32 ブリーフィング④
年嵩の幹部――デミルの言葉に込められた意図を察し、2ndは苦虫を百匹程噛み潰したような渋い顔を作る。
グリムが所属しているグレムリンには下着愛好会と同じく悪名がある。
それは放棄された施設や兵器を漁るだけに留まらず、彼等が漁る残骸を自ら作る貪欲さだ。
彼等は後ろ盾のないクラスタやコープが所有する施設を襲撃者よろしく襲い、占拠、破壊しては漁るための残骸を自らの手で作る事があるのだ。
彼等が襲った施設はとうに百を超えている。
ただ、それだけならば厄介なスカペンジャーとしての認識に留まるが、彼らにはもう一つの悪名があった。
それは構成員全員が人の肉を喰らうこと躊躇わない食人鬼である事だ。グレムリンの構成員は敵対者、あるいは襲った施設の従業員達の死体を捌いて晩餐に並べるのを躊躇わない。
自ら壊し、自分で漁る。
自ら殺し、自分達で喰らう。
そんな彼等の節操のなさ、貪欲なまでの“悪食”さから、彼等を知る者達が機械を貪り喰らう妖精に習って呼び、彼等自身が自称するようになったのが“グレムリン”と言うスカペンジャーなのだ。
そんなグレムリンの重鎮の一人であるグリムに処遇を任せない時点で、ダルクの首を物理的あるいは社会的に飛ばすなと言う意味が込められていた。
そのため、この一件を水に流す選択肢の一つは既に潰されている。
また金銭面で決着を付けようにも、誰かが怪我を負った訳でもないため多額の謝礼を貰うわけにもいかない。
更に厄介なのが、処遇を決めるのが名の知れたロゼやガーターベルトではなく、ほぼ無名に近い2ndである点だ。
仮にこの一件の落とし所をコルネオカンパニー側が決めたとして、全員が全員それで満足できる結果にはならないだろう。
ただでさえ全員を満足させるのは難しいと言うのに、立ち去ろうとしたのは自らの内に様々な基準を持つレムナントでは尚更である。
コルネオカンパニーと去ろうとした全員が妥協し、納得できる着地点を見つけるのは事実上不可能だ。そうなれば、小さなものでも両者の間に禍根が残る。
それはロゼやガーターベルトが処遇を決めても変わらない。
何故なら二人とも『ランカーマーセナリーズ』と言う、レムナントや傭兵の実力を格付けしている企業が発表しているランキングの最上位に位置しているからだ。
身の程を弁えている人間であれば、化け物と称して憚られない二人と争いたいとは決して考え無いだろう。
たとえちょっとした諍いでもだ。
となれば彼等は不満はあれど、決して言葉にはしなくなり、言葉にならなかった不満を腹の中に溜めることとなる。
今回の加害者側であり、これから依頼を頼むコルネオカンパニーとしては、一緒に行動させる人間の間に自ら不和の種となる不満や禍根を撒きたくないだろう。
しかし2ndならば、そんな事にはなりにくい。
なにせ、2ndの世間一般の評価は『へっぴり腰の二番手』や『強者の腰巾着』などといわれて知っている人間の間ではそこそこ嫌われており、ランキングも300位台後半とほぼ無名に近く、不満をぶつけるには丁度いい。
そもそもの問題が殺し合いに発展するほどの事でもないため、不満に思う者も2ndに二、三恨み言を言うだけで満足するだろう。
2ndが我慢すれば、事態は全て丸く収まるのだ。
そして2ndには諸々の考えを汲むだけ状況判断力があり、恨み言を上手くいなすだけの社交性と忍耐力があるのを知った上で、デミルはこの場の落とし所を2ndに求めたのだろう。
勿論、そんな七面倒臭い事を無理矢理押し付けられた2ndからしたら、溜まったものではなかったが。
今日は色々と面倒な事が起こるなぁ。
そう2ndが心で嘆きながらも、自分に投げ掛けられる恨み言が少なくなるであろう提案を言葉にする事にした。
ついでに今日だけでかなり溜まった鬱憤も晴らそう、そう決意して。
「まぁ、今回はせいぜい俺達が見下された程度だし。あんたらが持ってる美味い酒を一杯出して、そこの社員――ダルクだっけ? ソイツにちょっとお灸を据えるだけで今回のことは水に流そう」
「ほう、そうか。ならすぐに酒を用意しよう」
2ndが恨めしげな目をデミルに向けるが、歳とともに面の皮も厚くなっているだろうデミルにはまさに何処吹く風であった。
2ndの視線の意味を理解していながら、それを欠伸にも出さずデミルが手を打ち鳴らす。
すると側付きの人間が会議室から立ち去り、一分もしない内に琥珀色の液体で満たされた人数分のショットグラスをトレイに載せて戻ってくる。
入口付近に屯してことの成り行きを見守っていた傭兵達は、それぞれグラスを受け取ると各々自分たちが座っていた席へと戻っていく。
勿論、彼らの中に事の発端の一員であるはずのロゼ達も含まれていた。
「頑張って」
「どんな事をするのか楽しみにしているよ」
「……お疲れ、さん」
2ndと同じく言葉の裏に込められた意味を理解しているロゼ達三人に去り際でそう言われ、2ndはやるせなさから、特大の溜め息を吐き出しながら側付きから受け取ったグラスを弄ぶ。
