わりばしのきもち
わりばしのきもち
小学生のころから、おまじないが大好きだった。毎号、少女漫画雑誌に載っていた月代わりのおまじないを必ずためした。
『テストで良い点数がとれるおまじない』
『なくしたものが見つかるおまじない』
そして『好きな人に思いが届くおまじない』。
小学生時代の私にとって、誰かを好きになるという気持ちはよく分からなくて、クラスで一番かっこよかった桜井くんに憧れていたくらいだった。隣の席になったらドキドキして、授業中、ちっとも集中できなかった。
だからもちろん、思いが伝わるおまじないをためした。
『好きな人の名前を緑色のペンで消ゴムに書きましょう。誰にも見つからずに消ゴムを使い終わったら、気持ちが伝わります』
早速、文房具店に走って新しい消ゴムと緑色のペンを買った。消ゴムをケースから出して桜井くんの名前を書いた。水性ペンで少しにじんだけど気にしないことにした。
桜井くんの名前を書き終えた消ゴムを両手で包んで胸に抱いた。目をつぶるとなんだか消ゴムがほわりと温かな気がして、きっとおまじないは効果があるに違いないと思えた。あの頃はなんの根拠もなく、信じていられた。のんきな時代だったものだ。
私は消ゴムを大事に大事に筆箱にしまって、たくさんたくさん文字を消した。消さなくてもいいところまで消して書き直すからノートが削れて、部分的に薄くなった。やぶれてしまったこともある。けれど早く、早く、消ゴムを使い終わりたくて、早くおまじないが効くように、文字を消していた。
「なあ、消ゴム貸して」
算数の時間、とつぜん桜井くんに話しかけられて、びくっと肩がふるえた。
「忘れてきた」
私はあわてて消ゴムに手を伸ばしたけれど、ふと止まった。もし緑色の文字を見られたら……。思いが伝わりすぎて、きっと引かれる!
ちらりと隣を見ると桜井くんがじっと私を見つめていて、その視線から目をそらせなくて、手を引っ込めることができなくなった。
半分くらいまでチビた消ゴムをできるだけケースの奥に押し込むようにして桜井くんに渡した。桜井くんは文字を消していたけれど、ケースがじゃまだったようで消ゴムをケースから引っ張り出した。
私のバカ! なんで消ゴムを押し込んだりしたの!
心のなかで叫びながら、桜井くんの手元から目が離せない。桜井くんは使い終わった消ゴムをちらりと見てから、ケースに戻して私に返した。
「ありがと」
ぽかんと口が開いたまましまらなかった。桜井くんは私のアホ顔を不思議そうに眺めてから教科書に視線を戻した。
授業が終わって桜井くんが席を立ったすきに、消ゴムをケースからだして、こっそり見てみた。緑色の文字はにじんで、もう何が書いてあるかちっとも分からない。私はほっと胸をなでおろした。
おまじないが消えてしまったガッカリよりも、桜井くんに思いを知られるという恥ずかしさから逃れられた嬉しさの方が大きかった。
私は片想いを叶えるおまじないに手を出すのをやめた。一時的に。
中学生になったころにはまた懲りもせず、種々雑多なおまじないを試していった。あいかわらず効いてるやらどうやら分からないのに、おまじないを実行するだけで楽しかったのだ。
その頃の私の思い人は美術の園田先生。色白で長身で爽やかで女子からの人気が高かった。クラスの女子がファンクラブでも作りそうな勢いだった。
放課後の教室でファンが集って語り合うこともしばしばあった。そんな時にわりばしを差し出したのは高石さんだった。
「わりばし占いをしよう」
何人かの女子はその占いを知っているようで、すぐにわりばしを受け取った。知らない子たちはいぶかしげに、その様子を見ていた。
「わりばしに名前を書くの。右側に自分の、左側に好きな人の。そんで割ったときにぴったり真ん中で割れてたら両思いになれるの」
私たちはみんな左側に園田先生の名前を書いて、いっせいに割った。
パン! と小気味良い音が響いた。両手の中に一本ずつつかんだわりばしを見て、私は呆然となった。
わりばしの左側は真ん中あたりでボッキリ折れて園田先生の名前が真っ二つになっていた。
「ああ……、片想いだね」
高石さんが寂しそうにつぶやいた。かなり同情してくれたらしい。
クラスの女子の中に両思いになれるという結果が出た子はいなかった。
その占いは当たったようで、園田先生は英語の渡里先生と結婚してしまった。
大人になっておまじないをすることはなくなった。でも今でもわりばしを割る時には園田先生のことを思い出すし、消ゴムをケースから引っ張り出すときには桜井くんを思い出す。
それだけ強いきもちでおまじないをしていたんだと思うと、幼かった自分をいじらしく感じる。
今、あんなに懸命になにかを願うことはなくなってしまった。寂しい気もする。しかし大人になって得てきたものの多さにめまいがしそうにもなる。
欲しくて欲しくて、でも手に入らないもの。それでもいつか叶うと信じてた。
たくさんたくさんあったのに、みんなどこかに忘れてきた。
あの夢や欲望を懐かしく思う。
だけど。
無心に割ればわりばしはきれいに真っ二つに割れるのだと知ったのも、緑色の油性ペンがあると知ったのも、無欲では手に入らなかったもので。
おまじないはもうしないけれど、あの頃の熱を思いだそう。願い、うばい、手に入れるあの貪欲さを思いだそう。
わりばしがきれいに半分に割れるまで何本でも割り続けよう。
きっと世界を輝かせてくれるから。




