12 戦闘と知人と骨董品③
「……ロリコン」
「黙れ真っ黒禿げダコ。その抵抗が無さそうな頭皮にもう一回ライト当てんぞ」
一時的とは言え占拠されていたジャーンシーを取り戻したセカンドは、テンペストに後で合流する場所を指定してから依頼主達が街に戻って来るのを待っていた。
元々ジャーンシーの住人であった依頼主達が戻って来る頃には、M-2に指示してアクセス権限を利用して監視記録を完全に削除していた。
そして何食わぬ顔で雇われていた傭兵は革新派陣営が全滅すると直ぐに撤退したと言いのけた。
依頼主はそんな2ndを訝しんではいたが、手の内は少しでも隠したがるレムナントにアクセス権限を渡した時点で全てを把握できない事を想定していたのか、深く追求される事は無かった。
褒賞金を含めた予想を超える多額の報酬。
それと佳奈用の衣服や教本を受け取って若干浮かれていた2ndだったが、そこへ水を指す様に食料以外の物資が殆ど補給出来ずにいた。
機動殻で使用している推進剤や弾薬は保守派の予備機を含め、全ての機動殻が革新派陣営によって破壊されていたから割高でも何とか買えた。
だが予備や破壊されずに残っていた都市防衛兵器のレールガンや20mm機関砲などの弾は、どれだけ交渉をしても売っては貰えなかった。
何とか食い下がろうとしても、別の都市から復旧用物資が届くまで機動殻無しで防衛しなければ成らない、と断られてしまっては2ndとしてもどうしようもなかった。
殆ど思う様に補給が出来なかった2ndは渋々ながら諸々の手続きを済ませ、テンペストと合流を果たした頃には既に日も暮れ始めていた。
そこで合流地点で夕食がてらに情報交換を含めた語り合いをしようと言う流れになった。
しかし、語り合いが始まって早々に2ndは大きな問題に直面したのだった。
近況を語る上で佳奈の事は確実に語る必要が出てくる。だが、佳奈の存在を教えれば要らぬ勘繰りをされるのは間違い無かった。
しかも実際に佳奈を目の当たりにした馴染みの運び屋であるスロースなどは、佳奈の存在を認めるなりロリコンだの誘拐したのだのと言い放ったのだ。
だが佳奈の事を隠そうにも、この事態をすっかり失念していた2ndは佳奈と共に食事の席を準備しており、既にテンペストは佳奈の姿を確認している。
意を決してテンペストに佳奈の事を明かせば、とうとう2ndが小児性愛者に堕ちたか……と大仰に嘆く振りをした。
その後、冗談と分かっていても抑えられない衝動に駆られた2ndは強烈な光を発するライトを毛根の死滅したテンペストの頭部に照射したのだった。
「しかし、最初はあんなオンボロ機体に乗ってる馬鹿が居るのかと思って驚いたぜ」
「馬鹿で悪かったな。移動工房にあって且つ俺の戦闘スタイルに合うのが無くてな、しょうがないからチハを改造してもらってなんとか形にしたんだよ。大体どっかの間抜けが俺の愛機を壊してくれたもんだから、あんな埃臭いチハなんぞに乗る事になったんだぞ」
今から半年ほど前のこと。
中東連合社と反ユニオンのレジスタンスの間で起きた紛争に参加した2ndとテンペストは、放棄された都市を中心に三日に渡ってレジスタンス側の機動殻と激しい戦闘を繰り広げた。
終盤には双方とも総力戦となって多くの歩兵や機動殻が投入され、泥沼の戦闘に陥りはするもののなんとか依頼主側に勝利を齎し、二人は生き残った。だが依頼を終えた直後、お互いに生きている事を讃えあっている際に、過度な使用でガタが来ていたテンペストの機動殻が持っていた狙撃用大型砲が暴発。
しかも運が悪い事に2ndの機動殻が立っていた場所のすぐ近くの廃ビルに命中し、退避させるまもなく倒壊。
そして下敷きになった2ndの機動殻は傭兵仲間や依頼人の機動殻に掘り起こされたが、露出していた加速ユニットや頭部に搭載されていたレーダー類は見事に壊れ、使い物に成らなくなってしまったのだ。
当時の事を思い出して不貞腐れる様にそっぽを向く2ndに対し、色黒で筋骨隆々、その上スキンヘッドで大柄なテンペストが平身低頭で謝っている光景は言葉が分からずとも物珍しいのか、小首を傾げてテンペストに視線を注ぐ佳奈。
そんな佳奈を見てそう言えば、と受け取った佳奈の衣服を仕舞っている時に見つけた物の事を思い出し、2ndは腰に着けていたポーチから一組の通信機に似た物を取り出した。
「ほれ、これを耳に着けるが良い」
「なに、これ?」
黒をメインに白色のラインが入った凝ったデザインの無線機を渡された佳奈は、それを物珍しげに眺めたあと再び2ndの顔を覗き込む。しかし2ndは自慢げにふんぞり返ったままで説明をしようとはせず、諦めた佳奈が恐る恐る受け取った無線機を両耳に取り付ける。
真向かいに座っていたテンペストは2ndの巫山戯た態度に呆れていたが、佳奈が着けた無線機を見ると今度は驚きと共に立ち上がる。
