24 地上の楽園③
【前回のあらすじ】
佳奈「無いわ〜、引くわ〜」
佳奈からさり気なく紙切れを渡され、ドン引きされる笑みを浮かべていた2ndは表情を元に戻してからブルーノに向き直る。
紙切れには『単価が異様に高い』とだけ簡素に企業間共通言語で書かれていた。
佳奈はまだ共通語の習得中で、独立思考ポットであるM-2が文字を書けるはずも無く、佳奈がM-2に教わりながらにでも書いたのだろう。
「待たせて悪いな。それで買う物についてなんだが……」
「何か御不明な点がございましたか? それとも他に何か入用なものが?」
「いや、そうじゃなくてな―――」
2ndはそう言いながらブルーノに詰め寄り、胸倉を掴むと乱雑に引き寄せる。
「―――足元見るのも大概にしろよ」
突然の豹変に対応できなかったのか、まだ幼く無邪気そうな佳奈がいる事で大きく出てこないと油断していたのか。
どちらにせよ反応できなかったブルーノは手の持っていた端末を取り落し、思いのほか大きな音が忙しなく人が行きかうドックに響く。
近くで何かの作業をしていた数人がその手を止め、2ndたちに注目しているのを感じるが、それでも構わず2ndはブルーノを締め上げる。
「あ、あの、なにか御不快になられるような事が御座いましたでしょうか?」
「俺が馬鹿な残り者だと思ったのか? それとも優秀な警備が居るから危害を加えられないとでも思ったか? まぁ、俺はどっちでもいいんだがな」
数人の作業員が呟き合い、何処かへ駆け出していくのを視界の端で捉えながら2ndは少しずつ胸元を掴む力を強める。
相当苦しいはずだが、感心する事にブルーノは商売人然とした柔和な表情を極力維持しながら2ndに話し掛けてくる。
「何をおっしゃりたいのか分かりかねます、私はただ―――」
「アンタのその胆の太さには感心するが、アンタが言うべきセリフはそれでいいのか?」
「な、なんの事ですか? それにこんな事をしてタダで済むとお思いですか。今すぐこの手を離さないと貴方の立場が悪くなりますよ」
「おぉ、そりゃ怖いな」
荒事に従事している人間御用達のフロントマックス社で働いている人間だけあってか、傍にいる佳奈が小さな悲鳴を上げる2ndの凄味を前にしても態度に揺らがない。
素直に自供してくれれば事をこれ以上荒立てる必要も無かったのだが、これ以上ブルーノと言う男に構っている暇もなさそうだった。
複数人の足音が2ndの背後から迫ってきていたのだ。
明確な人数までは2ndにも分からなかったが、明らかに通常の足音よりも重い音が混じっているのが分かる。
2ndは背後の集団にボディーアーマーを着込んだ警備員が居ること察していた。怯えた表情の佳奈が2ndの足にしがみついているのが、その事実を裏付けている。
2ndの意識が自分から外れている事に気が付いたブルーノが2ndの後ろを見ると、勝ち誇る様に口角を僅かに上げる。
「現場責任者のジャックだ。ウチの社員に手を出したっていう馬鹿はお前か?」
背後からカチャカチャと銃を構える音がすると、野太い男の声が響く。雑多な音がある中で男の声はハッキリと2ndの耳に届いていた。
2ndはブルーノを解放し、両手を挙げて抵抗しない事を示す。ブルーノは解放されると服を直しながら直ぐさま2ndの脇を走り抜け、背後に回る。
手を挙げたまま2ndがゆっくりと振り返ると、数メートル離れた所でボディーアーマーを着込んだ二人の警備員が銃口を向けており、警備員より一歩前に一人の男が仁王立ちで立っていた。
男はフロントマックス社のつなぎ服を着崩しており、袖を腰元で縛っていた。
ノースリーブのインナーから覗く両腕は太く、厳めしい顔つきも相まって2ndより一回りは大きく見える。
男の態度や格好から考えるに、先にジャックと名乗ったのは先頭に立っている男なのだろう。しかし2ndは彼等を見てもいつもと変わらず、余裕の表情を浮かべていた。
「おいおい、ジャック。流石に馬鹿は無いんじゃないか、俺とお前の仲じゃないか」
2ndは両手を挙げながらも大仰に嘆くと言う器用な事をすると、目の前の集団に動揺が走る。
特にジャックの傍にまで逃げていたブルーノは自分の優位を疑っていなかったのか、2ndの前では崩す事の無かった表情を困惑で歪めている。
