公開実験。もし前作「ふわふわり」がＢＬだったなら？
公開実験もし前作「ふわふわり」がＢＬだったなら？
牧場の柵は思った以上に高かった。
そこに背をもたせかけ、義明はぷかりとタバコのケムリを吐き出した。ケムリはひつじみたいな形になって、鉛色の空に消える。雪が降りそうだった。
「ひつじはいいな」
義明は独り言みたいにしゃべる。俺は聞いているやらいないやらという風を装う。ひつじはいい、なんて言うわりに義明は柵の中を見ようとしない。俺は義明を見ようとしない。
ひつじたちは、そのもこもこの毛皮だけでは足りないのか、たがいにくっつきあって暖まっている。ように見える。実際ひつじが何を考えて寄り集まっているかなんて、ひつじだって知らないのだろう。俺と義明がここにいる理由が、俺にはわからないみたいに。
「ひつじはいいな」
義明は今度ははっきり俺に向かって喋った。
「どこが？」
俺は顔を上げず、さも興味なさげに答える。ひつじが一頭、もこもこから離れて草を食みだした。
「暖かそうじゃないか」
「見た目だけかもよ」
「ウールのセーターは暖かいじゃないか」
「でもコートなしじゃ、今ごろは無理だろ」
義明は笑って携帯灰皿に吸い殻を落とす。義明のコートは暖かくヤツの体を包む。そうして柵にもたれて、ため息をつく。義明の息はひつじみたいにもこもことふくらんで空に消えた。
義明は柵の中を見ない。柵にもたれた俺を見ない。
義明は俺を好きだと言った。俺はそんなことちっとも知らなかった。中学で出会ってから１２年、義明は片想い続けたのだという。俺は１２年に相当するような言葉をもたなくて、俺たちは牧場に来た。理由はわからない。義明が突然俺に告白した理由が、俺にはわからないように。
「ひつじ、好きなの？」
なんとなく聞いてみる。
「どうだろ、わからないな」
義明が答える。俺の言葉も義明の言葉も、もこもこして空に消えた。二頭のひつじみたいに。
柵の向こう、ひつじたちがバラバラと移動し始めた。空をあおぐと雲にポッカリ穴が開いて、そこから暖かな陽光が牧草地の一部を照らしている。ひつじたちはそのわずかな日向を目ざとく見つけて移動したようだ。
陽光を受けてひつじたちの白い毛がキラキラ光る。目に眩しい白。空に消えない白。
「ひつじはいいよな」
俺は呟く。義明は聞こえたか聞こえなかったかわからぬ風で、黙って空を見上げた。
「もこもこ暖かそうで」
「高也の頭ももこもこだ」
義明は俺の頭を撫でる。ゆっくりと慈しむように。１２年分の思いを込めるように。
「それを言うなら、義明だって」
俺は義明が着ているもこもこのセーターを引っ張る。義明の動きがピタリと止まる。俺はゆっくりと義明を見上げる。ゆっくりといたわるように。そうしてもこもこの頭でもこもこのセーターに寄り添っていると、ひつじの群れに混ざった気になる。
「めぇ」
俺は鳴いてみる。
「……めぇ」
義明も鳴く。
二人分の「めぇ」はふわりと空に消える。二つならんでふわりふわりと。
「めぇ」
俺は立ち上がって鳴いて、義明を振り返る。
「いこう。陽のあたるところへ」
「……ああ」
俺たちは歩き出す。二人ならんで空を見上げて歩く。俺は俺たちがこれからどうなるか知らない。冬の空に消えていくのかも知れない。
けれど俺は知っている。俺のなかに降ってきた義明の言葉は、陽にさらされても消えやしない。
俺たちはよりそって陽のあたるところを探す。真っ白に輝くひつじのように。
俺はもう一度「めぇ」と鳴いた。
義明は、ふ、と笑うと俺の頭をぽんと撫でた。