「お、おい! その娘が今付けたのってもしかしてG&Jの自動翻訳機か!?」
突然大声を挙げて立ち上がったテンペストに怯えた佳奈が、隣に座る2ndを盾にする様に後ろに隠れて服をギュッと握る。そんな佳奈の愛らしい行動に一瞬だけ心がほんわかとした2ndだったが、佳奈が本気で怯えていたのでギロリとテンペストを睨み付けておく。
テンペストも最初は佳奈の耳に着いた機械に目が行って気付いていなかったが、2ndの鋭い眼光と佳奈の今にも泣きそうな眼差しで我に返り、すまないと一言謝ってから元の場所に腰を下ろした。
「お前の言った通り、今着けさせたのはG&Jの自動翻訳機だよ。それとお前の図体で大声を出すな、佳奈が怯えるだろ」
溜め息を吐き出しながら言い切った2ndは佳奈の耳にしっかりと装着されているのを確認すると、飾りのように見える電源ボタンを押してやる。
「さて、佳奈くん。今喋ってる俺の言葉が分かるかな?」
電源が入っても変化を感じられていなかった佳奈は再び小首を傾げるが、2ndが口を開くと表情が驚きに染まる。そしてブンブンと首が取れるんじゃないかと言う程に頷いた。
「G&Jの自動翻訳機って言えば、ユニオンに持ち込めば大金に変わるロストテクノロジーの塊だぞ? それを、知り合って間もない子供に渡すって一体何を考えてるんだか」
「別に良いんだよ、どーせタダで拾ったもんだし。それに佳奈の言ってる事を俺が分かっても俺の標準語はもう企業間共通語だから、ふとした時に俺が言った言葉とか他の奴が喋っている事を佳奈が分からないと色々と不便だと思ってな」
そう呟く2ndを脇腹の辺りから見上げる佳奈。その瞳には不安の色が色濃く映っていた。
「……いいの?」
「いいの。どうせ佳奈がいなかったら無くしたまんまだったんだからな」
2ndの主張に呆れを通り越して疲れた表情をするテンペストは放って置いて、大金の話を聞いて物凄く申し訳なさそうにしている佳奈の頭を乱雑に撫で、後ろに隠れているのを体の前に持って行って抱き締める。
急なスキンシップに最初は戸惑っていた佳奈だったが、次第に落ち着いていくと夕食用に渡していた合成食料をチュウチュウと音を立てて吸い出した。
「それで? 俺にはロストテクノロジーの塊がそう簡単に拾えるもんだとは思えねーんだが、どうやって見つけたんだ? もし、穴場の旧施設でもあるんなら俺にも一枚噛ませてくれよ」
日に焼けて真っ黒なテンペストがあくどい表情でそんな事を言いながら再び身を乗り出せば、2ndの前で抱き抱えられている佳奈はその光景を直に目の当たりにする事になる。
テンペストの体が佳奈に近づくだけで怯えはじめるが、2ndに抱き締められているお陰か、先程のように涙を溜めて狼狽えるような事は無かった。ただし、合成食料のパックを握っている手とは反対の手が2ndの袖を掴んでいるが。
小動物を彷彿とさせる佳奈の行動に2ndは三度癒されながらも、テンペストの発言に盛大な溜め息を吐き出した。
「別に穴場とかがあった訳じゃねーよ。何時だったかユニオンからの依頼で、旧施設を利用した廃棄施設に潜り込んでる部外者を排除してくれって言うのがあったな。その時に他のガラクタに混じって落ちてたのを見つけて拾って来ただけだ。大体、穴場があったとしても俺の機動殻をぶっ壊した奴に教えるかってーの」
「ケツの穴の小さい野郎だ」と言う大男に「性分なんでな」と肩を竦めながら返し、二人の会話が理解できて嬉々としている佳奈の居る夕食会はあっという間に過ぎていく。
ささやかだが和気あいあいとした宴は少女が睡魔に導かれるまで行われていた。
「それで、その娘をどうするつもりなんだ?」
日が完全に沈み、明かりとして燃える廃墟に使われていた木材の弾ける音と佳奈の可愛らしい寝息しか音の無い中で、徐ろにテンペストが口を開いた。
彼の視線の先には2ndの膝を枕に健やかに眠る佳奈が居る。
「別に。ただ日本に居るだろう家族の元に送り届けるだけさ」
「………それは本気で言ってるのか?」
「本気も本気。それが佳奈からの依頼だしな」
ゆっくりと佳奈の頭を撫でてやりながら答える2ndに、テンペストは胡乱な視線を送り返してくる。だが2ndは不躾な視線にただー肩を竦め、あどけない表情で眠っている佳奈の寝顔を撫で続ける。
突き刺さるテンペストの視線は更に険しくなって行くが、見返す2ndは何も語ろうとはせず、ただ無言で見返す。
二人の男が数分間も無言で視線を交わしあったが、2ndの意思の固さを表情から悟ったテンペストは呆れて何も言えず、大きな溜め息を吐いてから立ち上がる。
「次の仕事か?」
「まぁな。それに今日は満月だからアリソンが休みでな、今の内に準備をしなきゃ次の依頼に支障が出るからな」
「休み? ……あぁ、今日は満月祭だっけか。だからここにアリソンが居ないんだな」
