02 違反と砂漠と同居人①
2017.6.4
訂正:強化外骨格→補助強化服(全ページ)
戦争、紛争、テロ、暴動。
平穏な日常を過ごす国があれば、銃声の絶えない国もあった。
飽きる事の無い争いの連鎖、それが人の積み重ねて来た歴史の本質。
どれだけ過去に多くの犠牲を出した争いがあっても、何年かすれば再び多くの血を流す争いを始めるのが人間と言う生き物だった。
化石燃料、水、宗教、人種差別、経済格差、環境問題。
争いの種は路端に転がる小石の様に、人間の歴史の中では有り触れたもの。
22世紀に入ってから30年と続いた第三次世界大戦も、振り返ってみれば原因など些末な事だった。
6億人近い犠牲を出し、やっと終わったと誰もが思った第三次世界大戦の後に待っていたのは、平穏でも無ければ平和でもなかった。
終わりの見えない騒乱の時代。
各地で絶え間なく起きる小規模な戦争や紛争は人種や年齢、性別を問わず多くの人々の命を奪い、代わりに戦争特需による大量消費は様々な技術の発展に大きな貢献を果たした。
技術の発展は大戦で疲弊する人々の生活に豊かさを取り戻させ、それが更なる争いを生む火種を作り出す負の連鎖を構築していった。
そんな血で血を洗う哀れな時代が続き、第三次世界大戦から合わせて8億人近い犠牲者が出た時だった。
ふと誰かが振り返り、そして気付く。
既に地球は人間が生きて行くには過酷な環境に変わってしまった事を。
戦争で躊躇いなく使われた化学兵器が、大量に消費されていく高度な技術が、緑豊かだった自然環境を破壊し尽くしていたのだ。
環境の激変によって地球は自らを浄化する機能を失い、人が排出し続けた汚染が自らの生活圏を蝕む猛毒となって牙を剥いたのだ。
今更その事実に気付いた――――否、目を逸らし続けた結果を見せ付けられ、人々は過去の行いを悔いるが、もう手遅れだった。
豊富にあった筈の資源は残り少なく、汚染に対処する為の術もない。人々は悲嘆に暮れながらも傲慢にもその事実を嘆き悲しんだ。
だがそこで諦める程、人間の生きる事への意地汚さは甘くなかった。
地球が駄目ならば宇宙を目指そう。
誰が言い出したのかは今となっては定かではないが、その言葉に多くの人が宙を見る。
過去の大戦がまるで嘘と思える程にピタリと世界各地で争いが無くなり、敵国同士だった国々が手を交わし合い、人類の明日の為と大義名分を掲げて宇宙進出への技術研究を行った。
それから10年の歳月が経ち、ますます過酷になっていく環境に多くの犠牲者が出てしまったが宇宙へ進出するための『方舟』は完成された。
しかしそれは全人類を宙へと連れて行くには、あまりにも小さかった。
方舟の完成を間近に控え、人間達は再び争いに興じる事となる。
残される側の者。
残して行く側の者。
過去に類を見ない程に苛烈な戦争へと発展し、後に『方舟戦争』と呼ばれる争いは結局少数の者達だけが宙へと羽ばく結末を迎えた。
残された者達は最後の戦争で更に荒れ果てた地球を眺め、絶望し、自分達の不運を声高に叫ぶ。愚かな人類が自ら蒔いた死の種は確かに芽吹き、徐々に、だが確実にその根を広げていった。
そうして方舟が旅立ってから更に12年の年月が経った。
汚染の猛威が地球を覆い尽くし、地上からは人間だけでなくありとあらゆる生命が姿を消した――――――はずだった。
地上から生物という生物が死滅してから200年もの時が経ったとき、人は再び大地の上に降り立った。
地球に残された人間は生き残りを掛け、一つの賭けをしていたのだ。
それは地中深くにシェルターを創り上げ、地球を覆う汚染がその猛威を振るい終えるまで理論の確立して居ない休眠装置で眠りにつくといった計画。
