19 冥土④
前回までのあらすじ
2nd「イヤーッ!」
L-SAT「アバーッ! サヨナラッ!!」
背中を主にして体全体に走る鈍痛で失っていた意識を取り戻す2nd。体を起こす事すら億劫に感じる倦怠感に、2ndは忌々しそうに顔を顰める。
朦朧としていた意識がハッキリとしてからも起き上がる気力は未だわかず、倒れたまま手足の先を動かし、四肢に異常がないかを確認していく。
酷い耳鳴りはしているものの、二十本全ての指は異常なく動き、打ち付けた額から出血している様子も無い。
各所に残る打撲の痛みを自分で検証してみるが、骨折などの重傷を負った様子も無かった。
運の良さに安堵の溜息を吐き、起き上がりながら嵌めていた腕時計で時刻を確認する。自分が気を失っていたのは一分にも満たない僅かな時間だった。
「クソッタレが。全部片付いたら、シャルロットから謝礼をふんだくってやる」
ふら付きながらも何とか立ち上がった2ndが周囲を見渡していると、離れた所で停まっていたL-SATの後部ハッチが勢い良く開け放たれる。
音に反応して脚のホルスターからハンドガンを引き抜き、銃口を後部ハッチに向けて構える。
しかし2ndが引き金を引く事は無かった。
「あぁぁ、あああぁあああッ!!!」
後部ハッチの奥は漏れ出したガソリンが引火でもしたのか、焼き窯のように強い炎が充満していた。
そして炎の中では二人の人間が躍る様に悶え苦しんでおり、その内の一人が溜まらず後部ハッチを開けたのだろう。
だがハッチを開けた瞬間にL-SATの中に充満していた炎の火力が一気に上がり、そいつは外へ出ようとした時点でこと切れていた。
膝から崩れ落ち、荷台の中から転がり落ちても動かない。
もう一人の方も開いたハッチの先に2ndの姿を見つけて動きだそうとしているように見えたが、結局はその場で真っ黒に焼け爛れて力尽きてしまう。
敵とは言え、寝覚めの悪くなりそうな光景から目を背け、まだ火の手が回っていない運転席へと移動する。
肉やゴムが焼ける独特な臭いを極力嗅がない様に口で呼吸を整え、また誰かが運転席から飛び出して来てもいいようにハンドガンを構えつつ、慎重に近づいて行く。
だがどれだけドアの近くまで寄ってみても反応は無く、仕方なくドアノブに手を掛けて開け放つと同時に飛びずさる。
車内からは死角となる位置に一息で下がった2ndはその場で数秒待つが、動きどころか物音一つ聞こえない。
一切反応が無いことから運転席の中にいる人間が気絶しているか死んでいるのは明らかだったが、先程油断して額を強打した事もあって慎重に慎重を重ねながら運転席を覗き込む。
覗き込んだ運転席には頭から血を流し、萎んだエアバックを枕にハンドルへ力なくしなだれ掛かっている運転手らしき男が一人いるだけだった。
額から血を流してはいたが、運転手にはまだ息があるらしく、微かな呻き声を挙げて瞼の奥にある瞳が動いているのが見て取れた。
目が覚めて下手に抵抗されるのも面倒だと判断した2ndは男のしていたシートベルトを手早く切り、胸倉を掴んで引き摺り降ろす。
地面に落とされた衝撃で男は目を覚ましかけるが、完全に意識が覚醒する前に額を打ちぬいて息の根を止める。
これで確認できるだけの敵対者を排除し終え、2ndは束の間の安息を手に入れる。
あと数分もしない内に包囲網を敷いていた改造車がやってくる可能性はあったが、それでもこれまで殆ど休憩なしで動いていた2ndにとっては肩肘張らずに済む貴重なひと時だった。
取り敢えず運転席からアサルトライフルや飲料水を持てる分だけ持ち出し、装甲車の陰の中で一息入れていると通信機からノイズ混じりの音が鳴っている事に気が付いた。
《応答しろと申し上げているのです、鬼畜で最低なロリコン野郎》
何度も地面を転がっている内に電波の受信設定が変わってしまっていた通信機を調整した途端、機械的で平坦な声だが感情を思わせる辛辣な言葉が耳に届く。