グラスから漂う香りは一嗅ぎで一級品の蒸留酒であると分かる芳醇なものであり、それで満たされたグラスは澄んだ琥珀色をより一層綺麗に見せる意匠のされた硝子製のもの。
平時であれば2ndも見た目と味を愉しんだだろう。ただ今の2ndはそれを楽しむ気にも慣れず、一気に呷るとダルクに向かって歩き出す。
途中、側付きにグラスの返却を問われるが2ndはそれとなく断った。
「で、どうする気だ?」
「……さてね。今に分かるさ」
付き人によって2ndの目の前に押し出されたダルクは2ndは睨みつけるが、取り合う気のない2ndは面倒臭そうに肩を竦める。
そしてこれ見よがしに溜め息を吐き出す―――
―――ように見せかけ、ダルクの鳩尾に拳を深々と突き刺した。
不意の一撃にダルクが身体がくの字に曲がる。
更に2ndは程よい位置に来た顔面にすかさず硬質化するであろう義手の右肘を叩き込む。
口元にめり込んだ肘は何本もの前歯を叩き折り、鮮血と鮮血の中でやけに白く見える歯が宙を舞う。
涎とも血ともつかない液体を吐き出しながら地に伏すダルクの髪を無造作に掴むと、顔を挙げさせ半開きになっている口へショットグラスを無理矢理捩じ込んだ。
「今後はこれを教訓に言葉と状況には気を付けるんだな。あとはまぁ、運がなかったと思って甘んじて受け入れろ」
「い、いっひゃい、はにを――」
―――するつもりだ。
そうダルクに問われるよりも早く、2ndは頭部を両手でしっかり固定すると膝を勢い良く蹴り上げる。
ショットグラスが捩じ込まれたままのダルクの顎目掛けて。
「がぁっぁあああああ?!?!!?」
くぐもった破砕音の後に悲痛な絶叫が会議室に響く。
集められた傭兵達は目を背ける者、茶化すように口笛を吹く者など反応は様々だったが、プロジェクターの前を陣取る幹部達は顔色一つ変えずに2ndの行動を眺めていた。
そして2ndが終わったと言わんばかり幹部達を見渡せば、デミルが一歩前に歩みでる。
「さて、これで一件落着したことだし、改めてブリーフィングを始めるから席に着きたまえ」
口から夥しい血を垂れ流しながらのたうち回るダルクを外に連れ出すように指示を出し、デミルが視線を集めるように手を叩いてそう宣言した。
「随分と過激なお灸だったな」
役目を終えた2ndが席に戻ろうとすると、そっと位置を変えてそばに来ていたセルジオが周囲に聞こえない程度の小声で言う。
「なに、ちょっとだけ迷惑料を上乗せしただけだ」
あと私怨も、と続きそうになるのを堪えながら2ndは席につく傭兵達に視線を向ける。セルジオも視線を追うと、そこには若干の不満そうにしている者が何人かいた。
どうやら酒が好きではない者が何人かいたらしい。
若しかしたら恨み言を言われるかもしれない。その対応の面倒臭さを考えた2ndは肩を落とす。
「運がなかったな」
自身のセリフを返された2ndは更に肩を落としながら自分の席にトボトボと向かうのだった。
「お疲れさん」
プロジェクターの前から自分の席に辿り着くまでの短い道程で嫌味や恨み言に近い言葉を山ほど投げかけられた2ndが席に着くと、面倒事から見事逃れたロゼに出迎えられる。
辟易しながら席に着いた2ndは精神的な疲労と共に大きな息を吐き出した。
「まったくだ。あの爺、人のこと良いように使いやがって」
「ツイてなかったわね。でも貴方にも原因があるんだから諦めなさいな。それにいつもの事でしょ?」
2ndは自身の実力を低く見せている。
それは相手を油断させるためであったり、下手に目立って賞金やら功名心やらで狙われるのを避ける為である。
そして今回の一件のように、小さな争い事を丸く収める役回りを受けられるようにする為でもあった。
レムナントと言う人種は総じて我が強い。
同じ依頼を受けた一時的な仲間同士でも争い事は絶えないのだ。その上、レムナントは交渉事が不得手か、そもそも交渉出来ない人間が多い。そして争い事を丸く治められる人間となれば、その数は極端に減る。
集められたレムナントの傭兵がすぐに席を立ったのがいい例だろう。
そのため2ndのような立ち回りのできる―――言わばレムナント同士の緩衝材と成り得る人材は意外な程に重宝される。
2ndに直接出される依頼は2ndの能力が求められている事がほとんどではあるが、今回のような役目を求めて依頼がくる場合も少なくはない。
そしてそういった面倒な依頼の報酬は割と高い報酬が支払われるため、2ndは臆面もなく巷の評価に甘んじていたのだ。
佳奈との事で若干疲れていなければ、2ndは愚痴を零すことも面倒に思う事もなかっただろう。
眉間に刻み込まれそうな皺を揉みほぐしながら、再び大きな息を吐き出した。
「……んなこと言われなくても分かってるよ。ただ、今日はちょっとああいう事をする気分じゃなかっただけだ」
「そうなの? まぁ、そういう日もあるわよね」
不敵な笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくるロゼを鬱陶しげに手で追い払いつつ、事情を察しつつも深く踏み込んで来ないロゼに2ndは改めて感謝した。
気持ちを切り替えるために、2ndは強く眉間を揉みほぐすのだった。