唯一憮然とした表情を崩さなかったのはジャックだけだったが、盛大な舌打ちと大きなため息を吐き出すと困惑しながらも銃を向けていた警備員たちに下ろすように指示を出した。
「で、2ndは何でこんな騒ぎを起こしたんだ?」
「別にアンタん所の社員が吹っ掛けてこなければ、俺ももっと紳士的な客として振る舞ったさ」
2ndはそう言いながらブルーノが落とした端末を拾い、表示されているリストが自分のものと相違ないことを確認してからジャックに投げ渡す。
受け取ったジャックはリストを確認すると一瞬険しい顔でチラリとブルーノを見るが、何も言わずに肩を竦める。
「これの何が問題なんだ?」
「おいおい、ジャック。流石にそれは冗談にしても笑えないぞ、それとももう耄碌して文字も読めなくなったのか? もし文字が読めないんなら良い義眼手術をしてくれる技師を紹介するぞ。ついでにアルツハイマーの検査もしてくれる治療カプセルも教えてやろうか?」
2ndがそう言うとジャックとの間に険悪な空気が漂いだした。隣に居るブルーノをはじめ、警備員達もどう対応していいのか分からず顔を見合わせている。
佳奈もどういった状況なのか理解できずに二人の顔を見比べていた。
ただそんな状況も長くは続かず、先に折れたのはジャックだった。
再び長く大きなため息を吐き出すと同時に2ndから投げ渡された端末でブルーノを殴りつけた。
周囲が唖然とする中、ジャックは倒れるブルーノに蹴りを入れ顔を踏みつける。今日初めて会った佳奈が静止の声を掛けそうに成るぐらいの苛烈な暴力がブルーノに振るわれる。
ブルーノの顔面がギリギリ識別できる位に変形するまでジャックによる制裁は続き、意識が既の所で繋ぎ止められている状態のブルーノを引き起こすと更に罵声を浴びせる。
「何時も吹っ掛ける額と相手は慎重に考えろって言ってんだろうがッ!! 大体宵越しの金を残さないようなそんじょそこらの馬鹿なレムナントがリトルキャッスルなんて高級装甲車を買える訳ない事ぐらい直ぐに分かるだろう! 何年もこの仕事に就いててそんな事も分からねーのか、テメェはよ!!」
「……も、申し訳、ありません」
「ッチ、もういい。お前らはコイツを連れていけ、それとコイツの代わりに此処を任せられる奴の手配もしろ。コレは見せもんじゃねーんだ! 何時までも見てねーでとっとと仕事に戻れ、バカタレ共!!」
ブルーノを手放してからジャックが周囲に一喝すると、蜘蛛の子を散らすように遠巻きに様子を見ていた野次馬たちが散らばっていく。
地面に崩れ落ちていたブルーノも何時の間にか警備員達の手によって回収されており、残されたのは2ndとジャック、明らかに怯えている佳奈だけとなった。
「うちの者が面倒掛けたな。何時もはしっかり相手を選んでる奴なんだが、今回はどうやらしくじったみたいだな」
「なに、偶にはそういう事もあるさ。俺も得が出来るならとやかく言う気はねーよ。あ、あと同情を引くためにやったのなら無意味だから値下げ交渉には応じないぞ」
ポリポリと頭を掻きながらも吹っ掛けた事を謝罪しないジャックに目を剥く佳奈だったが、2ndにそれを咎める気が無い事にも驚いていた。
しかし佳奈が来てから遭遇したことが無かっただけで吹っ掛けられる事も、こういった騒ぎを起こすのもレムナントとして活動していれば割と多い事だった。
基本的に騙される人間が悪く、看破されたら騙す相手を間違えた人間が間抜けだったとされるのが2ndが生きている世界だった。
「それで、お前は一体なにを要求する気だ? あんまり無茶が過ぎると警備員に蜂の巣にさせるぞ」
「おぉ、怖い。そしたら俺は死ぬまで暴れて道連れをいっぱい作らなくちゃな。 俺からの要求は通常の価格で物を売って欲しいのと……そうだな、騙そうとした差額分の金を今すぐ手数料無しでロンダリングして俺にくれれば、今回の事は水に流してやってもいいぞ」
前の持ち主の血で汚れた端末を弄っていたジャックは眉間に皺を寄せ、天井を見上げて何かを考え始める。損益計算でもしているのだろうと踏んだ2ndは、佳奈に降車の準備をしてくるように言って送り出す。