同時にあぁそうかと、L-SATを破壊した事で妨害されていたM-2との通信も復旧していた事に今更ながら思い至る2ndだった。
「通信が繋がってからいきなり罵倒って酷くないですかね?しかもまだそのネタを引っ張って来るのね」
《おや、反応が返ってきましたね。てっきりこのまま無視を決め込まれるのかと思っておりました》
「いやいや、さっき通信機の調整をして漸くつながった所なんだが」
《そうでしたか、それは失礼致しました。こちらは2nd様の通信機から環境音が聞こえておりましたので、問題無く繋がっているものと判断しておりました》
一気に押し寄せて来た疲労感を溜息と一緒に吐き出し、運転席から持ち出したアサルトライフルの準備を進めていく。
シャルロットへ最初に渡した銃よりも見るからに質の良い銃のコッキングレバーを引き、薬質に弾が問題なく装填されているのを確認する。
ついでに拝借した予備弾倉をポケットの中にしまい込む。
ダンプポーチの中から残っていた応急処置療品で傷の処置を施していくが、全身の至るところにある打撲痕全てを治療するには数が足りない。
「……まぁいいや。それで俺をロリコンって弄ってまで呼ぶって事はなんかあったの?」
《はい。現在うら若き少女にとって天敵である鬼畜で最低なロリコン野郎の2nd様へお伝えするべき悪い知らせが二つほど御座います》
「ねぇ、ねぇ。最近、俺の扱いが結構酷くなってないですかね、M-2さんや。それに俺としては良い知らせと悪い知らせの二つがセットだと嬉しい限りなんだけど」
《この状況下で良い知らせを期待する方が困難ではありませんか?それで悪い情報についてですが、現在2nd様のいらっしゃる地点へ向けて8つの動体が移動しております。移動速度から鑑みまして車の類いでは間違いはないかと。
間もなく視界内に捉える事が可能になるでしょう。交戦が可能な距離にまで相手が接近して来るのにあと二、三分と言ったところでしょうか》
「あぁうん、それはこっちも分かってる。ちょうど通信機が回復した辺りで車の走ってる音が聞こえて来てたから」
物陰から顔を出して周囲を伺うと、小さく見える廃墟町の建造物からL-SATの残骸へ向けて動いているように見える小さな影が散見できた。
満足と思える装備も無く、2ndの持つアサルトライフルより改造車にある重機関銃の方が射程においてもはるかに長い。
銃撃戦になったら数が多く、射程の長い相手が有利なのは火を見るよりも明らかだ。
唯一の救いは救援が来るのが確定しており、それまで無理に交戦をする必要もなく、到着まで堪えればいいということ。
最悪、救援が間に合いそうになくてもM-2との通信は回復している。
シャルロットは置き去りになるが、自分の装甲車に乗って迎え撃つなり逃げ回ったりしていれば、あとは救援の機動殻が追手達を始末してシャルロットを助ける事だろう。
「それじゃあ、もう一つの悪い知らせってのを聞こうかな。正直この状況がこれ以上悪化するとは思いたくはないんだけどね」
《そうですね、その件につきましては私も同感致します。なにせ2nd様に死なれてしまいますと私も自壊しなければなりませんからね。正直に申し上げますと、勢いであんな事を確約してしまったのかと現在進行形で過去の私を呪っている次第です》
「え、なに。まさか前言撤回したくなる様な悪い知らせなんですか?」
現状でも普通に考えれば危機的状況に分類されても可笑しくは無いというのに、これ以上悪くなるのだとしたら最早助かる望みは万に一つ程度だろう。
自分の言った事が現実になったのではと2ndは内心で冷や汗をかき、頼むからこれ以上悪化しないでくれと願いながらM-2の言葉を待つのだった。
《先程、高速で移動する機影をリコンが察知いたしました。機影の移動速度から考えまして第二世代機動殻である可能性が高く、ご丁寧にリコンの探知範囲に入ると同時にリコンを破壊しておりますので、操縦者の技量は相当なものでしょう。
