イイね! ボタン新設委員会
イイね! ボタン新設委員会
「弘毅くん、まだイイね! ボタンついてないじゃない」
登校中、後ろから俺の頭をはたきながら香織があきれたような声をあげた。
「いってぇな、やめろよ。それと俺はイイね! ボタンなんかいらねえんだよ」
「なに言ってるのよ、知らないの?」
「なにが」
「今日からイイね! ボタン新設委員会の活動が始まるんだから」
「なに、その委員会」
香織はまじまじと俺の顔を見つめた。
「本当に知らないの? ここのところ毎日、ホームルームでお知らせされてたじゃない」
「知らね。いつも寝てるから」
「あきれた。まあ、いいわ。とにかく、イイね! ボタンを付けなくちゃ。校則違反したらイエローカードだよ」
「校則違反ー? イイね! ボタン付けるかどうかなんて個人の自由だろ」
香織はますますあきれた、といった顔をして俺の後頭部からぐいぐいとイイね! ボタンを引っ張り出そうとしてきた。
「やめろ! 俺はイイね! で埋め尽くされるなんて、まっぴらなんだよ!」
「そういう利己的な主張をするやつがいるから、イイね! が義務になるのよ。人間関係が希薄な時代なんだから、少しでもみんなと繋がらなきゃ」
「繋がったって、結局、うわっつらのイイね! 合戦じゃねえか」
「そんなことない……、あ! ほら、イイね! 新設委員会が立ってる!」
香織が校門のそばに立つ二人の生徒を指差した。二人とも学ランの左腕に腕章をつけている。そこにご丁寧にも『イイね! ボタン新設委員会』と黒々と書いてある。
俺は後頭部を二人に見られないように体を斜めにしながら門をくぐろうとした。
「そこの君」
静かな、しかし威厳のある声でイイね! ボタン新設委員会の委員が俺の足を止めた。ダッシュで切り抜ける……なんて一瞬思ったが、そんなことしたら確実にレッドカードだ。あきらめて委員の方に顔を向ける。
「ちょっと後ろを向いてくれたまえ」
く・れ・た・ま・え! だと。化石のような言葉のチョイスに俺の眉間にシワが寄る。
「聞こえなかったかい?」
耳はいい方だと示すために後ろを向いた。委員は俺の後頭部の髪をばさばさと掻き分けた。
「君、イイね! ボタンをつけ忘れているよ」
優しげに、わざとらしく、作り笑いでそう言うヤツをにらみつける。
「忘れてるんじゃねえよ、つけてないんだよ」
「それは校則違反だよ。今すぐイイね! ボタンをつけたら、イエローカードは免除しよう」
「なんであんたがイエローカードを云々できるんだよ」
「イイね! ボタン新設委員会は校則違反の罰則管理も任されているからね」
「はあ!? そんなの教師の職分じゃねえか!」
「先生方は授業だけでも大変だからね。私たちは助力を惜しまないだけさ。さあ、お喋りはもういいだろう。イイね! ボタンをつけてもらうよ」
ヤツらは二人がかりで俺を押さえつけた。俺はなんとか逃げようともがいたが、委員達は軽々と俺の腕を拘束する。後頭部に委員の手がかかる。
「やめろー!」
俺の叫びはむなしく響いて消えた。
−−−−−−−−−
「弘毅くん、おはよ」
香織が俺のイイね! ボタンをポンと押す。香織のタイムラインに俺の顔が現れる。
「はよ」
俺も香織のイイね! ボタンを押す。俺のタイムラインに香織の顔が表示される。
「あ、弘毅くん、ミカサちゃんと会ったんだ……」
「ああ。昨日な」
「一緒にカラオケ行ったんだ……」
「なんだよ、お前も行きたかったのか?」
「ううん、そういうんじゃないの。あ……」
俺のタイムラインにミカサのコメントを見つけた香織が黙りこんだ。
「なんだよ、急に静かになって」
「弘毅くんがイイね! ボタンを嫌がっていた気持ち、ちょっと分かるな」
「そうか? 俺はイイね! ボタン付けて良かったけどな。楽しいよ、これ」
香織はじっと俺の目を見た。なんだか泣きだしそうだ。
「なんだよ、どうしたんだよ」
「なんでもないの!」
言うと香織は俺のイイね! ボタンを連打した。香織のタイムラインが俺の顔で埋め尽くされても香織は手を止めなかった。