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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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自由の水

自由の水

 マナラが棒きれを振り回していて水瓶を割ってしまってから、水汲みには鍋を使うようになった。水汲みは長男のマナラの仕事だ。毎朝、家の大瓶をいっぱいにしなければならない。しかし、小さな鍋では井戸と家の間を何往復もせねばならず、マナラは小学校に時間通りに行けなくなった。


 先生に事情は話したが、それでも良い顔はされない。学校に行きづらくなって、とうとうマナラは学校を休んだ。


 勝手に休んだと知れたら叱られるので、両親が働いている畑とは反対の、駅の方向に歩いていった。


 駅前の大きな通りには商店が何軒も並んでいる。白い壁の四角い建物にテントを立て掛けて色々なものを売っている。壺を売る店には、もちろん水瓶もある。けれどマナラの家にはお金がない。立派な水瓶を横目で見ながら通りすぎた。


 駅の階段にすわっていようと思っていたのだが、人垣ができていて階段に近づけない。何かあったんだろうか。好奇心が湧いてマナラは大人たちの足の間をくぐって人垣の中央に顔を出した。


 そこには肌が白くて目が青い男の人が立っていた。始めてみる外国の人に驚いてマナラの動きが止まった。男の人は村の人に取り囲まれ、てんでに話しかけられ困った顔で笑っている。言葉が分からないんだ、英語は話せるかな? マナラは小学校で教わった英語で話しかけた。


「Hello」


 男の人はパッと笑顔になって、すごい早口でマナラに何かうったえだした。その勢いに驚いたマナラは人垣の中に隠れた。外国の人は村人を押し退けてマナラのそばにしゃがみこんだ。


「Water」


 コップで水を飲むジェスチャーをしながら男性が言った言葉はマナラにも分かった。マナラは小走りにハチノキの方へ向かう。振り返って手招くと男性はマナラの後についてきた。その後ろに村人が続き、ちょっとした行進になった。


 歩きながら男性とマナラは自己紹介を交わした。男性はケインと名乗った。旅行の目的を何やら話したがマナラの知らない単語ばかりだった。

 ハチノキについた頃には二人はすっかり打ち解けていた。マナラはハチノキのそばの井戸で水を汲んでやった。ケインは水筒に水を入れると財布を取り出した。何をしているのかと見ていたマナラの手に硬貨を握らせた。それは両親が一週間かかって稼ぐ金額だった。

 マナラが驚いて手を引っ込め、落ちた硬貨をケインが拾ってまた渡そうとする。マナラは両手を背中に隠して首を振る。しばらく二人はそうしていたが、ケインが膝をついてマナラと目線を合わせた。硬貨と水筒を交互に指差してみせてから、またマナラに硬貨を差し出した。

 なんのことだか分からずにいると、一部始終を見ていた村人が、水の代金のつもりだろう、と言った。

 水の代金? マナラは意味が分からずにぽかんと口を開けた。外国では水は金を出して買うらしい、村人はさらに続けた。薪も土地も灯りも買うらしい。


 信じられないと驚いているマナラを見て、ケインは少しためらってから硬貨をポケットにしまった。


 マナラは井戸の脇に置いてある大きなタライに水をあふれるほどに汲んだ。


「for you」


 ケインの手を引いてタライのそばに連れていく。ケインはマナラとタライを交互に見てから、水に手を入れ顔を洗った。マナラはタライにどんどん水を継ぎ足し、ケインが笑い出して手を振って断るまで水をあふれさせ続けた。


 見物していた村人たちが笑いながらてんでに去り、また新しい村人がやってきてケインを見物していく。

 その中に両親の顔を見つけてマナラは走って逃げ出した。置いていかれたケインが遠く叫んだ。


「Thank You! Water!」


「It's free!」


 マナラは走りながら叫び返した。

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