閑話 記憶とセカンドとテンペスト②
アリッサと別れ、彼女が付き添いをしていた名無しと呼ばれていた男とテンペストは指令本部内に設けられた会議室で何の苦労もなく再会をする。
そこで“名無し”は初仕事だと言っていたが、大して緊張した様子もなく、現場指揮官が来るまで暇を潰そうとでも思っていたのか何の躊躇いもなく話しかけてきた。
そして男はこれから傭兵として活動していく際に使う名前を決めたらしく、改めて自己紹介をされた。
二番手、と。
一番手や一位と分不相応にも名乗る輩は五万と見てきたが、自分から二番手と卑下するような名を名乗る奴は見たことがなかった。
思わず笑い出してしまったが、2ndと名乗ることにした男は大笑いするテンペストをキョトンとした惚けた表情で見返すだけで何も言わずかった。
周囲で忙しなく動き回っている事務員が煩わしそうに睨みつけているのに気付き、テンペストはそこで漸く笑いを引っ込めることができた。
しかし、とセカンドと会話した事でテンペストはある事に気がついた。
セカンドと初めて会った時のように勝手に期待値を乱高下させたり、去り際にアリッサがした忠告からくる穿った見方を抜きしても、セカンドの纏う雰囲気は素人の出しているものとは一線を期すものだとなんとなくだか分かった気がしていた。
何が違うのかと問われると言葉に詰まるテンペストだったが、明らかに人を殺したことのある――それも自分の手で直接殺した――人間が放つ重く、不用意に触れれば指が切り落とされる鋭利な雰囲気があるように感じていた。
普通に会話も成立するし、アリッサといる時と同じように常におちゃらけていて、軟派な一般人とそう変わりがあるようには思えない。
だがふと会話の最中に人が近くを通ると、さり気なくその人物の位置や背格好を伺うように鋭い視線を走らせる。
しかも最初から疑って見ていなければ分からないほどの一瞬の内にだ。
それだけで普段の表情は作ったものだと分かる。
見た目がせいぜい20歳前後の男が普通に傭兵として生きてきて出来るわけがなく、年齢と不釣合いな男にテンペストは改めてセカンドという人間に対して興味が湧き始めていた。
「なぁ、一つ聞きたいんだが。なんで―――」
「全員集まっているな。これから作戦会議を始めるぞ、全員席に付け」
手始めとばかりに名前の由来でも聞こうかと口を開こうとしたとき、ちょうど会議室に入室してきた現場指揮官の言葉によって遮られる。
既に警備会社の人間に座られて空いている椅子が離れていることもあり、セカンドとの会話はそこで中断されてしまった。
その後も隙を見てセカンドとの交友を深めようと試みてはみたものの、会議が終わってすぐに新参者であるセカンドは占領区についての説明などで現場指揮官に呼び出されてしまい機会を逃してしまっていた。
またテンペストの方も作戦開始までに適した狙撃地点へ場所を変えねばならず、現在機動殻を置いているビルから別の高層ビルの屋上に移すだけでも相当な手間と時間が掛かるため、直ぐに司令部を後にするしかなかった。
そして今、セカンドの『夕立』は直ぐに占領区へ突入できるように最前線に近い所に配備されているはずであり、テンペストの機動殻はそこからかなり後方のビルの上だ。
通信機で会話をすることも可能ではあったが、同周波数であれば会話内容が周りの人間に聞こえてしまう通常回線では、用心深そうなセカンドと深い会話ができるとは到底思えない。
秘匿回線を繋ぐことも考えたが、それをすると今度は依頼主がいい顔はしないだろう。
機動殻に搭載できる通信機程度では会話内容は聞かれる事はなくても、会話していること自体は隠せない。
つまるところ低スペックの通信機器で行う秘匿回線とは、他人の目の前でひそひそ話をしているようなものなのだ。