巨大な津波を前に頼りない木にしがみつく程度のお粗末な計画ではあった。けれど人類はそんな賭けに勝ち、多くの命と技術を犠牲にしながらも生き残った。
しかし眠りから目覚めた彼等を待っていたのは草木1つ無い、自分達の知る地球とはあまりにも懸け離れた世界だった。
◇ ◇ ◇
熱せられた鉄板の様に暑く、吹き出る汗は流れる間も無く蒸発する日中の砂漠。辺り一面黄土色の砂が埋め尽くす景色のド真ん中にセカンドは立っていた。
「お前達は俺を馬鹿にしてるのか?」
「い、いや。そんなつもりは……」
遠慮の欠片も無く照り付ける殺人級の陽射しを煩わしく思いながらセカンドは手に持つ端末を弄る。
端末にはセカンドが受けた今回の以来に関する契約内容が表示されており、交わした契約に不備があるのではないかと確認をしていた。
自分の手に持つ端末に集中する彼の前には、地獄の様な暑さを誇る砂漠の上で柄の悪そうな厳つい男達が顔色を青くして怯えている。そんな連中の様子を盗み見ながらセカンドはどうしてこうなったのか、何処を間違ったのか、記憶を辿りながら端末に目を落としていた。
T-island社からの依頼を終えたセカンドは次なる依頼をこなすため、旧インド領全域を拠点としているユニオン――“IPMB”が再建中の統治都市に向かって、旧ミャンマー領まで拡大したタクラマカン砂漠を突っ切っていた。
だがセカンドが保有している大型装甲車を使った陸路での移動は日がな一日窓の無い車内で過ごさなければならず、娯楽らしい娯楽はセカンドが持ち込んだ電子書籍しかなかったが、既に持ち込んだ書籍は読み尽くしてしまっていた。
そんな状態で五日が過ぎ、流石のセカンドにも飽きが来ていた。しかも次に安心して買い物が出来る規模の街まではあと一週間は掛かる。
そこで暇潰しがてらに出来る手頃な依頼。かつ、次の仕事に支障を来さない範囲でできる物をレムナントや傭兵仲間のネットワークを使って探す事にしたのだ。
とは言えそんな都合の良い仕事が見つかるとは思って居なかったし、あったとしても飛び込みで受けられるとも思っていなかった。だが実際に探して見ると拍子抜けするほどあっさりと見つかり、依頼の内容は旧ミャンマー領を通る奴隷商の輸送車の襲撃、制圧するというシンプルかつ簡単な物だった。
その上ちょうど輸送車が通るとされるルートと自分の移動ルートが重なる地点があり、セカンドにとってはまさに渡りに船であった。
そして実際に奴隷商の輸送車を待ち伏せし、強襲を仕掛けてから十分足らずで五人しかいなかった護衛を全員始末した。あとは奴隷商の使っていた輸送車に押し込まれている人間達を依頼主に引渡すだけとなった。
ここまでは良かった。
セカンドが依頼を受けるとき、特別な理由がない限り基本的に報奨金は全て現金払いにしていた。
これは現金の方が何かと融通が効くと言うのもあったが、数年前に現物取引をした際に渡された物が偽物でなんの価値も無く、命を張った仕事がタダ以下に成り下がった事があったのだ。
しかし引渡しにやって来た依頼主と護衛は報酬金を持っていないと宣い、挙句の果てには報酬金を麻薬で支払いたいとまで言ってきた。
依頼主達と対面した時から彼等の不遜な態度に苛立ちを覚えていたセカンドは見つからないように装甲車へ指示を送り、自慢気にアタッシュケースに詰め込まれた麻薬の袋を見せられたのと同時に依頼主が乗ってきた改造車を廃車にさせた。
普段はこんな荒っぽい事は滅多にしないのだが、騙された当時の事を思い出すだけで腸が煮え立つ程の苛立ちが募るのに、煩わしい太陽の存在も合わさりセカンドの機嫌は最高潮に悪かったのだ。
突然の攻撃に慌てふためき、罵詈雑言を喚き散らす依頼主達にハンドガンの銃口を向けて黙らせた。
そして現在に至る。
