るそんからきた魔女
るそんからきた魔女
ある夜、透の窓から魔女が入ってきて言った。
「お前の命はあと一週間だよ。呪いをかけたからね」
寝床に横になっていた透は、首だけを巡らせ魔女を見た。
先が尖ったいかにも魔女らしい靴を履いている。
それを認めると、透はまたごろんと横たわった。
透の四角の部屋は閉めきられ、風も吹かない。透は寝るともなく起きるともなく横たわっている。
「お前の命はあと六日だよ。呪いが効いてるんだ」
透の耳元で魔女が囁く。透は目を開けて魔女の姿を見る。
真っ黒のいかにも魔女らしい服を着ている。
それだけを認めると、透はまたごろんと横たわった。
透の髭はもじゃもじゃと絡まっている。
「お前の命はあと五日だよ。そわそわしてきたんじゃないのかい?」
透の目をこじ開け魔女が言う。
透はもう片方の目を開けて魔女を見た。
広いつばのある三角のいかにも魔女らしい帽子をかぶっている。
それだけを認めると、透はまた両目を瞑った。
透の脚は細く衰え、ただ投げ出されている。
「お前の命はあと四日だよ。そろそろ諦めがついたかい?」
魔女が透の耳を引っ張りながら言う。
透は耳をすませる。
キシキシときしむようないかにも魔女らしい声がする。
それだけを認めると、透はまた意識を閉ざす。
透の手は体の脇に投げ出され、なにも掴まない。
「お前の命はあと三日だよ。泣き喚きたくなったかい」
透の顎をつかみ魔女が言う。
透は鼻を鳴らしにおいを嗅ぐ。
薬草のようないかにも魔女らしいにおいがした。
それだけを認めると、透は口を閉じた。
「お前の命はあと二日だよ。なぜお前は飛び起きない? 逃げ出さない? 過去を見ない? 話を聞かない? 助けを呼ばない?」
魔女が透の胸を叩く。
透は胸を触ってみる。
ひんやりと氷を押し付けられたような不快ないかにも魔女がさわったらしいアザができていた。
透はそれだけを認めると、静かに手を下ろした。
「お前の命は明日で終わりだよ。なぜ動かない?」
魔女が透の影を切り裂く。
透は灯りをともし自分を見下ろす。
影はばらばらに千切れいかにも魔女の呪いらしい恐ろしげな形になっている。
透はそれだけを認めると、灯りを消した。
「お前の命は今日で終わりだと言うのに、お前は命乞いもしない。慌てない。叫ばない。ちっとも面白くない。」
透は起き上がり、魔女を抱きしめた。
いかにも魔女らしくない美しい顔立ちに朱が走りいっそ映えた。
透はそれだけを認めると、寝床に横になり、足を伸ばし、手を胸の上でくみ、静かに目を閉じた。
魔女は身をよじり地団太を踏んだ。
「お前のすべてはちっとも面白くない。面白くない。やめだ、やめだ。お前のことなど知るものか」
窓から魔女が出ていった。
透は片目を開けて窓を見上げた。
開け放した窓から濃紺の空にうかんだ月が見えいかにも魔女がほうきで飛ぶのにふさわしい夜だった。
透はそれだけを認めると、死を待って耳をすませた。
気づけば、鳥のさえずりが聞こえていた。
目を開くと、部屋は明るい陽光に包まれている。
首をあげると頭がついており、手を伸ばせば指が動き、足を曲げれば体は立った。
それだけを認めると、透は部屋を横切り、髭をそり、痩せ細った足に靴を履き、部屋を振り返った。
そこにはなにもなく。いかにも魔女がいたらしい痕跡はなにもなく。
透は扉を開き外へ出た。
月へ向かって。
魔女を追って。
 




