黒猫毛玉野郎
生肉でも置いたら音を立てて焼けてしまいそうなコンクリートからの照り返しで陽炎が立ち上っていた。そして上からはもちろん槍かと思うほどの直射日光が降り注いでいる。
「……」
スニーカーの底で足音を立てないように気をつけて抜き足差し足。
「…………」
黒い毛玉がこちらを振り向く前に捕まえたいところ。
「………………」
そういえばこんなに暑いのに毛皮なんて着てるなんて頭おかしいよな。
「にゃー!!」
「ぶふぇ!?」
おかしなことを考えてしまったせいで足元の石に気を配れなかった。ジャリ、とうっかり存在を主張してしまい黒猫がこちらに気付いてしまう。ちくしょう、何やってるんだオレは!そのまま驚いたのか馬鹿にしているのか分からないけど、ソイツはオレの顔を踏み台にして逃げていったんだ。
「待てこの毛玉野郎が!」
「柚樹殿、タマちゃんは女の子ですよお」
比較的涼しい木陰で応援しているのは彩乃だ。あいつ全然仕事する気ないだろ。その割にはやたらと報酬を狙っていたりするからあなどれない。
「メスでもムカつく野郎は野郎なの」
と、自分でも暑さの中で何を言っているのか分からなくなる。そういや岳彦はどこ行ったよと右へ左へ首を回せば、自動販売機で買った冷たいドリンクを抱えてこちらに向かってくるところだった。素晴らしい、ナイスフォロー。眼鏡小僧であってもそんなことは関係ない。岳彦の優しさときつい炭酸でつい涙腺が刺激されてしまった。
木陰の下でオレと彩乃と岳彦の3人がひとしきり休憩を終えると、それを待っていたのか毛玉野郎がこれみよがしに尻尾を揺らして挑発してきた。
「よし分かった。そんなに鬼ごっこしたいなら付き合ってやろうじゃないの」
ずっと涼しいところで休んでいるのかと思ったらやる気と元気が出たのか彩乃がファイティングポーズを取る。そしてしばし睨み合った。
「「!!」」
ほぼ同じタイミングで猫と人間が道を全速力で走っていく。部活が陸上部の彩乃は文芸部の岳彦よりも体力に自信があり、バドミントン部オレよりも足が速い恐ろしい女だった。その女にも劣らぬ素早い動きで、毛玉野郎はときおり余裕を見せながらも逃げていく。やるな、あいつ。
「もう、柚樹殿も岳彦殿も遅いでござるよお」
どう考えても彩乃が体力無尽蔵で瞬足なだけだろ。とてもじゃないがついていけな……いや、岳彦を置いていくわけにはいかないな。うん。そんな慈悲深いオレが後ろを振り向けば憐れな岳彦の残骸のみがそこに転がっていた。すまん。
そして、必死の逃走劇は日が落ちても続いていた。
あの毛玉野郎、鬼ごっこに飽きたのか次はかくれんぼを仕掛けてくる。白い街灯に照らされた道で生け垣や電柱の陰を覗き込むのに徐々に飽きてきた。
「なあ、これもう見つかんねえよ」
腹が空腹でさっきから鳴りっぱなしだ。民家から漂ってくる秋刀魚のいい匂いに飯テロというものを食らっている。次はハンバーグだ。さっさと見切りをつけて帰りたい。
「ええー、もう諦めちゃうの」
意外と粘り強いのは岳彦だ。何度も同じところを熱心に調べては、猫がいないのを確認すると次のポイントへ向かう。オレが音を上げてもしつこいくらいに捜索を続けていた。
「でもほんと、もうそろそろ帰らないとお母さん心配しちゃうから」
「そうだぞ。一度婆ちゃんのところへ戻ってみようぜ。」
名残惜しそうにこちらへ戻ってくる岳彦を連れてオレ達は駄菓子屋へ舞い戻るとした。
「猫が見つかったあああ!?」
オレ達が戻るなり婆ちゃんは安心したように笑顔になった。
「ええ、今は裏で遊んでもらってるのよ」
あれだけ探して追い掛けたのに全てが水の泡じゃないか。なんてことだ、手柄は誰が盗ったんだ!?
オレは婆ちゃんに頼んで家の裏にお邪魔させてもらった。この住宅街にしては大きな庭を走って縁側にたどり着くと、見覚えのある野郎が黒猫と戯れている。
「雅!」
オレは内心で舌打ちをした。このいけすかねえ奴に遅れを取るなんて!
「柚樹、今日も俺の勝ちな!」
オレ、彩乃、岳彦、そして今目の前にいるオレの次にイケメンな雅。みんな同じクラスで幼馴染。いつも一緒に勉強会とか、遊びに行ったりとか遊びに行ったりとか遊びに行ったりとかしてる。
「雅が今日来れないっていうから三人で探してたのに」
「塾帰りに見かけたんだけど何でかついてきちゃってね」
「な、ん、だ、と」
涼しい顔で言われちゃあ負けを認めるしかない。毛玉野郎は雅の膝の上で気持ち良さそうに撫でられている。オレは一層腹が立った。
「ま、まあ、助力に感謝する」
「うん、雅ありがとう!」
しかしまあオレは心が広いからそんなちっちゃいことでは動じないのさ。雅が結果を持ってきたとはいえオレ達だって頑張ったさ。はぁ、一日走り回って疲れた。明日は何をしようかな。