信用がおける仲間同士で使うのならばともかく、金と契約でしか信頼関係――そう呼ぶのも烏滸がましいが――が構築されていないレムナントの傭兵が、依頼主の察知出来る範囲内で秘匿回線を使おうものなら依頼主は可能性が低くとも裏切りを警戒せねばならず、疑いの目を向けられても文句は言えない。
即座に銃口を向けられるような事には早々ならないが、内容如何に関わらずあまり褒められた行為ではない。
だが、今回の依頼主に対してそこまで配慮してやる必要はないかともテンペストは考えていた。
何故ならもう直ぐ始まる作戦もテンペストが指揮官から受けた命令は過去のものと大して変わらないからだ。
構造物に損害を出さない様に細心の注意を払いつつ、可能であれば敵大型兵器を狙撃しろと言う、何ともやる気を削ぐようなものだったのだ。
詳しい作戦内容も伝えられていたが、明らかに上層部にせっつかれ、止む無く作戦の実行準備をしているとしか思えなかった。
だがそれに一番不満を抱いているのはその命を発した指揮官本人であったのが彼の表情から伺え、テンペストも一応は口答えもせずに諾とだけ返事をしておいた。
「もうこんな時間か。さてと、今日こそまともに仕事が出来ればいいんだが」
作戦開始時刻に設定したカウントダウンタイマーの表示が5分を切ると、テンペストは可能な限り倒していた座席を起こし、足元に複数あるペダルの一つを思いっきり踏み込んだ。
直後、ちょうど座席の後部から歯車が回る様な機械音が鳴り、背後からテンペストを囲い込むように二本のグローブ型操作アームが這い出してくる。
そこでテンペストは骨組みだけの手袋の様な形をした操縦桿を嵌め、感触を確かめるように動かしながらバイザーの側面に付いている摘みを捻る。
摘みを捻った事で映像装置の設定が狙撃用のものに切り替わり、テンペストの瞳は外の景色から狭苦しい操縦席内部を映し出す。
更に頭部を覆うように二枚のレンズが付いた大きな機会がせり出してくる。
テンペストは機械を引き寄せ、バイザーごと頭部を覆うように機械を固定する。
丁度その頃、テンペストの愛機である機動殻にも変化が起きていた。
まず蜘蛛の様に屋上にしっかりと着いていた四つの足から其々二本ずつの杭が飛び出し、床に突き刺さると杭は形状を変えてエアリエルの巨体をしっかりと固定する。
次に人と同じ形をしていた右腕の肘から先が、上下で二つに分かれる。
開かれた腕は花開くようにそのまま展開していき、縦に真っ二つにされた機動殻の掌が肩より後ろに回る。
右肩の一部の装甲が開かれ、エアリエルの背に固定されていた長いバレルが補助アームによって装甲の開かれた部分へ差し込まれる。
差し込まれたバレルは回転しながら素早く奥へと入り込み、後端が肩に入る頃には長すぎる筒が肘の先から飛び出していた。
だが其処でエアリエルの変化は止まらず、金属筒と同じ様に背負われていた金属塊―――弾倉と撃鉄、薬質の役割を担う部分―――がバレルと同じ様に補助アームによって右肩へと運ばれ、バレルが差し込まれた部分と結合し、開かれた掌が金属塊にあるグリップを鷲掴む。
最後に取り付けられた金属塊の下部から重い金属が転がるような音が響き、弾倉に込められた超大型口径の砲弾が薬質に装填されてエアリエルの変形が終了する。
操縦席内のテンペストはスコープを覗き込んでいるような景色と、様々な数値が視界端で変動し続けるのをなんともなしに眺め続ける。
さして時間も経たず、一際大きな音が操縦席内に響くと視界中央に「狙撃形態への移行完了」の文字が浮かぶ。
また手に嵌めた操縦桿の感触もいつの間にか硬くなっており、テンペストの右手の指先には引き金に指を掛けたような感触があった。