今は端末を弄るためにセカンドは馬鹿共に銃口を向けてはいないが、代わりにセカンドの背後に鎮座している大型装甲車の副砲――20mm防空ガトリング砲がその六銃身砲を回転させていつでも火を吹ける状態になっている。
そんな状態で端末にある契約書を確認していたが不備や誤りなどはなく、呆れ混じりの溜め息を吐いた。
「それで、なんで現金を持ってきてないんだ?」
「そ、それは……」
言い淀む依頼主。
ただでさえ熱い陽射しを受けてイラつくと言うのに自分の立場を弁えていない態度が癪に障り、セカンドはホルスターからハンドガンを引き抜き、引き金を引く。
手元から響く炸裂音と周囲に漂う硝煙の臭い。
依頼主の隣に居た護衛が眉間を打ち抜かれて仰向けに倒れ伏す。仲間が殺られた護衛の一人が怒声を挙げようとしたが、今度は銃口をそいつに向けて黙らせる。
「理由があるならハッキリと言え、無いなら無いと正直に言え。それ以外の言葉を口にしたらそいつみたいに死ぬ事になるぞ」
「…………ッ!」
そう言いながら銃口をゆっくりと動かし、今度は依頼主の左隣にいる護衛へ照準を合わせる。銃口を向けられた哀れな護衛の顔面は青を通り越して真っ白になる。
「い、今の俺達には現金が殆ど無いんだ! ヤクや武器ならあるが、それらの換金が間に合わなかったんだッ、本当だ!!!」
「じゃああれか、手持ちの金が無いのに俺が送った現金払いの契約書に同意したってのか?」
「……」
依頼主はセカンドの言葉に喉を詰まらせ、再び銃口を向けられ身近に感じる死の恐怖に顔が引き攣っていた。
「……はぁ、ホントにどうしようもねぇな。仕方ない、取り敢えず今持ってる現金を全部出そうか」
「ま、待ってくれ! そんな事されたら運び屋も呼べなくて、下手すりゃ奴隷商の元締めに見付かって殺されちまう!! それに俺達は現金こそ持って来なかったが代わりに持ってきたヤクは純度が高い奴で、上手く売り捌けば報酬金より高──ガァアッ!」
依頼主の言い訳の言葉は最後まで紡がれる事は無く、太腿を打ち抜かれた痛みに蹲って嗚咽を漏らす。
「余計な事は言うなって言ったろ。それに俺は傭兵であって売人じゃない。ヤクの価値なんて知らんし、卸し先があると思ってんのか?」
嘘である。
セカンドには麻薬の価値を理解し、その上で十分な買取り金を支払ってくれる人物に心当たりがあった。ただしその人物は現在地よりかなり距離のあるコープにおり、現物を持って行って換金するまでに相当な時間が掛かる。
運び屋を使って麻薬だけを先に送るという手も無くは無かったが、結局は運び屋が卸先に届けてから中身が二束三文程度の価値しか無ければ、輸送費だけで大赤字になるのは間違いなかった。
「俺の言ってる事が分かるなら、体の風通しが良くなる前に持ってる電子貨幣を全部出せ」
実際にセカンドが引き金を引くのに躊躇いが無いのを目撃してなお、出し渋る素振りが見えたセカンドは適当な奴の太腿を打ち抜く。三度乾いた炸裂音と飛び散る鮮血を見た男たちは直ぐ様自分のポケットなどをまさぐり、取り出した硬質なカードをセカンドの足元へ放り投げる。
荒い砂地に落とされたカードには電子表示で様々な数字が表示されており、それらを拾い上げて確認したセカンドはさも自分の物であるかの様に胸ポケットへ押し込んだ。
「……大体2500ncかぁ。大赤字確定ですな。そんじゃま、お金も貰った事だしM-2さん殺っちゃって!!」
「なッ!?」
セカンドの発言に反応して様々な行動を取る男達。
逃げ出そうとする者。
腰に隠していた武器に手を伸そうとする者。
訳も分からず呆然とする者。
しかし彼等が動くより速く、彼等に向けられていた20mm防空ガトリング砲が秒間100発にも及ぶ鉛の豪雨を叩き込む。
連続して起きる爆裂音、真上を通過する弾丸の風切り音。それがもたらす破壊は肉を引き裂き、砂を穿ち続ける着弾音が周囲の空気を震わせる。
