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29 ブリーフィング①


 昼を過ぎ、電磁障壁で歪められた空が橙色に染まる頃。

 歓楽街を歩く客層が住民から明らかに傭兵か都市の外からやってきた人間に変わったきていた。

 幼い子供と手も繋がずにいれば直ぐにはぐれてしまいそうな人混みの中、2ndと佳奈の二人は会話もなく黙々と歩いていた。

 

 二人がはぐれもせずに歩けていたのは、佳奈の半歩前を歩く2ndに原因があった。

 このとき2ndの表情は明らかに苛立っており、あからさまに傭兵然としている2ndの対面から歩いてくる見ず知らずの通行人達は、厄介事は御免とばかりに道を譲っていたのだ。

  

「ッチ」

 

 自分達を避けていく人々の姿すら癪に障るのか、2ndは表情を苦々しく歪め、誰にも聞こえない大きさで舌打ちをする。

 脅すように佳奈に言い含めてからというもの、佳奈は大人しくなった。いや、明らかに怯えるようになった。

 今も大人しく着いてくるが、時々2ndを仰ぎみては俯き、偶に目が合えばビクリと肩を竦ませるのだった。

 それらの一つ一つの動作が2ndの神経に異様に触れる。

 

「……ッ、クソが」

 

 あれから何度目かの悪態を吐くとすぐ後ろでビクリとした気配が伝わり、再び悪態を吐きたくなる悪循環に陥っていた。

 なるべく心情を表に出さないように心掛けつつ、2ndはどうしてこうもやり場のない何かが湧き出てくるのか、心がこんなにも乱されるのか自問する。

 ただ、原因など誰に問うまでもない。

 

 佳奈だ。

 

 少年兵を殺したこともある。

 依頼で罪もない子供連れの家族を殺したこともある。

 銃を突き付け、佳奈と変わらない年頃の少女を奴隷商に引き渡したことだってある。

 しかしどの時だって、今のように心乱されたことなどなかった。ただ淡々と引き金を引き、事を成してきた。

 それが何故、佳奈のことになるとこうも変わるのか。2ndにはその理由が分からず、それが2ndの苛立ちに拍車を掛ける。

 

 歩きながら自問を続けるが、結局明確な答えは出なかった。

 ならばと、2ndは先程のやり取りを振り返るが、こちらは自分は間違っていないと答えが出る。

 あの場で暴行されていた子供を救うことなど2ndにとっては造作もない事だった。

 特に目立った武装もなく、傭兵のように鍛えた痕もない浮浪者然とした男を制圧するのは容易だ。そして倒れふす子供に手を差し伸べるのも。

 だが、後のことを考えるとそれをするのは2ndとしては避けたかった。

 シャルロットを一応理由があるとは言え善意で助けた手前で言うのもどうかとも思ったが、今後ああいった場面に直面する機会は幾度もあるだろう。

 その都度助けていれば切りがなく、2ndに恨みを持つ人間が罠を貼る可能性も出てくるかもしれない。

 だから出来るうちに、心根の優しい佳奈に釘を指しておくのは間違っていないはずだ。

 そう答えを出すが、今にも泣き出しそうにしながら必死に涙を堪えて俯く佳奈の姿が2ndの脳裏にチラついた。

 間違っていないと思っているのに、何処かで間違っていたのだと言う自分がいた。どうすれば良かったのか、そう問いかけても、誰かが答えてはくれる筈もなかった。

 堂々巡りを繰り返す思考。

 出口のない迷路に入り込んでしまったかのように、2ndは途方に暮れるのだった。

 

 

 佳奈が怯え、2ndが途方に暮れていようとも、二人の歩みは進んでいた。

 周囲の混雑が不意に少なくなり、自分の内側に意識が向いていた2ndが周囲に目を向けると辺りの景色が変わっていた。

 所狭しと道の両脇に店が並んでいたのが、高級品である水をふんだんに浪費する噴水が道の中央に鎮座し、それを中心に開けた広場がひろがっていた。

 そこは2nd達が泊まっているホテルの程近くにある待ち合わせなどで使われる広場であった。

 相変わらず歩く人の姿は多いが、広場に十分な広さがあるせいか混雑しているという印象はない。

 一先ず答えの出ない自問を切り上げ、噴水近くいる人間を見渡すと見覚えのある姿を見つける。

 

 長く艶のあるブルネットの髪。

 タンクトップと戦闘服のズボンという地味な格好ながらも、人目を引く魅惑的なスタイル。

 

 巷で流れる噂とかけ離れた見た目をしているロゼ・マリアが噴水の前に立っていた。

 

「悪い。待たせたか?」

「いいえ。私達も今来たところよ」

 

