14 メイド②
※2ndは特殊な訓練を受けています。大変危険なので良い子の皆さんは(ry
佳奈を抱き抱えて装甲車へ戻って来た2ndは、装甲車の床に隠されていた武器庫からアサルトライフルとタクティカルベストを取り出し、これから起きるであろう戦闘の準備を始めていた。
既に弾の込められている弾倉を着込んだベストのマグポーチへ押し込み、腰に差していたハンドガンやその予備弾倉を太腿に巻いたホルスターに取り付ける。
その後は超振動刀や投擲用手斧等はチェストリグに取り付け、細かい小道具類の入ったポーチをベルトに通す。
最後に弾倉の外されていたアサルトライフルに弾倉を差し込み、チャージングレバーを引いて露出した薬室に弾が正常に装填されているのを確認してから、肩紐を肩に通して準備を終える。
流れる様に行われる動作全てに無駄は無く、二分も経たずに準備を終えた2ndは未だに心配そうにしている佳奈の前にしゃがみ込む。
「それじゃあ行ってくるけど、絶対に外には出るなよ。危ないからな」
「………うん」
「それと何かあったらM-2の言う事をちゃんと聞くこと、いいね?」
「………うん」
注意事項をちゃんと聞いているのか心配になる頼りない返事を返す佳奈を不思議に思ったが、時間に余裕がない現状では深く考える訳にも行かず、首を傾げながらも立ち上がる。
そんな佳奈の前で踵を返して装甲車から出ようとした時、不意に後ろから何かがぶつかった。
予想外からの衝撃で前につんのめった2ndは何とか転ばずに踏み止まるが、慌てて振り返ってみるとやはりと言うべきか、衝撃の原因は佳奈であった。
しかし、その佳奈の目元には大きな涙が溜まっていた。
数日前のヴェグラントラウンジで偵察に行った時と同様で、突発的な事態に対応しようとしている2ndには、何故今回は様子が違うのか疑問で仕方なかった。
そう思いながら佳奈を見下ろしていると、その答えは直ぐに分かった。と言うより既に視界内に収めていた。
恰好が、違うのだ。
前回は偵察に行く時も、それから追ってきた奴らを殲滅した時も武装らしい武装は身に着けておらず、依頼を受けて占拠された街へ向かう時も補助強化外殻を着たぐらいで銃などは持っていなかった。
その上、外の風景を認識できるのは装甲車に備え付けられた映像シートだけである。
それが今回では銃を持ち、ナイフ等の刃物を持って外へ出ようとしている。
ユニオン統治下にある平穏な街で暮らしてきただろう佳奈にとっては機動殻などは現実感を欠くものでも、2ndが持っているライフルなどは子供ながらに死を連想させるには十分だったのかもしれない。
そして佳奈は想像したイメージを、2ndに重ねてしまったのだろうか。
本当の事は佳奈本人にしか分からないが、そんな所だろうと2ndは当りを付ける。
そう思った2ndは途端に愛くるしさを胸に抱き、未だに心配そうに見上げている佳奈を力一杯に抱きしめる。
「せ、2nd、痛いよ」
どうやら防弾の意味も込めて硬めに作られたベストを着た状態での抱擁は佳奈には不評なようだった。
満足いくまで佳奈を抱きしめた2ndは抱擁を解き、屈んだ状態で小さな両肩に手を置いて目線を合わせる。
「安心しろ、これでも俺は超優秀な傭兵なんだ。必ず帰って来るよ」
ポンポンと頭に手を置いた2ndは物憂げな佳奈を残して今度こそ装甲車の外へ出る。そして陽で温められた土を踏み締めた2ndはその足で走り出す。
向かうのはM-2がセンサーで捉えている反応群。
しかし走り出してから数分もすれば見通しの良かった区画から廃墟が無秩序に建ち並ぶ区画に移り、どれだけ走っても周囲に存在する廃墟や瓦礫が視界を遮る。
現在、反応群どころか100m先すら満足に見る事も出来ない所が多くなった。
「廃墟が邪魔過ぎて対象を確認できない。何処か遠くからでも視線の通る場所か背の高い廃墟は無いか?」
《少々お待ちを………2nd様の現在地から北東1km地点に倒壊していない三階建ての廃墟が確認できます。そこの屋根からならば対象を補足できるでしょう。目標地点付近にマーカーを表示します》