機関砲が火を噴いたのは僅か一秒にも満たない間だけであったが、セカンドの前には六銃身砲から溢れ出た噴煙や穿たれて舞い上がる砂塵に交じって濃密な血煙が漂っていた。
「しかしミンチより酷ぇなこりゃあ。まったく、一体誰がこんな悲惨な惨状を作りやがったんだ」
自分の命令の結果であることを棚にあげ、目の前に広がる目を覆いたくなる惨状を眺めながら首に巻いていたスカーフで鼻が覆う。そのまま舞い上がった砂塵やらなにやらに極力触れない様にして、無造作に落ちていたアタッシュケースを大事そうに拾い上げる。
砂塵の舞う地点の風上に移動したセカンドは留め具を外して中身を再び確認したが、豪雨の着弾地点より僅かに離れていた事もあり、小分けになっている包みが破けている事は無かった。
契約不履行と言う大義名分で依頼主を粉微塵にしたセカンドであったが、足元に何故か金になりそうな物が落ちているのに拾わない程に愚かではない。それに生きるか死ぬかの瀬戸際で彼等が口八丁で出し抜ける度量があったとは思えず、換金した時の事を考えると口元が緩みそうでもあった。
否、実際にニヤケて頬が緩んでいる事に気が付いたセカンドは頭を振って慢心を追い出し、アタッシュケースを閉じて顔を上げると砂塵の向こうから自分に向けられている幾つかの視線を見返した。
《セカンド様、捕まっていた方々が此方を伺っておりますが如何致しましょう?》
「……どうしましょうって言われてもなぁ。はてさて、どうしたもんかな」
強い風が吹くと漂っていた砂塵は攫われ、粉塵のベールに隠されていた輸送車の荷台からは数人の女達が顔を覗かせていた。
既に契約違反で依頼主達からの仕事は無効になり、その依頼主もミンチ以下の肉片となってこの世を去っている。
更に彼女等を捉えていた奴隷商もセカンドが殺して既にこの世に居ないため、彼女達は今誰からも束縛を受けることの無い自由の身となっている。
しかしそれはあくまでセカンドから見た視点であって、荷台に押し込まれていた彼女達にしてみれば激しい銃声が外で鳴り続けていただけである。
状況が飲み込めないのも仕方が無いだろう。
「取り敢えず、全員外に出して事情説明からかな」
セカンドは元気すぎる太陽を見上げ、面倒だなぁと呟いた。
その後もセカンドはうだるような暑さに耐えつつ、破壊されていない輸送車に残っていた嗜好品などの換金できそうなものを奴隷候補だった人物達に集めさせる。
幾つかの品を自身の大型装甲車に運び込ませたセカンドは取り敢えず付近に点在するコープや比較的裕福な群れの位置を輸送車を運転できる人物に教え、本来の目的地に向かって装甲車を走らせていた。
「お伺いしたい事が御座います、セカンド様」
そんな装甲車内に抑揚の無い、機械的な女の声が響く。
女の声に反応して車内に取り付けられた豪勢なソファーで寝そべって涼んでいたセカンドは、これまた車内に付けられている液晶シートに目を向ける。
そこには声と同じ言葉が書きだされていた。
何年も共に仕事をこなして来た相棒からの質問。その相棒は仕事や付け入る隙がある時以外は滅多に質問をして来る事は無く、珍しい事もあったもんだと呟いた。
ただ滅多に無い機会という事もあり、どんな些細な事でも真摯に答えようと考え、暇つぶしがてらに目を通していた電子書籍を閉じて体を起こした。
「何ですかい、M-2さんや」
「何故奴隷という超前時代的な階級が存在しているのでしょうか?」
「うーん、また随分と難しい質問をするね。まぁ明確な“奴隷”って言う階級が存在する訳ではないし、色々と事情があって一概には言えないんだが……
そうだなぁ、人間が生きて行く為には水の存在が必要不可欠だ。これはユニオンだろうが群れだろうが関係ない。