該当する目的地は進行方向から予測しますに、2nd様のいる地点で間違いないでしょう。また移動速度から計算致しますと10分以内には確実に2nd様の所へ到着する筈です》
「あ、そうなの」
だがM-2の言葉を聞いた2ndはいつの間にか篭っていた肩の力が抜け、安堵と共に大きな息を吐き出した。
《おや、想定していた反応と違いますね》
「たぶんそれは俺が助けようとした奴の救助の為に送られた機動殻乗りだと思う。間違って殺される可能性も無くは無いけど、出合い頭にぶっ殺される事は無いだろうし、事情さえ説明できれば多分問題ないと思う」
《そうですか。では2nd様のご希望通り悪い知らせと良い知らせのセットになりましたね。私も自壊せずに済む可能性が高くなったと考えると、大変喜ばしいことです》
機動殻がやってくるまでに掛かる時間と、改造車群の射程に入るまでの時間はそれほど違わない。
多少は改造車達に撃たれる事になるだろうが、それもL-SATの残骸を盾にしていれば問題はないだろう。
そう考えた2ndは管理者である自分が助かるのではなく、自壊をせずに済んだ事を喜ぶM-2に苦笑いが浮かぶ。
しかしそれも危険度が一気に下がったからこそ出来るのだと考えれば、些末な事だった。
「そうだ、連中を殺した時に少しばかり返り血を浴びちまってな。服も所々破けてるし、悪いんだけど佳奈に着替えを用意させといてくれないか。あとシャワーの準備も頼む」
《承知致し―――如何致しましたか、佳奈様?》
「ん?」
M-2との会話の最中、返事を言い切る前に佳奈との会話に移った事に首を傾げる。
短い了承の単語を言うより重要な事でもあるのだろうかと考えるが、L-SATの残骸がとうとう改造車達の射程内に入ってしまったため、気になりはするものの、口を挟めず警戒を余儀なくされた。
程なく2ndの存在に気が付いた1台の改造車を皮切りに、八台の車が一斉に火を吹いた。
凄まじい弾幕がL-SATの残骸に襲いかかり、大量の銃弾がけたたましく残骸を叩く。
迎撃をするどころか、物陰の中から顔を出して周囲の様子を伺う暇もない。
ただただ不愉快な金属音を耳にするしかなくなり、繋がったままの通信機から聞こえるM-2の相槌を聞き続けるしかなかった。
《はい……はい………なるほど、そうですか。いえいえ、その情報は大変有用ですので助かります。しかし佳奈様は視力がよろしいのですね、この不肖M-2は大変感服いたしております》
「んで、佳奈が一体何だって。なんかそっちで問題でも起きたのか?」
《いえ、こちらは至って平穏そのものであり問題一切ありません。ただ2nd様が間違って殺害される可能性が極度に低下したと喜ぶべきか、少し面倒な事態になると申し上げるべきか悩んでおります》
耳鳴りを助長させる着弾音に嫌気が差した2ndが、佳奈との会話が終わったのを見計らって声を掛ける。しかし返って来た返事はM-2にしては珍しく、やけに煮え切らない言葉に訝しげに眉を寄せた。
「うーん、随分と勿体ぶるね。まぁそっちで何かあったわけじゃないなら良いんだけどさ。それで佳奈が一体なんだって」
《勿体ぶっていたつもりはありませんでしたが、勘違いをさせてしまったのでしたら謝罪致します。
先程佳奈様からお教え頂いたのは、其方へ向かっていると思われる機動殻の外見についてです。どうやら佳奈様が外の様子を見ていた際、通り過ぎる機動殻を見掛けたそうです》
「そうなのね」
相槌を打ちながら周囲の様子を伺っていた2ndはL-SATの残骸が撃たれる音が少なくなっている事に気が付き、セレクターをフルオートに変えて安全装置を外す。
改造車の何両かが重機関銃の装填に入り、弾幕が薄くなったのだろう。
その隙を突いて物陰から銃と顔を出し、先頭を走っていた車の運転手に照準を定める。顔を出す前に再び安全装置が外れているのを確認していた2ndは疑念無く引き金を引く。
使い慣れていない銃ながら、初弾は狙った車のフロントガラスへと命中する。
