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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ぼくのお父さん

ぼくのお父さん

 ぼくのお父さんは俳優です。テレビや映画に出ています。でも、友達はみんなお父さんをテレビで見たことがないと言います。それは仕方ないです。

 お父さんは時代劇にしか出ないのです。しかも主人公に切られる「切られ専門の大部屋役者」だそうです。ぼくはお父さんの仕事があまり好きではありません。

 ある日、仕事から帰ってきたお父さんがうれしそうに言いました。

「翔、今度の時代劇な、セリフがもらえたぞ」

 近所の人からコワイと言われる顔が、ピカピカの笑顔になっていました。お父さんがよろこんでいるのがぼくにもうれしくて、ぼくも笑いました。

「どんなセリフ?」

 ぼくが聞くと、お父さんは途端に俳優の時のコワイ顔になりました。

「覚えてろよ!」

 そうして、『どうだ?』というふうにぼくのほうを見ました。

「うん、……かっこいい」

 自信満々なお父さんに本当の気持ちが言えなくて、ぼくはウソをつきました。本当は、あんまりかっこよくないって思ったんです。

 お父さんはぼくのウソに気づかなかったみたいで、きげんよく鼻歌を歌っていました。


 学校で、友達にからかわれることがありました。

「おまえのお父さんは演技がヘタだからテレビに映してもらえないんだろ」

 そう言われた時、ぼくはすぐに反論できませんでした。だってお父さんはいつも背中向きでばったりと倒れるだけだったからです。

「そんなこと、ない……」

 ぼくはまたウソをつきました。

 お父さんは家で何度も何度もセリフの練習をしました。

「覚えてろよ!」

「おぼえてろよ!」

「覚えてろよ……」

「おっ、覚えてろよ!」

 いろんな言い方で繰り返しても、結局セリフは一つしかないのです。

「お父さん、少し休憩したら?」

 お母さんがそう言っても、お父さんはやめませんでした。

「もう少しで何かが掴めそうなんだ」

 お父さんは夜遅くまで練習を続けていましたが、ぼくは途中で寝るように言われて最後まで見ることができませんでした。

 翌日、時代劇の撮影が終わって帰ってきたお父さんは、ぐったりと疲れていてすぐに寝てしまいました。撮影がうまくいかなかったのかな。ぼくは聞くのが恐くて、それから何日もお父さんとまともに話せませんでした。


 時代劇が放送される日、ぼくは憂鬱な気持ちでテレビの前にいました。時代劇が始まって十五分。いつもはラスト近くにならないと出てこないお父さんが出てきました。ぼくはびっくりして目を丸くしました。

 お父さんは町娘をさらおうとする悪者の一人でした。きたない着物を着てコワイ顔をしていました。町娘が叫ぶと、正義の味方のサムライがやってきて、お父さんたちをコテンパンにやっつけました。

「お、おぼえてろよ!」

 お父さんは甲高い声で叫ぶと、悪者たちと竹やぶの中に走っていきました。逃げるお父さんはとってもかっこ悪くて、とってもなさけなくって、とってもみじめでした。ぼくは時代劇を見るのがつらくなって台所に行きました。ゆっくりジュースを飲み干してからテレビの前に戻りました。

 時代劇があと十五分で終わるというころで、もう一度お父さんが出てきました。悪者の親玉の後に続いて正義のサムライの前に立ちはだかりました。今度は大勢の仲間と一緒だからか、余裕の表情でニヤニヤしています。とっても意地が悪そうです。

 親玉が「やれ」と言うと、お父さんたちは短い刀をかまえてサムライに切りかかりました。サムライはひらりとかわして、悪者を紙切れみたいに切っていきます。お父さんが切られるのはいつも見なれているのに、今日はなぜか見たくなくて目をそらしました。

「このやろう!」

 お父さんの声がテレビから聞こえておどろいて目を戻しました。お父さんは両手でかまえた刀を振りあげてサムライに切りかかりました。サムライはお父さんを、たった一人、お父さんだけを見つめて、真正面からバッサリと切りました。お父さんは断末魔の悲鳴を上げて苦しそうに倒れました。本当に死んでしまったのじゃないかと心配になるほど、お父さんの演技は上手でした。

 ぼくはお父さんが生きていることを確かめようと並んでテレビを見ているお父さんの手をぎゅっと握りました。あたたかくて大きな手がしっかりとぼくの手をにぎり返してくれました。その手には刀の稽古でできた豆がいくつもあって、かたくて、痛そうで、そして、たのもしかったのです。

 スタッフロールにお父さんの名前がちゃんと出たことを確認して、テレビを消しました。

「どうだ、お父さん、カッコよかったろう」

 ぼくはお父さんの手をもう一度握りしめました。

「すっごく、かっこよかった」

 心の底から言った僕のセリフに、お父さんは「おぼえてろよ」と時代劇のセリフを繰り返してみせました。ぼくはしっかりとうなずいて、お父さんのセリフを胸にきざみました。

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