テンペストが右腕を動かすと、それに合わせて超大型口径の狙撃銃と化した右腕と視界内に表示された照準が動き出す。
数値や動作に異常がないことを確認し終え、改めてタイマーを見ると作戦開始まで残り3分となっていた。
作戦開始まで残りわずかとなった。だが、狙撃者であるテンペストの出番は作戦が開始されてから直ぐにはやってこない。
既に五度目の戦闘であり、相手もテンペストの存在を把握しており、不用意に射線の通る場所へ機動殻や戦車などの地上兵器を晒す筈がないからだ。
出番があるとすればクーデター側が緩衝地帯を作るために建造物の一切を破壊し、遮蔽物が存在しない一帯を突っ切るしかないテンペスト陣営の迎撃をしに出て来た時か、機動殻が占領された区画に入り乱戦に持ち込んだ時からだろうか。
だが残念なことに火器の使用に制限が掛かっているせいもあるのだろうが、テンペスト側の陣営には緩衝地帯を抜けることも、抜けた後で乱戦に持ち込める程の実力がある人間はいなかった。
よって今日もテンペストの出番がない可能性は十分に高い。
昨日までは居なかった、不確定要素であるセカンドの存在を除けば、だが。
タイマーが進むにつれ自陣営の機動殻が起動されていき、視界端にある探知地図には仲間の機動殻だと示す光点が続々と増えていく。
「さて、セカンド君は一体何を仕出かしてくれるのかな?」
そんな光点群の中から作戦会議の場で決められたセカンドが配置されている場所に、機動殻を起動された事で現れた光点に期待を込めて呟いた。
ちょうどその時だった。
画面端に自分が数分前に依頼主を慮って繋がなかった秘匿回線の文字が現れたのは。
《あー、あー、聞こえてるテンペスト?》
タイマーが進み、光点群が緩衝地帯ギリギリの場所にゆっくりと移動していくのを余所に耳にあてがってある通信機から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ん、その声はアリッサか?」
「ちゃんと繋がったわね。えぇ、そうよ。この状態のまま会話を続けても問題ないかしら。あぁ念のために言っておくけど、この回線は私の装甲ヘリの通信機器を介してるからアンタの依頼人が気付く事はないわよ」
声の主―――アリッサはテンペストと通話するために夕立とセカンドを運ぶために使用した大型装甲ヘリの通信機器をわざわざ使い、傭兵であるテンペストの立場を考えて依頼主や現場指揮官に気づかれないようにしてくれたのだろう。
「そうか、気を遣わせたみたいで悪いな。んで、わざわざ装甲ヘリの通信機を使って秘匿回線を開いたんだ、俺に告白でもしてくれるのか?」
《は?》
先ほどセカンドとアリッサの遣り取りを参考にしたテンペストだったが、どうやらアリッサのお気に召さなかったようだ。
思いの外ドスの効いた声が通信機に乗っていた。
肩を竦め、冗談だと言って軽い謝罪をしたのだがアリッサは臍を曲げてしまったのか、重苦しい沈黙だけが通信機の向こう側から伝わってくる。
《へいへーい、犬も食わない痴話喧嘩をするのは後にしてくれませんかねぇ。お二人さん》
面倒だと思いながらもどう返事をするのが正しいのか分からず、女性の正しい取り扱い説明書を探そうかと本気で思っていると、通信機から男の声が聞こえてきていた。
軽薄そうな口調。
何処か人を小馬鹿にしているような話し方。
聞き覚えのある若さの残る男の声。
ここ最近でそんな特徴に当てはまる人間は一人しかいなかった。
《ちょっと名無し! アンタが変なことを言うからテンペストもあんな事を言ったんでしょ?! また余計なことは言わないでくれる?》
《はて? 名無しなんて名前の奴に心当たりはありませんなぁ。私の名前はセカンドですぅ。赤の他人の事で怒鳴られてセカンドちゃん困っちゃう》
《アンタ、いい加減にしなさいよ!》
