表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/39

10 戦闘と知人と骨董品①

 

 新ジャーンシーを攻略した機動殻部隊、“第四陸戦機動殻部隊”の隊長機に乗っていた男はこの後に待ち受けている栄光と称賛の嵐を妄想し、心を弾ませていた。

 彼は二分しつつあるIPMBの片側、旧体制を支持する保守派の対となる革新派所属の一指揮官であった。

 元々は保守派の人間であった彼だが、性格に難があり、規律を乱す落ちこぼれの烙印を押されて昇進もままならない駄目人間であった。

 しかし指揮能力や機動殻の操縦に関してはそこそこの技術を有していたが為に、使い潰しできる人員として確保されていた。だが乱暴者で自尊心が高く、金に目のない男はそんな地位に置かれてい事に納得している筈が無かった。

 働けども働けども評価されず、ただ鬱憤の溜まる日常を送って居る中で声を掛けて来たのは革新派の人間だった。

 掲げられた主義に集まったのは若年層の者が多く、指揮経験から機動殻の操縦経験に至る全ての経験が、保守派と比べて圧倒的に低かった革新派。それによって劣勢に立たされ続けた革新派にとって、性格に難のある駄目人間と言えども、彼が持つ経験は喉から手が出る程に魅力的な物だったのだ。


 金が欲しくないか。

 権力が欲しくないか。

 馬鹿にしてきた奴らを見返したくないか。


 その謳い文句にそそのかされて保守派から革新派に鞍替えした男は、一年ばかりであっという間に革新派の中で昇進を重ねていった。

 そして放棄されたままだったジャーンシーを保守派が新しく再建していると聞きつけ、都市の制圧とその成功を持って彼は自身が目標としていた幹部クラスへの昇進が叶うのだった。


「流石は噂の"テンペスト"殿だ。アンタに掛かれば保守派の人間なんざ素人同然だなぁオイ」

《依頼は完了した。入金をしろ》

「ッチ。態度がなってねーなぁ、野良犬。これだから残り者(レムナント)の傭兵はよぉ、依頼主様への礼儀ってもんがなってねーよなぁ」

《そうか、それは済まなかったな。分かったからさっさと依頼料を支払え"依頼主殿"》


 男は機動殻のバイザーに映る一機の機動殻に回線を開き、尚も話しかけてみるが、会話どころか返事すら帰ってこなくなった。革新派の中では英雄とまで持て囃されてきた男は通信相手の態度が気に入らず、苛立たし気に悪態を吐いてみるも反応はない。

 更に機嫌が悪くなりかける男であったが、まぁいいと気を取り直す。

 どのみち、この傭兵は殺すのだ。

 "テンペスト"と言う傭兵は四脚に変形する特殊構造の二脚機動殻に乗り、扱いに癖のあるクラスター式の榴弾や大口径狙撃砲等の高火力火器を使いこなせる熟練の傭兵だった。

 防御力と簡単な操作性を売りとしている第三世代機動殻の外殻を簡単に打ち砕き、状況さえ噛み合えば数の差を簡単に覆せる実力者。だがユニオンや何処かの企業に所属している傭兵達ならいざ知らず、残り物の傭兵なんて言う奴らは金でしか動かないロクデナシ。

 十分な金さえ支払えば、昨日まで働いていた依頼主に躊躇い無く銃口を向ける野蛮さを体現している連中である。そしてテンペストはそんな野蛮人の一人であった。少なくとも指揮官の男はそう思っていた。


 自陣営へ傾きつつあるとは言え、未だに拮抗状態に近い保守派と革新派の争いで、経験の浅い者達の集う革新派に彼が雇われている間は問題ない。

 しかし一回でも保守派に回られてしまえば、形成は一気に劣勢へ陥いるのは間違いない。また裏切る事で革新派陣営の信頼は落ちるだろうが、それでも敵になるよりマシだろうと男は考えていた。


