サプリメント
サプリメント
vitaminC、vitaminB1、vitaminB2、vitaminB6、vitaminE、カルシウム、マグネシウム、ナイアシン、パントテン酸、葉酸、亜鉛、銅、鉄、マンガン。
いつからだろう。
私がサプリメントばかり口にするようになったのは。
25階、一人きりのオフィス。引き出しのなかにはギッシリと白いボトル。
セレン、クロム、モリブデン。
それらを口にしたときにだけ、私はネクタイを緩めることができる。
クエン酸、リグナン、アスタキサンチン。
飲むものなどなんでもいいのだ。
飲んでいれば忘れられる。
私はふと窓の外の飛行機雲に気をとられる。見上げた私の骸骨のような姿がガラスに映る。
おもわず手で口を覆い膝をつく。
吐くものなどない。
水とカプセル以外には。
せりあがる吐き気を無理に飲み下し、なんとか立ち上がる。
こんな無様な姿を部下に見せるわけにはいかない。
無様。
自嘲で頬がひきつる。
今の私のどこに無様でないところがあるというのだ?
夏だった。
私は今年18回目の出張を終え、ボストンバッグを引きずるように自宅に向かっていた。ずいぶん早く帰れたのは幸いだと喜んでいた。
蝉の声が背中にのしかかってきた。
私の影ははるか後方。今しがた後にした、よく知りもしない街に置き忘れたように、地面はしらっ茶けていた。
門が、開いていた。
中途半端な門を押し開け足を踏み入れる。
違和感を感じた。
それは形をなさない、影すら生まない、微少な欠片のように、私の中にすべりこんだ。
いつもは向かない庭の方へ足が向いた。
庭に向かい大きく開いた窓の内側。
義弟と目があった。
義弟のからだの下には妻の姿があった。
二人は氷りついたように私を見ていた。
真夏の私を。
氷下の二人が。
気づいたときには、陽がくれていた。
私は泥だらけで、庭の土の上に座り込んでいた。そして思った。もう二度と肉は食えないだろうと。私の手には大量の血脂が残っていた。
βグルカン、ラクトバチルス、カフェイン、ビオテン。
水。
現在の私を構成するものたち。
あの日、あの夏の日、私が口にした肉に、脂に、血に、含まれていた成分を洗い流してしまえ。
カプセルに包まれた栄養素は私を安心させる。
水。
vitaminK、vitaminP、イノシトール。
私の身を永らえさせる。
ガラス窓に手をつき、飛行機雲を見上げる。
ああ、あの高みへどこまでも飛んでいけたなら。
ガラスに総身をもたせかける。
ああ、いま、このガラスがくだけたなら。
水。
イミタゾール、ヘスペリジン、トコトリエノール。
カプセル。
大量のカプセル。
私は浅ましく命を繋ぐ。
水。
クロム、セレン、モリブデン、ラクチュロース。
私はもう、肉は食えない。