《きゃぁ、ヒステリックな女の子に怒鳴られてセカンドちゃん怖いぃ》
《こんの!―――》
「あー、コントをしてるところで悪いんだが、いい加減本題に入ってくれないか? もうそろそろ仕事が始まるんだが」
自分の事を棚上げにしてテンペストがそう言えば、当然アリッサは声を荒げ、そこへセカンドが火に油を注ぐように挑発の言葉を発する。
そうなれば話が進むはずが無く、ただ延々と不毛なやり取りが繰り返される。
《はぁ、はぁ……もういいわ、移動工房に帰ったら自分の発言を後悔させてやる。 ふぅ、それで本題なんだけど、ノー……じゃなかった、セカンドが今回の依頼についてアンタに相談があるんだって。聞いてやってくれない?》
「相談?」
通信機の設定を複数人で通話が出来るマルチ通信から、個人と個人のシングル通信に切り替えてセカンドの声を遮断したアリッサは、言い争いで乱れた呼吸を整えながらそう言った。
テンペストは声では怪訝そうな声を出したが、内心では一体どんな事を言い出すのかと気になって仕方がなかった。
《えぇ、そうよ。ただ内容についてはアンタと直接話すって言って私も知らないんだけど、なんでもさっさとこの仕事を終わらせたいからって言われたのよ。まぁ別に断るって言うなら繋がないけど、どうする?》
「”仕事を早く終わらせたい”……ね、中々興味が惹かれるな。通信を繋いでくれないか?」
《えぇ、ちょっと待ってて………繋ぐわよ》
そう言って直ぐに通信機にノイズが走り、今まで声以外に音を届けていなかった通信機が環境音と思しき重低音を届け始める。
恐らく第二世代機動殻特有の大型ブースターを稼働させている影響なのだろう。
《あー、聞こえてますかテンペスト殿?》
「大丈夫だ、問題ない。作戦開始まで時間もないし、敬称とかは気にしなくていい。お前の“秘策”とやらは一体なんだ?」
前置きや建前という飾るものがないテンペストの物言いに、若干苦笑いをしている様な雰囲気が通信機越しに伝わってきたが、あえて無視する。
しかしセカンドは苦笑いをしてはいても、悪感情を抱いたと言うよりも好感を抱いたようで「まぁ秘策って言うほど大したことでもないんだが……」と前置きを挟みつつ、言葉を続ける。
それを聞いたテンペストは一瞬呆けるが、直ぐに獰猛な笑みを浮かべるのだった。
◇ ◇
「お手並み拝見といこうじゃないか」
《野郎に期待されても、あんまり嬉しくないが……まぁ、やるだけやってみるさ》
作戦開始まで残り10秒となり、前線で待機している機動殻部隊が緊張感を高めている中でアリッサの大型装甲ヘリを介して会話していたテンペストとセカンドはそう締めくくり。
二人は間もなく起きる戦闘に相応しいだろう思考へ切り替える。
テンペストは迎撃部隊が姿を見せる可能性が高い地点にエアリエルの右腕を向け、弾道へ影響を及ぼす風などの要因を頭な中で計算しつつ、即座に撃ち抜けるように神経を研ぎ澄ましていた。
深い集中によって通信機から伝わるセカンドが操る夕立の排気音も遠のいていき、視界の中央に移されたカウントタイマーの進みが遅くなったような錯覚を与える。
だが刻一刻と等しく平等に進む時は、間もなく零を刻む。
直後、通信機から聞こえていた音を覆い尽くすような爆音が耳に届く。
探知地図の最後尾にいた夕立を示す光点が猛然と突き進み、前線近くに配置されていた機動各部隊の間を飛び抜ける。
高速を維持しながらセカンドの操る夕立は緩衝地帯に単騎で突入していった。
「……アイツ、マジでやりやがった」
微かに見えた夕立の加速ユニットから漏れる光を見送ったテンペストは、思わずそんな言葉を漏らしていた。