 待ち合わせをしていた時刻にはまだ早いが、時間を確認した2ndが挨拶代わりに聞けばロゼが微笑みを浮かべながら答える。

 相変わらず自身のスタイルを隠そうともしないロゼに若干呆れつつ、ロゼの斜め後ろで静かに控えている初老の男に目を向ける。

 

「ローウェンも壮健そうで何よりだ」

「ホホホ、2nd様も未だに図太く生きておいでで(わたくし)も感無量で御座います」

「その口も相変わらずそうで安心したよ」

 

 人当たりのいい柔和な笑顔と共にさり気なく毒を吐く初老をとうに過ぎた男に2ndは呆れた表情を浮かべる。そして自分の内に渦巻く感情を押し殺しつつ、2ndは後ろにいる佳奈を前に押し出した。

 

「お互い面識のない奴もいるからさっさと自己紹介を済ませよう。佳奈、この食えないオッサンがローウェン。ロゼのサポート全般をになっている男だ」

「初めまして小さな淑女ちゃん(リトルレディー)。私はロゼ様のサポートをしておりますローウェン・マクスウェルと申します。以後御見知りおきを」

 

 紳士もかくやと言わんばかりの所作で胸に手を当て、佳奈に目線を合わせながらローウェンと男は名乗る。

 ロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけ、手入れの行き届いている髭も合わさり、燕尾服でも来ていれば執事をしていても全く違和感のない男であった。

 

「んで、ロゼから聞いてると思うがこの子が今護衛依頼を受けてる佳奈だ」

「え、えと、柊 佳奈です」

 

 促す2ndの方に怯えながらも、ローウェンにお辞儀を返す佳奈。

 ぎこちない様子の佳奈に気づいたロゼが僅かに首を傾げるが、特に気にすることでもないと判断したのか、ロゼは自己紹介をしたローウェンに向き直る。

 

「それじゃあローウェン、私と2ndはブリーフィングに行ってくるから佳奈と一緒に待ってて頂戴。もしかしたら今日は帰れないかもしれないから、その時はよろしくね」

「承知致しました」

 

 2ndとロゼはこのあとセルジオに出席を頼まれたブリーフィングに出ることになっていた。そしてブリーフィングや依頼に出て2ndが傍に居ない間の佳奈の護衛をローウェンに依頼していたのだ。

 コルネオカンパニーからの護衛も勿論着くのだが、2ndとしては人となりや実力を知る人間も傍に置いておきたいと考え、セルジオの使いが来る前にロゼに打診していたのだ。

 返事は一二もなく快諾だった。

 依頼料は多少取られたが、ロゼの活動に難なく付いていける人物が護衛につけるにしては随分と安く済んだ。

 

「じゃあ佳奈、そういう事でローウェンに迷惑掛けるなよ」

「………わかった」

 

 俯き、決して2ndと目を合わせないようにしながら佳奈が頷く。自分に非はないと思っていながら、バツが悪くなった2ndは三度苦虫を噛み潰す。

 言うべき事も思い付かなかった2ndはローウェンに向き直り、取っている部屋の鍵とデータチップをローウェンに渡す。

 

「あとからコルネオカンパニーの護衛が来る手はずになってる。それとコイツが護衛に関するデータと部屋の鍵だ」

「承りました。護衛はお任せ下さい」

 

 佳奈を託し、ロゼを伴って2ndはコルネオカンパニーの本社が構えられている一級市民区画の更に奥にある行政区画に向かって歩き出す。

 いや、歩き出そうとした。

 

「………セカンド」

 

 雑踏に掻き消されそうなか細い佳奈の声が届く。

 2ndが振り返ると、今にも不安に押し潰されそうな佳奈と目があった。

 

「どうした?」

 

 務めて平静を装い、何も無かったように問い返す2nd。しかし佳奈は何かを言いかけ、結局何も言わずに首を振った。

 

「ううん、なんでもない。気をつけてね」

「……あぁ」

 

 それだけ言って、2ndは再び歩き出した。

 慇懃に頭を下げるローウェンを背に、足として使うことになっているバイクを回収するため、一足先にホテルに向かって2ndとロゼは歩く。

 

「何かあったの?」

 

 その道中、置いていった佳奈とローウェンが見えなくなるとロゼが唐突に切り出した。何もないと2ndはぶっきらぼうに返すが、ロゼは相槌を打つわけでもなくただ微笑みながら隣を歩く2ndを見つめ続ける。

 

「別に大したことじゃない。依頼に支障はねーよ」

「そう。ならいいわ」

 

 何かを含みのある表情を浮かべるロゼに舌打ちを漏らし、前を向く。

 そしてなんでもないと再び呟きそうになった言葉を口の中で転がしながら、消化し切れそうにない感情と共に飲み込むのだった。

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