「りょーかい」
返事をする間にも2ndの視界内に半透明の矢印が現れる。
土煙をあげて止まった2ndは振り返り、新たに映し出された矢印の指す遠くで点滅しているマーカーへ向けて走り出す。
しかしマーカーの表示している地点へ向かうには所狭しと残っている廃墟の中を進まねばならず、時には道を塞ぐように崩れている瓦礫を踏み越え、時には迂回をしながら目的地へ走り続ける。
やっとの思いでマーカーの付いた建物を目視できる所に到着すると、2ndの目の前には今にも倒壊しても可笑しくない煤けた建物が建っていた。
2ndは乱れた呼吸も直さず、目的の建物の隣で朽ち果て瓦礫と化した山を駆け上る。
不安定な足場を物ともせずに瓦礫の頂上に達した2ndは勢いを殺さず、目的の建物に残っているベランダの足場に向かって威勢よく跳ぶ。
真っ直ぐと掴むべき場所の捉え、半分ほどに崩れた足場に手を伸ばす―――
「あっ」
―――が、僅かに届かない。
現在の2ndは二階分の高さにまで到達していて、壁にそのまま激突してから落下すればタダでは済まない。例え無事だったとしても、このまま落ちてしまっては大きなタイムロスにつながる。
微かに左手の指先が触れた感触は残っていたが、廃墟の外壁が間近に迫り2ndは慌てて右手で手刀を作ると、建物の外壁に突き立てる。
突き立てた指先は外壁に触れた瞬間からダイラタンシー流体で作られた人工表皮が金属に劣らない程に硬質化し、古くなり劣化しているとは言えコンクリート製の外壁を容易く突き破る。
更に強化モーターとプロテインファイバーの擬似筋肉によって人間の腕力では考えられない位の勢いを義手に付加させ、結果として右腕は肘付近まで食い込んだ。
右手を突き入れた直後に全体重が右肩へ集中してギシリと音を立てて軋み、それに伴う痛みに顔を顰める。だがその対価として自由落下は既に無く、無様な墜落を逃れた2ndは一息ついた。
《あまり雑な扱い方をしていますと、またランデル様に叱られますよ》
「別に道具なんてのは使ってなんぼだ。もしその道具が壊れたら使い方が悪いんじゃなくて、軟な作りをしてる道具の方が悪いんだよ」
《その発言が2nd様の本心であるのならば、今の名言をランデル様にお伝えしても問題ありませんよね?》
「やめろー! 豆爺の長ったらしい説教なんざ聞きたかねーぞ!!」
M-2とふざけながらもベルトに着けていた投擲斧を左手だけで器用に外し、右手の刺さっている所より高い位置に振り降ろす。
力任せに斧を引っ張っても外れない位にしっかりと外壁に食い込んでいるのを確認した2ndは、深々と刺さっている右腕を引き抜き、左手と同じように投擲斧を持つと今度は左手より高い位置に斧を突き立てる。
斧を外してはより高い位置に突き立て、斧を外してはより高い位置に突き立てる。
そんな事を繰り返しながら建物を登り、屋根の上に到達した2ndは大粒の汗を流しながら傾斜の突いた屋根に身を伏せる。
「ふぅ、ちょっと疲れたな。それでお客さんは何処ざんしょ………って何だあれ」
M-2から齎される情報を元に単眼鏡を覗いていた2ndは想像して居なかった風景を見て絶句した。
単眼鏡を外してから小さく見える廃墟の隙間を縫って進む一台のバギー。それを追うように走行している四台のジープを確認する。
そして再び単眼鏡を覗いて先行しているバギーを捉えると、眉間を抑えたくなる衝動に駆られてしまう。
バギーを操作しているのは女で、追ってきているジープに向かって時々アサルトライフルを発砲している。
ジープはジープでぎゅうぎゅう詰めで乗っている男達がバギーに向かって発砲し返しているものの、時々蛇行運転しているバギーに当てるのは難しいらしい。
「ここまでは良いよな」
自分が納得できるように独り言を呟いている2ndは廃墟の物陰に隠れてしまったバギーの行く先を予測し、単眼鏡の狭い視界にバギーを再び捉えると直ぐに単眼鏡を外した。
「………なんで女が着てるのメイド服なんだよ」