だが当たった弾はフロンドガラスに蜘蛛の巣状のヒビを作るだけで貫通するには至らず、また二発目以降の弾はあらぬ方向に飛んでいた。
普段使っている銃とは違う反動に、制御の仕方を誤ったのだ。
舌打ちをして物陰に体を引っ込めると、お返しとばかりに相手の銃弾が残骸を激しく叩く。
「くっそ、やっぱり使い慣れた奴じゃないとやりづらい上に当たらないな。それで佳奈の目撃情報が厄介って、一体どういうことなのよ」
《佳奈様の情報をまとめますと機動殻は二脚型の機動殻。
背部には蒼緑の残光を生み出す、翼型の流体加速ユニット。
機体はサブカラーを白とした黒メインの塗装。
右肩部にはエンブレムと思しき赤色の塗装があったそうです
いやはや、現在地から機動殻が通過した場所は距離にして200m以上も離れていたにも関わらず、肩に描かれたエンブレムの色まで見えているとは。佳奈様の視力には私も脱帽する他ありませんね》
「俺の事は滅多に褒めないのに、佳奈の事は直ぐに褒めるのね。てかさ、俺の思い違いじゃ無かったらその機体ってまさか……」
2ndはM-2から寄越された情報を元に脳内でこちらに向かってきているという機動殻の姿を描き、盛大に顔をしかめる。
《えぇ。恐らく2nd様のご想像通り、機体はRGG所属RM社製、第二世代機動殻“ブラックプリンス”―――》
M-2がそこまで言ったところで2ndの耳に強烈な爆発音が届く。
慌てて音の発生源を確認するために物陰から顔を出せば、此方へ向かって来ていた改造車達が次々と飛来する光弾によって撃ち抜かれ、爆散していく光景が広がっていた。
《―――搭乗者は血濡れの薔薇のロゼ・マリア様で間違いないでしょう》
「……マジかぁ。俺としてはそこん所は違って欲しったなぁ」
遠い目をして空を見上げる2ndを余所に、猛威を振るう大型弾頭の雨から運よく逃れた二両の改造車がその場から離脱しようと進行方向を変える。
現実逃避ばかりしていても仕方が無いと諦めた2ndが顔を下ろすと、視界隅に黒い影が映り込む。
その影へ視線を向ければ、補助担架から二振りのヒートブレードを引き抜いた機動殻が地表近くを高速で飛んでいた。黒塗りの機体は苦し紛れに撃ち出された重機関銃の弾丸を無慈悲に弾きながら逃げる改造車へと肉迫する。
両手に持つ剣の間合いに二台の改造車を捉えたブラックプリンスは、赤熱する刃先を滑る様に走らせ、踊る様に振るわれた紅色に輝く剣が容赦なく車体を切り刻んでいく。
機動殻の登場にすぐさま方向転換しようとした改造車がいると、進行方向に先回りしたブラックプリンスがヒートブレードを運転席に突き入れる。
蹂躙されていく改造車たちを見て脅威が完全に排除されたと判断した2ndは立ち上がり、機動殻の操縦者に自分の姿を認識できるだろう位置に移動する。
瞬く間に残骸へ変えられた改造車達を眺め、次に黒塗りの機動殻を見た2ndはこれはこれでまた面倒な事になったなぁと呟いてから憂いを含む溜息を吐き出した。
『あら、そこに居るのは2ndじゃない?暑がりな貴方がこんな所にいるなんて珍しいわね。もしかして貴方が私の保護対象なのかしら?』
聞き覚えのある鈴を転がすような声を聞き、操縦者が自分の知る人では無いで欲しいという僅かな望みが絶たれた事を悟るのだった。
私の仇がくれた初めての鉛玉
それは機動殻用ライフル弾で私は19歳でした
その味は熱くて冒涜的で
こんなクソッタレな鉛玉をもらえる私は
きっと特別な存在なのだと感じました
今では私が幽霊に
仲間に届けられるのは、もちろん機動殻用ライフル弾
なぜなら彼等もまた特別な存在だからです
特別な存在(討伐対象)
次回更新は5/20を予定しています。
それではここまで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字・脱字・質問・感想など、首を長くしてお待ちしております。