空に浮かぶ満月を見上げながら2ndは呟いた。
テンペストの補佐役を務めているアリソンはスリランカにあるコープ出身であり、毎月の満月となる日を休みにする事を条件にテンペストの元についていた。
新世紀以前の文化など昔から存在していたユニオンでも廃れてしまっている所が多いにも関わらず、アリソンの出身地の様に細々と受け継がれている所も確かにあった。
2ndにはそんな守るべき習慣も無ければ、故郷と呼べる地も既にない。
佳奈やアリソンの様に自分が持っていない物を持っている事に若干の羨望を覚えなくも無かったが、古い文化が未だに続いている事には素直に感心していた。
そんな2ndの心情も知らず、せっせと撤収準備を勧めている知人にお前も大変だなと言えば、逆に佳奈を見ながら同じ台詞を返されてしまい苦笑いを浮かべるしか無かった。
一人静かに立ち去るテンペストを見送り、2ndも小さな寝息を立てて未だに眠り続けている佳奈をそっと抱き上げて装甲車へと向かう。
2ndとてテンペストの言外に言わんとしていた事は分かっている。奴隷として売り買いされる人間には二種類いる。
一つは誘拐され、本人や周囲の意思に関係なく奴隷として扱われる者。
もう一つは自身もしくは親族に売られて奴隷として扱われる者。
2ndも佳奈と出会った当初は誘拐されたのだと思っていたが、数日間も一緒に過ごしてその可能性は低いと思い至っていた。佳奈の会話の理解力や柔軟な思考力は、しっかりとした教育が基礎になっていると直ぐに分かったからだ。
体制を整えてしっかりと教育を行っているのはユニオンぐらいのもので、コープでも教育機関を設けている所も無くはないがその数は極端に少なく、質も高いとはお世辞にも言えない。
その上、日本語を主要言語として話しているコープや群れと成れば殆ど存在していないと言っても過言では無い。となれば佳奈がユニオン所属である確率は高い。
日本語を話すユニオンは日本列島に統治都市を持つ“極東技術組合”しか存在せず、更に現在の極東技術組合は他組織との交流を必要最低限にまで絞った鎖国に似た状況を作っている。
また所属外の人間は旧長崎県にある巨壁で隔離された居留地にしか立ち入る事を許されていない。わざわざ誘拐する側が巨壁とそれに伴う厳重な警備システムを掻い潜り、多大なリスクを負ってまで極東技術組合の子供を攫うとは考え難かった。
そのため佳奈はほぼ確実に後者であり、諸々の理由によって売られた人間だと2ndは考えた。
だが奴隷として売り買いされている主な人間は零細コープ以下の食うに困った人間であり、福利厚生や保障体制が十分に整えられているユニオンに所属し、奴隷商に売られてしまう人間は奴隷の中で千人に一人居るかどうかと言った割合だ。
更に言えばユニオン所属で身売りをするのは大抵の場合がギャンブルや麻薬などで生活が立ち行かなくなるほどの借金をこさえた大人ばかりであり、子供の奴隷は一生に一人見掛ければ多い方である。
何故なら汚染災害によって新世紀を迎えた頃には世界人口が半分以下までに激減したことを受け、ユニオンでは貴重な子供に対して少なくない助成金を出している所は多く、極東技術組合も例外ではない。
子供が居るだけでまとまった金が支払われるのに、そんな金の卵を奴隷商に売る親が居るとするならば、それは余程金に困っていて、子供を子供だとも思わない人間だろう。
そこまで分かっていてなお、2ndは佳奈を日本に送ると言っているのだ。テンペストが険しい表情で2ndを睨みつけていたのも頷ける。
だが、それでも2ndは考えを変えるつもりは無かった。
いくら佳奈が居た境遇が悪く、2ndの元にいた方が状況が改善されるとしても、佳奈の意思を曲げてまで保護をすれば何かしらの禍根が残る。何よりユニオンに所属し、他の追随を許さない程の膨大な力の庇護下で生きて来た非力な少女にとって、2nd達が住む“外の世界”はあまりにも苛酷だ。
佳奈を装甲車内のベッドに横たえ、頬に掛かった髪を優しげに整え直しながら2ndは生まれてこの方一度も信じた事の無い神に初めて願う。
どうか佳奈を手放した親に止むに止まれぬ理由があってくれ、と。
これにて第一章は終了となりなす。私的にはそこそこ満足の出来る完成度になったかなと思いますが、皆さまはいかがでしたか?
今後の更新予定につきましては……
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↑の活動報告で無駄に語っておりますので、確認して頂ければなと思います。
それではここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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