如として異変が起きる。
それは二本の煙草に火が付き、味わうようにして二人が紫煙を吐き出した時だった。耳を劈く爆発音が男達の耳に届き、視界隅に立ち上る黒煙と砂煙が映り込む。
咄嗟に伏せた二人が慌てて音の発生源へ目を向けると、自分たちが築いている陣地の最前線に位置する特火点から黒煙が立ち昇っていた。
「弾薬が引火でもしたのか?」
「こっからじゃ分からん、取り敢えず集合地点に移動すr―――」
もくもくと上る大量の噴煙を確認した二人が動きだそうとした時、男の頭上を煌めく何かが通り過ぎ、直後自分達の後方に聳え立つ巨大な都市防壁の上部にあったレールガンが爆発を起こした。
「まさか、襲撃なのか!?」
突然の事態に男が問い掛けるように叫び声をあげると、それを肯定するかのように陣地内に襲撃を知らせるサイレンがけたたましく鳴り響く。男たちは顔を見合わせると予め指定されていた自分達の持ち場へ向けて走り出す。
「まだ向こうは仮設基地も建設できて無いんじゃないのかよッ。情報部は一体何やってたんだ!!」
「愚痴ってる暇があったら兎に角走れ!」
配置が同じ二人は塹壕の中をひたすら走っていたが、その途中で進行方向の近くに隠されていた機動殻にパイロットが乗り込む姿が見えた。不意打ちを受けたが機動殻が出撃すれば、少なくとも陣地内まで相手に攻めこまれる事もないだろう。
そう男が思った時だった。
起動した機動殻が立ち上がるのを待っていたかのように操縦席のある胸部に一発の光弾が飛来し、金属を打ち鳴らす音が轟いてから一拍の間をおいて機動殻の上半身が消し飛んだ。機動殻を中心に起こった凄まじい爆風に平均的な大人の体躯を持った男が紙吹雪のように吹き飛ばされる。
男は何度も地面を転がり、全身を覆う鈍い痛みにも何とか耐えて意識を保っていた男が顔を上げると同じように痛みに耐えながら起き上がろうとしている同僚と目があった。
「大丈夫か?」
「……何とか生きてる」
お互いの生存を確認し合っている間にも陣地の各地から先程の爆発と同じ音が響いており、時折音を置き去りにした光弾が自分達の上空を通過する。
大きな風切音に寒気を覚えつつ、何とか起き上がって恐る恐る塹壕から顔を覗かせると二人は絶句した。自分達の陣地に隠されていた筈の機動殻や戦車の多くが見るも無残に破壊されていたのだ。
なんだこの光景は。
男がその短い言葉を紡ぐ事は無かった。
防壁内部から飛び立った偵察ヘリを待ち構えていたように、遥か遠くから放たれた一発の光弾が仲間の駆る偵察ヘリに突き刺さり、炎を伴って爆発を起こしたヘリの羽が自分達の頭上に降ってきたのだ。
男は走馬灯を見る間もなく金属の塊に押し潰され、その生涯に幕を下ろした。
◇ ◇ ◇
「おーい、朝飯にするぞー」
「はーい」
二人の元気な声が、朝六時の装甲車内に木霊する。車外の黄土色一色の世界とは別世界にいるような穏やかな空気が車内には満ちていた。
セカンドと成り行きで一緒に旅をする事に成った佳奈は最初の出合いこそアレであったが、一週間近くも狭い車内で共に過ごしていた事もあってか気付けば打ち解けていた。
それはセカンドのサバサバとした性格もあったが、時々怯えた素振りを見せていた佳奈が以外にも適応力が高く、図太い性格をしていたのも大きな要因だった。
そんな幼いながらも逞しい同居人に思いを巡らし、片手で収まるサイズのパック型の容器を両手に持ちながらソファーに腰かける。セカンドが座るのに合わせて装甲車後部に設置されている二段ベッドの上段を整えていた佳奈もセカンドの隣に腰を下ろす。
二人が打ち解けるまではLを反転させたような形のソファーで様々な位置に座っていた佳奈であったが、ここ最近になってセカンドの隣に座るのが定位置となっていた。