「はぁ、アイツの首を刎ねるだけじゃ損を回収できそうにないな。とは言えお前も敵には回してもろくな事には成らないだろうしなぁ……はぁ、しょうがねぇ。今回はそれで腹をくくるとするか。
あと、すまないが全額分のロンダリングは今すぐには流石に無理だ、足が付く。7割ぐらいまでだったら今すぐに用意が出来るが、どうする? 他に何か要望があったらそれで補填するが……」
そこで2ndは頭を捻る。
日を改めて用意してもらう事も考えるが、即日速物と言うのが2ndの心情だったからだ。
流石に二度も騙そうとするほど愚かではないだろうが、何が起こるかわからないのが今の世界であり、下手を打てば何も得る事が出来ない可能性も無くはない。
「ちなみに7割って言うとどれ位の額になる?」
「ちょっと待て……だいたい42000ncだな」
「そうだな、じゃあ―――」
何を要求するべきか考えていると視界端に色気のない実用性重視のリュックを背負った佳奈が装甲車から下りてくるのを見る。そして廃墟街で佳奈に買ってやろうと思っていた物を思い出した2ndだった。
「―――イン・デ・ロップって言う宿の宿泊費に充ててもらうとするかな。それと何か可愛い人形も一つ頼むわ」
「人形? お前にそんな趣味があったとは知らなかったな」
「俺のじゃねーよ、この子にだ」
走り寄ってきた佳奈の頭を撫でながらそう言うと、ジャックは訝しげにしながら佳奈を見つめる。さっきの暴力を目の当たりにしていた佳奈は2ndの後ろに隠れる。
が、ロゼの時と同様に完全に隠れる事は出来ず、涙目になりながら2ndへ縋るように服を思いっきり握り込む。
「ふむ、お前があんなに毛嫌いしていた護衛関係の依頼を受けるなんて珍しい。それにオマケとは言え人形を買ってやるなんてな」
何気なくジャックは呟いただけなのだろうが、それを聞いた2ndは思いっきり目を見開きジャックの肩を掴む。
「な、なんだ?」
「そうだよな、そうだよな!! 普通はそういう風に考えるよな! なのに何で今まで会って来た奴は全員ロリコンだの、変態だの、浚ってきたのだの言いやがるんだよ。だいたい俺がなにをしたって言うんだ!! ロゼもテンペストも、挙句の果てには仕事を依頼してやってるスロースまで俺のことを変態扱いしやがって、俺より変態的な趣味の奴なんて―――」
血走ったように目を見開き鬼気迫る様子で言い募る2ndを前に、ジャックは思わず頬を引きつらせる。足にしがみ付いていた佳奈も何時の間にか握っていた服を手放し、引いていた。と言うより本日二度目のドン引きだった。
「ま、まぁ、お前にも色々あるんだろうが、その子も引いてるしそれ位にしたらどうだ? それに人形も男の俺達が選ぶよりその子に選ばせた方がいいだろう」
「―――ロゼはいつもいつも……ってそれもそうだな。それで、佳奈。お前に人形を買ってやりたいんだが、どれがいいか選んでくれないか?」
グチグチと文句を垂れていた2ndもジャックの提案に一瞬で頭を切り替え、まるで何事も無かったかのように澄まし顔で肩から手を放すと、ジャックの手に収まっていた端末を奪って佳奈に向き直る。
2ndの変貌ぶりにジャックは呆れたように頭を振り、佳奈は年齢に見合わぬ溜め息を吐き出す。一瞬だけ目のあった2人は、お互いに何処か遠い所を見るように頷きあった。
佳奈しか見ていなかった2ndは2人の妙な意思疎通に気付かず、端末を操作して人形の一覧を出すと佳奈に見せる。佳奈も最早馴れたもので、2ndの奇行をなかった事にして気に入る物がないか探し始める。
真剣に端末を見つめる佳奈の傍ら、手持ち無沙汰となった大人2人は並んで少女を観察していた。
「しかし、さっきも言ったが色々と事情があるにしてもお前が護衛依頼をするなんてな。それもまだ幼い子供の面倒とはねぇ……明日は槍でも振って来るんじゃないか?」
「降ってくるとしたら迫撃砲の雨だろ。まぁ、確かに昔の俺に言っても絶対に信じないだろうな。
とは言え俺も自分から保護の仕事を選んで受けた訳じゃなくてな。まぁ、その場の流れって言うかそノリで決まっちまったみたいなもんだったし、護衛の仕事を受けたのに深い理由はねーよ。