夕立が高機動型の第二世代機動殻であるのはテンペストも知識としては知っていたが、まさか建物や自陣営の機動殻の間を縫うように進みながら、全速に近い速度を出せる人間が居るとは露ほども思っていなかったのだ。
第二世代の全てが加速ユニットの細かい操作ができ、瞬間的な超加速が出来る瞬間加速があると言っても、速度が出れば出るほど慣性の影響を受けて操作の難易度は格段に上がる。
そんな状態で広いとは言い難い場所を全速力で走り抜けようと思う奴が居るはずが無く、居たとしても頭の中身に異常がある奴ぐらいだろう。
そうテンペストは思っていた。
だがセカンドはそんなスゴ技を平然とやってのけ、今は緩衝地帯の中央一歩手前まで進んでいる。
《ちょっと! なんでアイツ単騎で敵陣に突っ込んでんのよ?!》
通信機が自動で音量を調整してくれたお陰で耳鳴りを起こすことはなかったが、それでもアリッサの金切り声を聞かされたテンペストは盛大に顔をしかめた。
「なんでって、アイツと話し合ってそうなったんだよ」
《だからなんでそうなったかを私は聞いてるの!! アイツからまだ夕立の代金もらってないんだから死んだらどうするのよ!》
明け透けな物言いに思わず苦笑いが浮かぶテンペスト。そして先ほどセカンドと交わした会話を思い出す。
『俺が見た限りここの街の機動殻って第三世代しかないんだろ? それだと緩衝地帯を抜けるまでに時間もかかるし、相手側に狙撃型の機動殻がいたらどう頑張っても損害は免れないしな。そこで俺がちょちょいと占領区に突入して相手を撹乱するから、不用意に姿を見せた相手を打ち抜いて欲しいんだわ』
あの時は何を馬鹿な事をと思わなくもなかったが、今ではそんな思いは微塵もなく。
ただセカンドに頼まれた役割を全うしようと思うだけだった。
「説明してやってもいいんだが、後で頼む。もう直ぐセカンドが相手の迎撃範囲に入る」
《ちょ、ちょっと! まちn―――》
間もなく夕立が敵陣営の迎撃範囲に到達する。
アリッサとの通信以外にも全人員が共通で使用していた回線からは機動各部隊は訳が分からず困惑している声や、現場指揮官がセカンドの蛮行とも言える行動を制止しようと荒げられた声が届いていた。
邪魔をされては叶わんとばかりにテンペストはアリッサ達と繋がっていた回線の音量を最小にし、高速で走り続ける夕立を迎撃するべく姿を見せた相手をいつでも始末できるように指先に全神経を集める。
直後、夕立の背が一瞬だけ眩いぐらい光るとそこに居たはずの機動殻の姿がなくなり、代わりに相手の機動殻が放ったと思わる弾丸が地面を穿つ。
思わず夕立の姿を探したテンペストだったが、元々走っていた場所からそれほど離れてはいない場所で疾走を続ける夕立の姿があった。
「……避けた、のか? ハハハ、ありえねぇだろ」
何の損傷もない夕立が確認できると自然と乾いた笑いが出ていた。
相手側にはテンペスト程の超長距離狙撃砲を持つ機動殻はいない事は分かっていた。だが、それでも1500m/secを超える速度で弾頭を放つ狙撃砲は幾つか確認されている。
予め弾が飛んでくるタイミングを見計らっていたとしても、放たれる弾丸は人間の反射神経では放たれてから躱すことなど到底不可能な芸当だ。
野生の勘か、経験によるものか。どちらにしろ、昨日今日で傭兵になった人間のやれる事ではない。
唖然としつつも、再び指に全神経を集めたテンペストは視界に表示されている照準を合わせ、人差し指に力を入れる。
その瞬間、重厚な装甲に包まれた操縦席の中へ特大の爆裂音が反響する。
エアリエルの腕部一体型の狙撃銃に初弾として装填されていた曳光弾が放たれる。
多量の火薬が発火した事で生じたガス圧で撃ち出された弾頭は、発橙色の光を発しながら単独先行している夕立を追い越し、占領区内にいた一両の戦闘装甲車を打ち抜く。