《俺たちゃあ、何時でも殺れるぜ》

「まぁ、待ってろ。アイツを殺るのはもう少し後だ。別働隊が指揮官の死体を持って来てからでも遅くはねーよ」


 一人自分が雇った傭兵について思いを巡らせていると、男と同じ境遇からなり上がった仲間の通信に返事をしながら時計を確認する。部隊全員で合わせた時計は作戦開始から既に三時間が経過し、街を制圧してから三十分も経ったことを示していた。

 二十分程前に連絡があってから音沙汰も無く、距離が離れ過ぎてしまったのか、仲間の識別信号も消えている。

 何かがおかしい、と男の勘が告げた。

 今回の奇襲では男達の部隊が陽動として機動殻を含め、その他の大型兵器を無力化する役目があった。

 そして実際に作戦が開始されてから今に至るまでの間に主だった兵器は破壊し、その残骸の総数は事前に内通者から齎されていた情報とほぼ合致していた。

 不測の事態など起きうる筈が無い。

 歩兵部隊の連中はその事に何も疑問に思っていないのか、保守陣営に所属する人間達への見せしめと、血の気が多く戦闘で興奮した兵士達への褒美として与えた逃げ遅れた女達を全員で囲って"オタノシミ"の真っ最中だった。

 それに別動隊へは機動殻を配備していなかったが、それでも不測の事態に陥った時に緊急通信を送れるだけの戦力は持たせていた筈だ。そう思いはするものの、得体の知れない何かを感じずにはいられなかった。

 不安を拭い切れない男が、最後に届いた別動隊の位置を傭兵と仲間に伝えようと回線を繋ごうとした時だった。機動殻のレーダーに未識別判定の機影を示す印と警告文が現れる。


《おいおい、そこに居るのはテンペストか? テンペストだよな!? もうテンペストでいいや!! 逢いたかったよテンペストぉぉぉおおおお!!!》


 男達が警戒するよりも早く、僚機しかいない筈の新ジャーンシーの街に聞いた事の無い男の声が響く。そしてその声は心の奥底へ響く狂気を感じさせるものだった。


 言葉の意味を理解した時、テンペストの周囲にいた六機もの機動殻がすぐさま遠ざかった。機体を可能な限りテンペストから遠ざけ、レーダーに映し出された光点を恐る恐る見る革新派陣営。

 彼等の視界が捉えたのはテンペストへ向かっていると思われる機動殻。

 更に男の駆る機動殻(B36A2)のOSがセンサー等から得た情報を元に向かって来ている機動殻の情報を検索し、視界隅に表示する。


 柏重工製第二世代機動装甲殻/地上戦闘用ハ型機動装甲殻。


 百年近く前に作られた骨董品級のオンボロ機動殻が動いている事に男は愕然とし、それが明らかにカタログスペックを遥かに超える速度で飛んで来ている事に唖然とする。

 なんだ、これは。その場に居た全員の考えが一致した瞬間であった。


 否、一人だけ。


 自分の名を呼ばれたテンペストだけはその存在を正確に認識し、事態を完全に把握していた。


《………セカンド》


 開いたままだった回線から恨めしげな傭兵の声が聞こえた時、男達の機動殻(B36A2)内に大音量の警報が鳴り響き、未識別判定だった光点が敵性判定の色に変わる。

 男達が咄嗟に回避行動を取りながら回避の指示を出すも、彼等の居た場所や凌辱に耽っていた歩兵、軽戦車等の地上兵器が捕まっていた女達ごと穿たれる。

 急襲によって既に歩兵部隊は壊滅状態に陥り、仲間達の惨状に男は舌打ちをするも思考を切り替え迎撃の指示を出す。他の革新派の機動殻は訳も分からないまま迎撃陣形を取り、向かってくる骨董品チハに向けて機動殻用のライフルを発砲させる。

