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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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サプリメント

サプリメント

vitaminC、vitaminB1、vitaminB2、vitaminB6、vitaminE、カルシウム、マグネシウム、ナイアシン、パントテン酸、葉酸、亜鉛、銅、鉄、マンガン。


いつからだろう。

私がサプリメントばかり口にするようになったのは。


25階、一人きりのオフィス。引き出しのなかにはギッシリと白いボトル。


セレン、クロム、モリブデン。


それらを口にしたときにだけ、私はネクタイを緩めることができる。


クエン酸、リグナン、アスタキサンチン。


飲むものなどなんでもいいのだ。

飲んでいれば忘れられる。


私はふと窓の外の飛行機雲に気をとられる。見上げた私の骸骨のような姿がガラスに映る。

おもわず手で口を覆い膝をつく。

吐くものなどない。

水とカプセル以外には。


せりあがる吐き気を無理に飲み下し、なんとか立ち上がる。

こんな無様な姿を部下に見せるわけにはいかない。


無様。

自嘲で頬がひきつる。

今の私のどこに無様でないところがあるというのだ?






夏だった。

私は今年18回目の出張を終え、ボストンバッグを引きずるように自宅に向かっていた。ずいぶん早く帰れたのは幸いだと喜んでいた。

蝉の声が背中にのしかかってきた。

私の影ははるか後方。今しがた後にした、よく知りもしない街に置き忘れたように、地面はしらっ茶けていた。


門が、開いていた。

中途半端な門を押し開け足を踏み入れる。


違和感を感じた。

それは形をなさない、影すら生まない、微少な欠片のように、私の中にすべりこんだ。

いつもは向かない庭の方へ足が向いた。


庭に向かい大きく開いた窓の内側。

義弟と目があった。

義弟のからだの下には妻の姿があった。

二人は氷りついたように私を見ていた。

真夏の私を。

氷下の二人が。


気づいたときには、陽がくれていた。

私は泥だらけで、庭の土の上に座り込んでいた。そして思った。もう二度と肉は食えないだろうと。私の手には大量の血脂が残っていた。




βグルカン、ラクトバチルス、カフェイン、ビオテン。

水。

現在の私を構成するものたち。

あの日、あの夏の日、私が口にした肉に、脂に、血に、含まれていた成分を洗い流してしまえ。

カプセルに包まれた栄養素は私を安心させる。

水。

vitaminK、vitaminP、イノシトール。

私の身を永らえさせる。


ガラス窓に手をつき、飛行機雲を見上げる。

ああ、あの高みへどこまでも飛んでいけたなら。

ガラスに総身をもたせかける。

ああ、いま、このガラスがくだけたなら。

水。

イミタゾール、ヘスペリジン、トコトリエノール。

カプセル。

大量のカプセル。

私は浅ましく命を繋ぐ。

水。

クロム、セレン、モリブデン、ラクチュロース。


私はもう、肉は食えない。

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