テンペストは頭部を覆う機器をすぐさま外し、曳光弾が描いた軌跡を元にエアリエルの補助関数を手早く修正して機器を付けなおす。
再び視界が外の景色に変わる頃には、相手側の通常兵器の射程内に入った夕立へ向かって雨のような大量の弾頭が降り注いでいた。
しかし夕立は未だ健在であり、瞬間加速で機体を左右に移動させながら占領区へ向かって疾走し続けている。
自分がセカンドなら緊張のあまり体が固まりそうな状況を見て、感心するよりも呆れる思いが強くなる。
現状アリッサが言うようにセカンドが戦闘狂かどうかまでは分からないが、少なくとも頭の螺子が数本抜けている事だけは分かった。
口元がいつの間にか苦笑いで歪んでいた事に気が付いたテンペストだったが、その指は相手を照準の中央に確実に捉え、的確なタイミングで引き金を引いて相手を打ち抜いている。
昨日までは決して射線の通る場所へ姿を見せる事のなかった相手陣営が、今では疾走を続けて占領区への突入間近となった夕立を何とかして撃墜せんと姿を見せている。
テンペストは浮かんでいた苦笑いを引っ込めると、これまでの鬱憤を晴らすべく相手の戦車や機動殻へ向けて引き金を引く。
「さて、突入に関しては問題なかったな。だが、味方の増援が直ぐにやって来ないこの後はどうするつもりなんだろうな」
計6発の大型弾頭を放ち、全てを相手に命中させる頃には夕立は何の損害もなく占領区への突入を果たしたセカンド。
セカンドを見送ったテンペストは獰猛な笑みを浮かべながら洩らす。
緩衝地帯でのセカンドの行動自体驚嘆に値するものだったが、占領区を奪還するという依頼の本番は占領区に入ってからだ。
それまでの過程は飽くまでも前座に過ぎない。
戦力は後続が緩衝地帯を抜けるまで期待できず。
兵器は機動殻を含めて相手側の方が多い。
地形ですら自分たちが過ごしてきた場所なのだから相手側は知り尽くしている。
どれを取ってもセカンドの不利は明らか。
テンペストが後方から援護していると言っても狙撃可能な場所は限られており、普通に考えればたった一人で今の状況を引っ繰り返せるとは到底思えない。
だが、あの男なら何かとんでもない事を仕出かしてくれるのではないかという期待感があった。
――― time will retum ―――
「それで、その後どうなったんですか?」
「別にどうってことはねーよ。アイツが占領区で逃げ回りながら孤立した奴に装甲刀を振って各個撃破していっただけさ」
「……別にって、それの何処が別にって言葉で簡単に済ませられる事なんですか?!」
テンペストは柄にもなくセカンドとの馴れ初めを長いこと喋ったせいで疲れていた。
これ以上話す気力の尽きたテンペストは、トラックを運転しているにも関わらず物凄い形相で自分を見てくるアリソンには前を見ろと促してから座席を倒す。
物足りなそうなアリソンの視線から逃げるように背を向けたテンペストは次の依頼に備え、仮眠を取るべく瞼を閉じる。
あの時、セカンドが占領区に突入してからの働きが簡単な言葉で言い表せないのは百も承知だった。
だが、かと言って口でどう説明すれば良いのかテンペストには分からなかった。
たった1機で、しかも近接戦闘用の装甲刀を振るって次々と敵を屠って行く姿はまさに鬼神の如く。
自身の語彙力ではどう頑張っても説明し切れない凄まじさがあの時のセカンドにはあった。
溜息とともに視線が外れるのを背中で感じ、瞼の裏に現れるニヤついた笑みを浮かべるセカンドの姿を睨み付けながらテンペストは眠りについた。
これにて、閑話の更新は終わりとなります。
それではここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
誤字・脱字・質問なとがありましたら、お気軽にお尋ねください。




