HOLIC!!
HOLIC!!
「ヤツだ! ヤツをくれ!!」
テーブルから薬と水のはいったコップを叩き落し、父が叫ぶ。
「だめよ! お父さん! お医者様から止められてるでしょう!? お願いだから、お薬を飲んで」
「佳代お、たのむよお、父さん、ヤツがないとダメなんだよお。苦しいんだよお」
「だめよ! お父さんのためなの!」
「な、たのむよ。これっきり、これで最後にするから! 最後に一回だけヤツをくれよお……そしたら、きっぱり止める。な、たのむよお……」
「もう……お父さん……」
父が同じ事を言うのは5回目だ。涙ながらにうったえる。その真剣な眼差しをみると、つい、いけないと分かっていても「ヤツ」を手渡してしまう。
ほんとうに、これで最後にしてくれるはず……。今度こそ、ほんとうのはず……。そう思って。
しかし、いつも、父は裏切った。一度きりでは済まないのだ。そのたびに病院へかつぎこまれ、医師に叱られ、父自身も反省したかに見える。それで佳代は安心してしまい、つい、「ヤツ」を手渡す。今度こそ、大丈夫、と思いながら……。
だが、父は何度でも「ヤツ」をむさぼるように摂取し続ける。そして、禁止されると「今度は大丈夫。絶対、止める」と言う。
本人も、その時は、本気なのだ。本気で止める。止めなければ、とわかっているし、決断している。
しかし、その決意を簡単に忘れさせる効能自体が、依存症の本態だと、佳代も父も気付いていない。
「佳代、お父さん。ただいま」
大きなトランクを抱えて母が帰ってきた。
「母さん、佳代がひどいんだよお。いじわるしてヤツをくれないんだあ」
「まあまあ。かわいそうに。ほら、これでしょ? どうぞ」
南米帰りの母は、トランクから小さな紙包みを取り出し、父に渡す。
「おかあさん!? だめよ!」
佳代が止めようと手を伸ばしたが、父は信じられない素早さで母の手から包みをもぎ取ると、包みをとくのももどかしく、「ヤツ」を口に放り込む。
「なんてことするの、おかあさん! せっかく、一週間、チョコレート断ちできていたのに……。また、お父さんの血糖値、あがっちゃうじゃない!」
佳代はバタバタとインシュリン注射の準備をしながら叫ぶ。
「大丈夫よ、佳代。何のために、母さんが遠路はるばる南米まで行ったと思ってるの?
これは、カカオ100パーセントのチョコレートなの。脂肪分も糖分も低い、健康食品よ」
「えっ……。じゃあ、これ、血糖値は……」
「栄養価はあるから、少しはあがるでしょうけど、低GI食品なの。少しの量なら、毎日食べても問題ない。むしろ、高濃度のポリフェノールで中性脂肪がさがるわ」
「すごい……そんなものが……。でも、南米でしか手に入らないんじゃ、またすぐ、禁断症状が……」
「向こうの農家と直接契約して、個人的に送ってくれるよう、頼んであるわ」
「じゃあ、じゃあ、もう、お父さんは……」
「ええ、そう。チョコレートをガマンしなくていいのよ」
父は、むさぼり食っていた包みから顔をあげ、恍惚とした表情で言う。
「母さん、ありがとうなあ。オレのチョコレート中毒のせいで……、いや、そもそも糖尿病になっちまったせいで、苦労かけるなあ」
「なに言ってるんですか。家族じゃない。助け合わなきゃ」
「お父さん、お母さん……。私、二人の子供でよかった!!」
涙ぐみながら微笑みあい、三人は仲良く手を取り合ったとさ。
この話はフィクションです。
チョコレートに上記のような効能があるのかどうかは不明です。
ご使用の際は用量用法を守って、適量をどうぞ。