ただ佳奈もそこら辺を分かってるのか、大人しいしちゃんと言ったことは守るから一緒にいても気を使わなくて楽ってのもある。そこらにいるような馬鹿で我儘な餓鬼だったら、今頃は死体になって転がってるか、実験のモルモットにでもなってるさ」
ジャックの沁々とした呟きに、当事者である筈の2ndも同意する様に苦笑いを浮かべる。佳奈と出会う前の自分を想像して今の境遇を教えても、過去の自分が絶対に信じない姿が容易に思い浮かんだからだ。
「俺にはその場のノリで子供の護衛をする事になるって言う状況が想像出来ないんだが……深い事は聞かない事にするぜ。長生きと出世の秘訣は物事に深入りしない事だからな」
「それが賢い選択だと俺は思うけどな。さて、佳奈さん佳奈さん、欲しい人形は決まりましたかな?」
うんうん悩みながら真剣に端末を見ていた顔を上げ、画面に表示された商品の写真を指さしながら満面の笑みを浮かべる佳奈。
「これがいい!!」
「だってよ、ジャック。佳奈希望の人形も含めて俺がリストに書いてある奴を直ぐに盛って来てくれ」
佳奈の小さな頭を撫でながら端末を受け取った2ndは画面にデカデカと映し出されている熊らしき動物をデフォルメした人形を確認した後、購入の表示をタッチしてからジャックに投げ渡す。
中身を確認したジャックが丁度近くを通りかかった職員に声を掛け、何点か指示を出すとジャックに一枚の紙を渡すと職員は小走りで何処かへ走っていった。
「これで今回の用は済んだか? 済んだなら契約書にサインしてくれ」
ジャックはそう言ってバインダーに挟まれた一枚の書類を2ndに差し出してきた。
「……いいけどよ、相も変わらずお前の所はこう言う所はアナログなんだな。ここぐらいだぞ、契約書を紙媒体でやってる所なんざ」
「俺に言われてもな。文句を言うなら俺ん所の社長か、親会社のコルネオ・カンパニーに言ってくれ」
書類を受け取り、下端にあるサイン欄に自らの名前を書き込んだ2ndはジャックに返す。そしてさり気なさを装ってジャックにだけ聞こえる声で呟いた。
「セルジオが薬を買いに、ヘルメ―スが使いを出した」
「……分かった」
直ぐに離れた2ndと眉間に皺を寄せていたジャックだったが、二人の元に荷を山ほど積んだ運搬車がやってきた事でジャックも表情を元に戻す。そして何時も通りに作業員に指示を出して運ばれてきた荷物を降ろさせている。
2ndも荷物を運んでいる作業員が余計な事をしない様に監督しながら、装甲車や後部のトレーラーに全ての荷物が積み込まれるのを待つ。
「……さてと、一級飲料水と生活用水の補給は他の客達とまとめてやる事になるが、何時までグラウンドエデンいるんだ? 直ぐに出発するなら別料金でやるんだが」
「滞在期間は特に決めてない。何時も通り、工房が来るまでだったら何時でもいいよ」
「そうか、じゃあ直近の同時補給は二日後の12時だからその時までには補給口をあけておいてくれ。そしたらこっちで勝手にやっておく」
「りょーかい。んじゃ、これが代金な。一応確認してくれ」
全ての荷が装甲車に乗せられたのを見届けた2ndは、そう言いながら懐から運び屋のスロースに渡した物と同じ意匠が凝らされた電子カードを取り出し、ジャックに向かって投げ渡す。
カードを受け取ったジャックも腰に提げていた工具入れから機械を取り出し、カードを差し込むと納得するように頷いた。
「よし、これで取引は終わりだな。金の事は手配しておくから、入場口で受け取ってくれ。それではまたのご利用をお待ちしております」
最後に明らかに似合わない定型句を口にしたジャックは慇懃に一礼すると手を差し出して2ndに握手を求める。断る理由の無い2ndは差し出された手を握って笑みを浮かべた。
次回本編の更新は10/20を予定しています。
また10/1に本編連載開始1周年を記念した特別閑話として1章と2章の間のちょっとした小話を投稿予定です。
未読でも本編に影響は無いと思いますが、読んで頂けたら幸いです。
それではここまで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字・脱字・質問・感想など、首を長くしてお待ちしております




