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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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便所カチカチ

便所カチカチ

 昼休みに行き場がない。外食するのだが、毎日うどんを食べているから、食後にお店でのんびりするわけにもいかない。小さなお店なのだ。


 ならばカフェ飯でもしたらよかろうと思いもするのだが、価格が違いすぎる。

 かけうどん、一杯310円。

 カフェのコーヒー一杯よりはるかに安い。それでいて腹にたまる。どう考えてもうどん屋の圧勝なのだ。しかもおぼろ昆布と天カス入れ放題。


 いつもなら食後はビルの一階、ロビーのベンチでケータイをカチカチするのだが、今日はベンチが空いていなかった。休憩室も満席。業務フロアはケータイ持ち込み禁止。行くあてのないおばさんが行き着くところは便所しかなかった。


 いまだにガラケーを使っているので、カチカチ音がする。便所なんかでカチカチしてることがばれないように疑似洗浄音を流しっぱなしにする。電気をくう。地球に優しくない。

 などと思いながら、もう十五分も座っている。ウォシュレットつきの便座でお尻が暖かくて快適だ。きれいに掃除された個室は清潔で臭いもなく、これならば便所メシもありだな、と思う。


 けれどダメダメ。いくら羞恥心をなくしたおばさんでも、マナーくらいは守らないと。便所カチカチがマナーに則っているのかはナゾだけど。


 いつの間にか流水音が止まっていた。気づかずにカチカチしていた。音が響いて不審に思われなかったろうか、と耳を澄ましていると、出口に一番近い個室が開いて人が出てきた気配がした。手を洗ったその人がヒールの音をたててトイレから出ていき、電気が消された。

 カチカチを止めて息を潜めていたから無人だと思われたようだ。


 静かで真っ暗な個室の中に、ケータイ画面のうっすらとした光が浮かんでいる。端から見たら、とんだホラーだ。

 まあ、いい。無人なら好都合。思う存分カチカチしよう、と思ったとたんに電気がついた。


 困った。真っ暗だったトイレの個室が閉まっていて、そこからカチカチ音が聞こえたら、それこそホラーだ。ついでに流水音を突然に鳴らしたら、それもきっと怖い。

 仕方なく息を殺していると、足音はすぐに出ていき、電気が消えた。

 ケータイのぼんやりした明かりに下から顔を照らされた、あわれなおばさん幽霊は行き場を求めてトイレからさまよいでた。


 今なら浮遊霊の気持ちがわかるな、とおばさんは思った。

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