そして今の技術だとまだゼロから飲料水を作る事はほぼ不可能。となると飲料水を確保するには地球に存在する既存の水が必要になるんだけど、新生紀以降は過去の大戦の影響で汚染されていない物は殆ど存在せず、海水や地下水ですら例に漏れる事はない。
それで汚染されてる水を飲料水にするには高度な除染技術が必要になってくるんだけど、その大半はIPMBとかNEC'sみたいなユニオンに所属してる大企業が独占しちまってるのが現状だな。
だから除染技術を持ってない組織の人間は、除染技術を持っている企業から買う以外に水を得る方法がない。人間の命はうんたらから〜とか言って貧困者救済法なんて言う企業間共通法は作られたんだけど、何処の企業もわざわざタダで水をあげるなんて馬鹿な真似はしないし、自分たちと関係無い奴等がどうなろうと知ったこっちゃないって思ってる所が殆どだ。
だけど年々増加してる特大市場をみすみす見逃すほど金にガメツイ企業連中は馬鹿じゃない。しかもどんなに足元見た金額だろうと、買えるラインギリギリの価格なら嫌でも買ってくれるんだ。手を出さない通りはないわな。
ここまでは分かるよな?」
「はい」
打たれた相槌を聞き、長い語りに喉の渇きを覚えたセカンドは自分が撃ち殺した奴隷商の一人が懐に忍ばせていたスキットルを取り出した。そして蓋を明けて中身の香りを嗅いでみる。
すると今ではそうそう嗅げなくなった芳醇な木の薫りがセカンドの鼻腔を擽り、美味そうだと判断したセカンドは中身を一気に煽る。
入っていた酒はストレートのブランデーだったのか、喉が焼けるような感覚の後に口内を嫌味にならない程度の微かな甘味が広がり、先程嗅いだよりも濃厚な香りが鼻腔を抜ける。
動植物の多くが死滅した現在では、滅多に味わう事の出来ない代物だった。
「随分と良い酒飲んでるな。
それで、えーっと……企業なんかに慈善事業の精神なんてのは無い訳で、水の代金も払えないような貧乏人達が幾ら死のうとアイツ等は気にしないし、そんな企業が幾つ潰れようが困るわけでもない。だからさっきも言ったが、大企業は水の値段を貧乏人でも無理をすればなんとか買えるギリギリに設定する。
対して後ろ盾やら稼ぎ口の少ない大半の連中はバカ高い水を何度も買う金なんて持ってる筈も無く、でも水を買わなきゃ生きていけないから是が非でも金を作る必要が出てくるんだが、旧時代の施設やら主要産業の無い所が金を作る方法なんて限られてくる。
んで、その限られた方法の一つが"奴隷"って訳だ。綺麗な容姿をしている奴だったら玩具として、頑丈な身体つきの奴なら使い潰せる道具として、適してるのなら義体嫌いの金持ち連中への臓器提供者として。
まぁ、奴隷の末路なんてのはもっぱら人体実験の被検体か道具として扱われるのが関の山だけどな。奴隷として人を売る事で貧乏企業は水を浪費する人間を口減らしできる上に、水を買う為だったり損失を補う為の大金が手に入る。
買う側の連中からして見ても水を買ってくれる顧客の頭数が激減する訳でもなく、安くて色んな使い道のある"商品"が手に入る。こうして誰もが得する仕組みが自然と生み出され、奴隷なんていう奴らが登場する事になったってわけだ。
ちなみにこっからは蛇足になるけど、普通の奴が離れた企業の元へ行くだけでも相当な危険があるし、最初の頃は身売りする奴の半分は道すがら命を落としてたらしい。
そこに目をつけたのが俺がさっき始末した奴らみたいな奴隷商だ。奴隷商の登場によって身売りする奴等は危険を冒してまで離れたユニオンへ"商品"を届けなくて済むし、安全な行路を持っている奴隷商によって企業には替えの効く“品”が安定して供給されるように成ったわけだ」