追われているバギーの運転手は、風で大きくはためく白と黒のフリルがふんだんに施されたゴスロリチックなメイド服を着ている。
頭にはしっかりとブリムまでもが取り付けられている。
追っている方も追っている方で、なんと言えば良いのか悪党然としたボロボロな服を着ており、第一印象では絶対に御近づきに成りたくないタイプの人種であった。
「さて、と。女の服装は兎も角として、このままだと装甲車を隠してる場所に近づかれるのは間違いなさそうだな。まぁ装甲車も一応隠蔽してあるし、あの大型施設の廃墟ん中でわざわざ撃ち合いはしないだろうから大丈夫そうかな。でも巻き込まれると面倒くさいしなぁ……」
《では、如何致しますか?》
「うーん、どうしましょうかねぇ」
佳奈と出会う前であれば自分達に危害が及ばないと判断出来れば見逃し、及ぶと判断すれば双方を始末して何事も無かった事にしてしまう。
なにより追われている方を助ける等と言う選択肢は、2ndの中には存在していなかった。
食い詰めたクラスタやコープを誤って訪れれば所属の人間全員に命を狙われ、依頼の為に移動をしていれば襲撃者共に襲われるこの時代では、人の命などそこら辺に転がっている石ころよりも安い。
自分の身は自分で守るしかない世界で生きている人間にとって、契約を通さない他人を信用するのはあまり褒められた行いではなく、他人を善意で助ける事など以ての外だ。
しかし見限ろうと思うと2ndの頭の中に佳奈の打算を感じさせない純真無垢な笑顔が浮かび、追われている女を助けると言う選択肢がどうやっても頭から離れない。
とは言え、どうするかを悩んでいる時点で既に選ぶ答えなど殆ど決まっている様なものだった。
2ndは自分に起きている大きな変化を改めて自覚すると、溜め息を吐き出して覚悟を決める。
「佳奈が来てから甘くなり過ぎだな。もし俺が死んだら責任とって貰うからなM-2」
《はて。独立思考ポットであり人間ですらない私に出来る事など皆無であると思われますが……
まぁ、2nd様が死なれた場合には私も自壊致しましょう。私も“アノヨ”と呼ばれる所へ行けるのでしたら、2nd様だけの寂しい一人旅よりは賑やかですよ》
「はん、何が嬉しくて会話の投げっぱなしジャーマンが得意技の奴と行かにゃあならねーんだよ。あの世でもお前と一緒とか一生御免だよ」
《では、せいぜい死なない様にするしかありませんよ?》
「まぁ、そうなるな」
首を鳴らしながらのんびりと膝立ちになると、目視でもなんとなくメイド服姿が分かる距離まで接近してきたバギーが派手に横転するところだった。
どうやら追手の撃った弾がようやくバギーの後輪に命中したようだ。
カーブを曲がった直後でスピードが出ていなかった事が幸いしたのか、バギーの運転手は直ぐさま起き上がる。
だがこのままでは追手に轢き殺されるか、ジープから降りた男達に捕まって嬲り殺される末路を迎えることだろう。
「タイミングがいいこって」
そう呟いた2ndは銃のセレクターをセーフティからセミオートに切り替え、低倍率の光学照準器を覗き込み、200m以上離れた相手に狙いを澄ます。
大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出し、息を止めると同時に引き金を二回引く。
重力や風の及ぼす影響やジープの動きを考慮した偏差射撃は結果として先頭の運転手の胸元に突き刺さり、数秒後には二発目の弾が前輪のタイヤに大穴を開ける。
運転手の喪失とタイヤのバーストで完全に制御をなくしたジープは数回の横転を繰り返し、後続車から女の姿を隠す様に横倒しで止まる。
「こっちだ!! 走れッ!!」
まさかの事態に呆然とした様子で固まっていたメイド姿の女は我に返り、訳が分からないと言った様子で2ndの居る方へと走り始めた。
「M-2! 俺の方に向かって来てる先頭の奴をマークしろ!!」
《承知致しました》
ただ我に返ったのは逃げている女だけでは無い。
ジープに乗ったままでは危険だと判断した追跡者達は車を直ぐに止め、ドアや近くの廃墟を盾にして射線を切り、既に反撃を始めている。