一年の大半を金属で覆われた空間に一人で過ごしてきたセカンドは隣から感じる人の気配にむず痒さを感じなくはなかったが、それはそれで悪くはないかと思い始めていた。そんな彼の心情など分かる筈も無い佳奈の瞳はセカンドが手にしている容器に釘付けになっていた。
「ほれ、ゆっくり食べたまえ」
そんな上からの物言いも佳奈は気にせず差し出された容器を嬉々として受け取り、蓋を開けると飲み口を咥えて中身を吸いだした。
ジェル状の合成食料をちゅーちゅーと音を立てて吸う微笑ましい姿に癒されながらも、セカンドも佳奈に倣って容器を咥えて合成食料を胃に落としていく。
「それじゃ、M-2さん。今日の予定を教えて下さいな」
「承知致しました」
数分もしない内に容器内の食料を食べきったセカンドは空の容器を食洗器に放り込み、ソファーに深く座り直す。
少量だが腹持ちが良く、満腹感も得られる便利な食料を作りだした偉大な発明者に感謝の念を抱いて脱力していると、隣にいる少女から視線を感じる。何事かと思いながら見やれば、佳奈が手にしている容器はまだ膨らみがあった。
「……まだ、たべ、きれて、ない」
そしてセカンドと視線が絡むと、しょんぼりとした様子でそんな愛らしい事を言いだした。あまりに可愛らし過ぎて思わず頭を撫でてしまう。佳奈はそんなセカンドの行動にキョトンとした表情をするが、直ぐにエヘヘと微笑んだ。
「ま、ゆっくり食べてな。こっちはこっちで話してるからさ。んじゃま、M-2さん宜しく頼んます」
「承知いたしました」
再びちゅーちゅーと音を立てながら合成食料を食べ始めた佳奈を横目に、セカンドはそこら辺に放り投げていたタブレットを拾い上げて電源を入れる。
「我々は現在、次の依頼主が所属するインド系ユニオンであるIPMBの穏健派が貿易居住都市として再建中である新ジャーンシーへ向けて移動中です。
現在地からは距離にして約350km、途中機動殻を回収する事を含めましても17:30までには到着する予定です。
依頼内容は同ユニオンの革新派が近隣に建設中である仮設軍事基地への奇襲、並びに当該施設の破壊になります。我々に課せられた達成条件は当該施設に設営された食料庫、武器庫、指揮管制棟、兵舎並びに対汚染物質装置の破壊となっております。
更に依頼主は気前良く特別報酬として、基地内に残存する戦車や機動殻と言った地上兵器や航空兵器などの破壊を設定して下さいました。また本依頼で使用する機動殻は合流地点である“ヴェグラントラウンジ”へ向けて輸送中とのこと。運び屋からの経過報告から推察するに、定刻には到着するでしょう」
「うん、りょーかい。それと確かIPMBが採用してる機動殻ってB36A2だよね? 採用されたのって通常版と拡張版、どっちだっけ?」
起動した端末を弄り、膨大な情報の海から必要な物を検索していく。その中から最初に開いたのは各軍事系企業が公開している機動殻の情報をまとめた情報ファイルだった。
「採用機動殻の兵装は通常版で統一されております。また依頼主からの情報によりますと、革新派の当該施設に追加兵装が持ち込まれた様子は無いとの事です」
「……そっか」
セカンドが最初に出したのは中華一等共和国/先進戦術社製第三世代機動殻『B36A2』の公開カタログ。
端末の液晶には最大稼動時間から各種パーツの装甲厚まで書かれ、補足情報にはセカンドや傭兵仲間が集めた機動殻の長所や短所が書き込まれている。
真剣な様子で画面を睨み付けるセカンドの表情を見て佳奈は興味が湧いたのか、食料容器を咥えながら邪魔にならない様に覗き込む。