「なるほど、大体は分かりました。しかしセカンド様が先程仰っておりましたが、企業間共通法で人身売買が禁止されているにも関わらず奴隷がいるのですか?」
「何故って言われても罰則があってないようなもんだもん。そりゃあ何処も止める分けないわな。
それに人身売買についての法律はあくまで本人もしくは周囲の人間の同意なしに売られる事を禁止してるだけで、例え攫われて無理矢理奴隷商に売られましたって訴え出ても奴隷商側が知らなかったって言っちまえば調査は其処から進まない。
何より人身売買を完全に禁止されて困るのは買う側じゃなくて、売る側の貧乏組織だからそうそうやめられないだろうね。まぁ一応は企業法で禁止されているから表立って取引はされないけど、公然の秘密になってるのが現状だな」
味わう様に酒を更に煽ると、元々少なかったスキットルの中身は直ぐに空になる。それでもスキットルを振って僅かに残っている酒があると知ると、セカンドは未練がましく数滴分の酒を飲もうともがきだす。
「人間の傲慢さ詰まった反吐が出る現状ですね」
「M-2さんに言われちゃ身も蓋もないやな。しかしホントにこの酒美味いな、何処で作った奴なんだろ?」
抑揚が少ないながら吐き捨てる様に言われた台詞に相槌を打ち、一滴残らず空に成ったスキットルを眺めるが残念ながら中身についての記載などはなく、ため息を吐きながら惜しむ様に蓋をした。
そしてアルコールが回って来たのを感じ、ほろ酔い気分でソファーに倒れ込む。タダ働きで無駄に消費してしまった体力と酔いが齎す眠気がセカンドを微睡へと誘い、それに抵抗する理由のないセカンドの瞼は次第に重くなっていく。
「もう一つお伺いしたい事があります、セカンド様」
「………今度は何ですかね、M-2さんや」
「現在装甲車内の後部、詳しく言えばバスルームに生体反応があります。恐らく助けた元奴隷候補の方々に物資を運び込ませた時にでも隠れたのでしょう。如何致しますか?」
「……は?」
既に寝る気満々で居たセカンドの思考は一瞬何を言っているのか理解できなかった。その結果として素っ頓狂な声を上げたが、アルコールの回った頭でもその言葉の意味を理解するのにそれ程時間は掛からなかった。
「ば、ちょ、おま…〜ッ!! あー、もうッ!! そういうのは早く言えよ!」
微睡んでいた意識は一気に覚醒し、ソファーに隠していた拳銃を引き抜き後方へ構える。それに合わせてにバスルームの扉が“一人でに”勢い良く開け放たれる。
「おい、無断乗車犯。ぶっ殺されたく無かったら今直ぐそっから出て来い。今出てくれば殺さないでやる」
シーンっと静まり返る車内。バスルームからの反応はなにも無かった。
セカンドは舌打ちをしながらもハンドガンのセーフティを静かに、だが確実に外した。
「良いか?これは冗談じゃない、今から十数えるからその間に出てこないと本当に殺すぞ」
二度目の警告をするも反応はない。
元々助ける気のなかったセカンドだったが車内で殺すと死体や飛び散る血痕の始末は非常に面倒であり、体よく外へ連れ出す口実を作りたかった為の言葉だった。
しかし相手は交渉に応じる気が無いのか、それともセカンドの考えを先読みしているのかは分からなかったが、バスルームに隠れている人間が出てくる気配はなかった。
仕方ないと諦めてセカンドがカウントダウンを始めようとした時、バスルームの中から人影が現れる。最初はどんな図々しい奴が出てくるのかと、ある種の期待感を胸に銃を構えた。
しかしセカンドの予想に反してバスルームから姿を現したのは年端も行かない、痩せ細った小さな少女であった。
【2016/2/14】
2ndの奴隷商についての説明を若干変更いたしました。
それではここまで読んで頂き、ありがとうございます
誤字・脱字・質問などがありましたらお気軽にお尋ねください。