 しかし骨董品チハは弾丸の雨の中が降り注ぐ中を物怖じせずに駆け抜け、機動殻以外の仲間に大きな被害が出した後、高層ビルの立ち並ぶ地区に入ると同時に姿を消した。


「なっ!?」


 男を含めた革新派陣営が驚きの声を漏らしていると、男の機体がほぼ真横からの衝撃に襲われる。衝撃を受けた方へ機体を向けるも、そこには何も無い。

 立て続けに起きる奇々怪々な現象に動転しかけるが、視界端に表示されているレーダーを見ると男の疑問が一気に氷解した。

 信じられない事だが、時速100キロも出れば十分な骨董品級の機動殻チハが400キロを軽く超えるフラッシュブーストを用いて短距離加速を行っているのだ。

 そして急加速の中で機動殻が通れるギリギリの幅しかないビルの隙間を通り抜け、隣の道路から男の機体に向けてその手に握るライフルを発砲した。

 区画整理がされているとは言え、乱立するビルの間を高速移動するだけでも神経をすり減らす作業だというのに、骨董品チハはビル同士の僅かな隙間から正確な射撃を行っている。

 その事実を瞬きの間に理解したが、納得など到底できない事態である。だがいくら納得出来ずとも相手は確かに存在しており、常識の当てはまらない存在だと認めざるを得ない。

 降って湧いたイレギュラーに歯軋りをするが、すぐさま僚機達に散開の指示を飛ばす。

 纏まっていれば格好の的である。

 通常の機動殻同士の戦闘では正しい判断であった。しかし骨董品チハとの戦いは、"通常戦闘"の域に収まる物では無かった。数秒前にそういう相手だと認識していたにも関わらず、男は判断を誤った。それは小さくない動揺が男にあった証だった。


 ビルの隙間からしか視認できない骨董品の位置を正確に把握する為、その場に居た革新派の全員が男の指摘でレーダーを頼りに反撃を開始する。最初は急加速と第三世代を遥かに凌ぐ移動速度に至近弾を出すのもやっとであった。

 だが乱立する建物によって機動殻が通れる道も制限され、進む先もある程度までなら予測できる。あとは骨董品チハの速度に慣れさえすれば、捉える事も不可能ではない。

 それに加えて碌に接近もしてこず、第三世代の装甲を撃ち抜けない口径の装備であると分かれば、混乱しかけていた頭を落ち着けるのには十分過ぎる。あと数分もしない内にあの訳の分からない相手を始末出来る。

 そう男は確信した。


《最初は面食らったが、大したことねーな》

《所詮は骨董品って所だろうな》

《ハハハッ! ちげーねー!》


 同じ様な思考経路を経たのだろう。戦闘用音声回線に敵を嘲笑う仲間の声が響いた、そんな時だった。


《……来るぞ》


 突然の襲撃から今まで一度も言葉を発さず、一切攻撃をしていなかった傭兵がボソリと呟いた。しかしそれをちゃんと聞き取れたのは指揮官の男だけだった。傭兵の言葉に背筋に悪寒が走った男は僚機に注意に促そうとしたが、言葉を放つよりも速く異変が起きる。

 まず、骨董品チハを捉えていたレーダーが大きく乱れる。

 次に遅れて外界を映していたバイザーの映像が僅かに歪み、耳に当てられた通信機のノイズ音に微かな頭痛を覚えていると、一切近づいて来なかった骨董品チハが、陣形の死角となる位置から現れる。

 そして一拍の間が空いた次の瞬間。







 耳障り極まりない金属音がジャーンシーの街中に轟いた。







 男達が骨董品チハの存在に気付いた時にはレーダーも映像も既に元通りになっていたが、復旧したレーダーには七つあるはずの味方の印が一つ減り、僚機の一つが前のめりに傾きつつあった。