しかし良く狙って撃たれた弾丸なら兎も角として、100m以上も離れた所からいい加減な狙いで撃った弾など、堂々と屋根の上に立っていても滅多に当たる物では無い。
自分の近くを通過した弾丸の風切り音や屋根に直撃した時の音で心を乱す事無く、動きにキレのある者や逃げる女に狙いを定めている者に率先して照準を合わせ、引き金を引く。
機械のように追手へ一発ずつ弾丸を届け続けている2ndだったが、六人目の追手を撃ち抜いた所で相手の撃った弾が頬を掠める。
牽制射撃をしながら改めて追手の配置を見ると、半分程の男達は既に見える範囲からいなくなっている。恐らくは2ndの射線に入らない様に迂回しながら女を追っているのだろう。
残っている方も物陰を利用してジリジリと間を詰めていて、2ndとの距離は100mを切っている。
そして女の方も2ndが足場にしている廃墟を抜け、背後に広がる迷路の様に入り組んだ区画へと逃げ込んでいる。
このままの位置で射撃を続けても足止めとしての意味も少なく、直に距離を詰めてきた追っ手たちの放った弾が2ndを捉える様にもなるだろう。
そう判断した2ndは徐に立ち上がると、間髪入れずに廃墟の屋根から飛び降りる。
三階建ての屋根―――実質、四階相当の高さ―――から何の脈絡も無く飛び降りた2ndは急速に接近している地面を見つめ、内蔵が持ち上がる不快感に顔を顰めながら足から落ちる様にバランスを取って右足だけで着地する。
直後、右脚の義足が伸縮し、代わりに脛を形取る外装が膝を覆っていたズボンを突き破って着地の衝撃を静かに無くす。
2ndは無惨な姿に変わったズボンに後ろ髪を引かれつつ、突発的な行動に唖然としている追手達の位置を再度目視で確認し、落下中にセレクターを連射に切り替えていた銃口を向けて引き金を引く。
連続する火薬の炸裂に合わせて跳ね上がる銃口を両手で押さえ付け、お互いの射線が通っている相手だけを選んで後退しながら牽制射撃を行い、弾倉が空になるのと同時に身を翻して迷路の中へと走り込む。
「女の反応はちゃんとマークしてあるか?」
《はい、只今マークしている反応は2nd様から正面200m付近を移動しております。ですが障害物の影響により正確な位置は掴めておりません。その為、最も可能性のある位置にマーカーを表示致します》
「りょーかい。さて、こっからが本番だな」
路地に入ってから頬を流れる血と汗を拭い、空になった弾倉を入れ替えながら新しく現れたマーカーを目安に走り続ける。
最初に目視で確認できた敵対勢力の総数は約二十。
銃撃戦で先頭を走っていたバギーの運転手とその後の撃ち合いで計七人を仕留めている。
確実に仕留めているのだけで考えれば、残り人数はおよそ十三人。
この人数差は射撃の腕だけでどうにかなった先ほどとは違い、囲まれ易い路地の中では、如何に相手に気付かれずに行動出来るかが鍵となってくる。
どちらがより神経を使うかと聞かれれば、それは圧倒的に後者である。
増援が来ない事と横転した車の搭乗者全員が運よく―――或は運悪く―――死んでいる事を願いながらも、この面倒極まり無い状況を2ndは楽しんでいた。
別にあまりに不利な状況に陥って気が触れた訳ではない。
金だけを目的に動いていた時には無かった心を満たす何か、欠けていたパズルのピースを填めた時に似た僅かな達成感を感じ、それが異様な程に心地良かったのだ。
二十年以上の人生の中でこんな事は2ndにとって初めてだった。
だから戸惑いが無いかと聞かれれば答えは否だ。しかし案外悪くない。
何だかんだと悪態を吐きながらも、満更ではない2ndは追われていた女を確実に助けるべく走り続けた。
また00話を02話に統合する事に致しました。活動報告でもお伝え致しましたが、ご了承賜りますようよろしくお願いいたします。
それではここまで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字・脱字・質問・感想など、首を長くしてお待ちしております。