しかし直ぐさま可愛らしく首を捻って元の姿勢に戻った。
そんな愛らしい仕草をする存在に気が付いたセカンドが見やすい様に画面を佳奈に向けてやるが、彼女は頭を振った。
何故だろうと考えながら再び画面に視線を落とすとその疑問は氷解した。理由は至極簡単で、ただ単にカタログの表記が佳奈の分からない企業間共通語で書かれていたからだった。
フラれてしまったセカンドは肩を竦め、再び端末に視線を落とした。
第三世代OS搭載機動殻『B36A2』
平均装甲厚430mm、推奨移動速度100km/h、最高到達速度170km/h。
初期武装:60mm徹甲ライフル二丁、装甲刀一本、30mm鋼鉄流形盾。
胸部操縦席の中量二脚機動殻。第三世代ではメジャーな速度と装甲厚を両立させた万能型。
臀部に露出している二門の飛行ユニットは瞬発的に推奨している速度へ到達できると言う長所はあるが小回りが効きずらく、近接戦闘や複雑な市街地戦闘には不向き。
また第三世代OS特有の欠点もある。
デザインは胸部を含め全体的に流線形で兆弾性が高いが、背部のデザインはハンガーの関係上それ程超弾性はない。
などなど、詳しく書き込まれた情報を読みながらセカンドは徐ろに口を開いた。
「戦闘予定地域の情報ってある?」
「少々お待ちください」
直後、セカンドのタブレットは少しの間だけ乱れるが、直ぐに晴れると画面には衛星写真と思われる画像が映し出されていた。
予定されている戦闘予定地域の写真へ完全に切り替わったのを確認したセカンドはそのままタブレットを操作し、様々な角度から地図を見始める。しかし画像を見れば見るほどセカンドの眉間には深い皺が刻まれていくのだった。
「どうしたの?」
あまりに険しい顔をしていたのか、佳奈が心配そうな表情でセカンドを見ていた。今の自分の表情に気が付いたセカンドは険しい表情を緩め、眉間の皺を揉み解す。
「あぁ、ちょいと厳しい依頼になりそうだなと思ってさ」
依頼主からはまだ詳しい作戦内容を聞いて居ないため何とも言えなかったが、セカンドは機動殻戦では建物などを盾にしたヒットアンドアウェーを主としていた。
しかし戦闘予定地域には新生紀以降の頑丈な建物など無く、全て前時代から残っているものだけで原形など殆ど保てていない倒壊した建造物だけだった。これではセカンド本来の戦いが出来る筈も無く、運が悪ければ逃げるだけでも命がけになってしまうかもしれなかった。
「だ、大丈夫?」
「まぁ何とかするだろうさ。これでも俺は知る人ぞ知る百戦錬磨のベテラン機動殻乗りだかんね」
セカンドの言を聞いてもなお、心配そうにしている佳奈の頭を撫でてやる。
エヘヘと笑う佳奈に柔和な笑みを浮かべるセカンドではあったが、厳しい戦闘になる事は必至であった。とは言え依頼主が立てているだろう作戦によっては地形の齎す意味も変わってくる。だからセカンドはあまり深く考えない事にした。
コマけーことで悩んでても仕方なし、何とかするさ。その開き直りとも取れる心境に至ったセカンドはM-2に「一応基地から安全に逃げられそうなルートを選出しといて」と伝えて立ち上がる。
その時には佳奈も既に食事を終えており、セカンドに合わせて一緒にソファーから立ち上がるのだった。
「それじゃあ、面倒な事は置いといて……予てよりM-2さんに言われてた装甲車の大掃除と行きましょうか佳奈伍長殿」
「イエッサー!」
セカンドのふざけた口調に合わせて佳奈は敬礼をし、各種掃除道具を手にした二人はM-2から口五月蝿く飛ぶ指示に狭い装甲車内をひたすら動き回る事と成った。
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