 判定の消えた僚機の近くに居た別の僚機が咄嗟に骨董品チハに銃口を向けるが、弾丸が放たれるより早くあの異様なフラッシュブーストで側面に回り込まれる。

 そして骨董品チハの右腕が機動殻(B36A2)の胸を強かに叩く。


《ひっ──》


 仲間の悲鳴をかき消す大きく不愉快なノイズが通信を占拠する。

 男は仲間がもう一人()られたと判断して骨董品チハに銃口を向け、引き金を引く。


 ──Locked by S.F.F──


 だが機動殻は画面中央に文字を浮かべるだけで射撃を行わず、その隙に骨董品チハは狂っているとしか言えない急加速を持ってビルの陰へと姿を消した。


「クソッたれがぁああッ!!」


 男は機動殻の内壁を思いっきり叩き、自身の乗る機動殻に搭載されているOSに暴言を吐く。

 彼等の乗る機動殻を含む全ての第三世代機動殻の戦闘用OSには味方への誤射を防ぐためにソフト・ハード面に安全装置セーブティーが設けられている。

 例えば友軍判定を受けている人物・機体に火器を向けると安全装置が作動し、引き金が引けなくなる。平時であれば、気に成るような仕組みでは無い。

 だが、骨董品チハの搭乗者は死亡判定が出るまでの僅かな間に残っていた僚機の識別判定を利用し、まんまと周囲を囲まれた状態からなんのダメージも受けること無く抜け出したのだ。


「相手は紙装甲のオンボロ機体一機だ! 取り囲んで確実に捻り潰せッ!!」


 盛大な舌打ちをしつつ、復旧したレーダーを元に部下達へ指示を飛ばす。

 守りに徹していたから不意打ちを受けた。油断していたから部下が死んだ。そう結論づけた男はテンペストに向き直る。


「何でアイツが攻撃してくるって分かっていたのに攻撃しなかった?」

《何でも何も、“依頼主様”との契約は既に完了している。よってあの機体に対する戦闘行為は契約外のものであり、俺が関わる理由はない。いつもならアフターサービスのつもりで応戦したかもしれないが、アンタらに報酬の支払いを渋る素振りが見えたからやる気が起きなかった。だからもし俺をこの戦闘に参加させたいのであれば、報奨金をちゃんと支払った後に別口で報奨金を用意しろ。話しはそれからだ》

「テッメェ……」


 テンペストの物言いは癪に障る物であったが、残り物との契約ではこう言った対応が普通である。それにここで反抗して敵対してしまった場合、テンペストが僚機を潰し、好機と判断した骨董品が襲ってきて部隊は瞬く間に全滅してしまう事だろう。

 男は仲間がテンペストの言い分に反応して銃を向けようとしていたのを制して先へ行くように指示し、革新派の本部に通信を開いてテンペストへの報酬の支払いを急がせた。

 しかし事態を知らない本部の腰は重く、状況を一から説明している暇の無い男は新手への戦闘に参加させるための報酬も用意するように怒鳴りつけて一方的に通信を切る。


 男は積み重なる苛立ちで頭へ血が上るのを感じつつ、その感覚を鎮めようとはしなかった。身の内に滾る怒りを、溢れる憎しみを、あの可笑しなオンボロ機体に叩きつけて晴らそうとしたのだ。

 生き残った仲間に随時指示を飛ばし、自らも骨董品を狩る為に機動殻を動かす。

 報酬やこの事態に対する交渉が決まるまではテンペストが動く事は無いから戦力としては扱えない。だが同時に交渉が決裂するにしろ成功するにしろ相手側に回る事は無いとも判断した。

 だがその判断は誤りだった。冷静さを失ったが故に、重要な情報を見逃してしまっていた。


 視界隅に表示された"秘匿回線を傍受"の一文を。


 その短い一文に気付いてさえいれば、男の未来は少し変わったものに成っていたかもしれない。



 ここまで読んで頂き、ありがとうございます

 誤字・脱字・質問などがありましたらお気軽にお尋ねください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