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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ゆりかご

ゆりかご

女一人で、どこの店にも入れるようになって、10年はたつ。


ラーメン屋、バー、居酒屋。


昔は独り呑みなんて考えられなかった。


ところが、独身、彼氏なし、キャリアだけが積みあがるアラフォー女になると、友達は皆、子持ちの主婦。


プライベートの時間まで会社の人間の顔を見たくはない。


必然的に、独りに慣れてしまった。


今日も、始めての居酒屋に、ぶらりと入る。


行きつけは作らない。


なんだかんだと世間話などしたくないからだ。


「いらっしゃい!」


のれんをくぐると、若い女が声をかける。


黙ってカウンターに座り


「生」


と注文する。


「はい、生いっちょう!」


カウンターの中は男が一人で切り盛りしているようだ。


夫婦だろう。


ぴったりと息が合っている。


「お通しです。どうぞ」


生ビールと一緒に、小鉢が出てくる。


ぐいっと生ビールを飲み、煮物に箸をつける。


おいしい。


ひさびさに「家庭の味」を食べた気がする。


メニューを探すと、鯛の荒炊きがある。


「荒炊き、と熱燗、ください」


「はい!荒炊きいっちょう!」


元気良く答えると、女もカウンター内に入って行った。どうやら燗付けは女房の担当らしい。


ふと、視線を感じ店の奥、座敷を見ると、2、3歳くらいの子供が顔をのぞかせている。


目が会うと、にこおっと笑う。


他に客はいないから、この店の子供だろう。


客商売の家の子らしく、人見知りしないようだ。


ビールを飲みつつ、ぼんやりと子供を見る。


子供は手に持った丸い筒を差し出してくる。


「貸してくれるの?」


聞くと、にこにことうなずく。


席を立ち、子供から筒を受け取る。


万華鏡だ。


光にすかして覗いてみる。


キラキラしたビーズや銀紙が花畑のように広がる。


くるくる回すと、くるくると違う顔を見せる。


「あらあら、あそんでもらって、すみませんね。ゆうちゃん、一人で遊ぼうね」


振り返ると、女が盆に熱燗と鯛の荒炊きを載せてやってきていた。


万華鏡を子供に返す。


「ありがとう。きれいね」


子供はまた、にこおっと笑うと、部屋の隅においてあるクッションに座って、一人、万華鏡を覗きだした。


「かわいいお子さんですね」


席に戻りつつ、なんとなく女に話しかけてみた。


「ありがとうございます。愛想だけはよくって。うちの営業部長なんですよ」


ふ、と笑いがこみあげる。


「営業部長ですか。お早い出世ですね」


「そうなんです、稼ぎ頭で。あの子に会いにきてくださるお客様もいるくらいで」


「いつも、お店にいるんですか?」


「はい。ここで晩御飯食べさせて、いつも寝ちゃいますね。


 店があの子のゆりかごみたいなもんです。


 あら、冷めちゃいますね、ごめんなさい。どうぞごゆっくり」


女は気を利かせカウンターの中に戻る。


荒炊きも、しっかり、おいしい。


仕事に追われて料理をしなくなって、どれくらいたつだろう?


たまには早く帰って台所に立つのもいいかもしれない。


まあ、こんなに美味しいものは作れないだろうけど。


お腹がくちくなり、ほろ酔い加減で帰り仕度をしているときに、もう一度、子供の顔を見ておきたくなった。


座敷を覗き込むと、子供はクッションに埋もれて、すやすやと眠っている。


そばに落ちている万華鏡を見て、ふとあの時、産まなかった子のことを思った。


あの時、産んでいたら、違う顔をした私がいたのだろう。


「また来ます」


そう言って、店を出る。


この店はゆりかご。


選ばなかった私の幸せを、きっと、眠らせてくれる。


「ありがとうございました! またお待ちしてます!」


元気な声に送られて、一人、家路についた。

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