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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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赤いマント

赤いマント

 五年二組の教室に美玖と二人だけで居残ったことにどきどきしていた譲司は、今は別の意味でどきどきしていた。

「そしたらね、声が聞こえてくるんだって『赤いマントと青いマントどっちがいいか』って。それでね、答えると……」

 美玖が声をひそめて表情を殺して譲司を見上げる。

「答えると、どうなるんだよ」

 譲司は恐がっているのを隠そうと、ぶっきらぼうに答えたが、少し声が震えたことを自覚した。

「赤いマントって答えると、背中を切られて血だらけになって死ぬの。青いマントって答えると、血を全部抜かれて青白くなって死ぬの」

「なんだよ、それじゃあ、どっち言っても死んじゃうんじゃないか! どっちもいやだよ!」

 震える譲司の声を聴いて美玖は内心、大喜びしながら話をつづけた。

「どっちもいやだって言ったら、死ぬまでずうっとトイレから出られないの。でもたった一つだけ、助かる方法があるの」

「なんだよ、それ」

「それはね……」

 美玖はそこで言葉を切って長い間を取る。

「教えろよ!」

 必死になって涙目の譲司に、美玖はにやりと笑って見せた。

「あれえ? なんだっけ。忘れちゃったなあ」

「うそだ、いいから言えって!」

「んー、なんだったっけ」

「いいかげんにしろよ、お前!」

 美玖はむっとして譲司を見据えた。

「お前とか言わないで」

「お前なんかお前でじゅうぶんだ。続き、教えろ」

「だから、忘れたって言ってるじゃない」

「嘘つくな」

「ほんとだもん」

「嘘だ。本当は覚えてるんだろ」

「お前って言ったこと謝ったら思い出すかもね」

 美玖はふいっと横を向いて唇を尖らせて黙ってしまった。譲司は謝りたくて言葉が喉まで出てきたが、恐がっていると思われるのが嫌で、黙り込んでしまった。美玖はいつまでたっても謝らない譲司に腹がたて、椅子を鳴らして立ち上がった。

「じゃあね、私帰るから」

「待てよ、続きを教えろよ!」

「忘れた。いいじゃん、一生トイレに行かなきゃ赤いマントに出会わなくてすむんだから」

「そんなことできるわけないだろ、おい、待てよ」

 美玖はカバンをひっつかんで走っていった。クラスで一番足が速い美玖に追いつけるわけもなく、と、言うより恐くて足がすくんでしまい、譲司は立ち上がることもできなかった。夕日がだんだん傾いて、もう少しで日が暮れてしまう。早く帰らないと先生に叱られる。

 そうだ、先生がいるんだから恐くないって。学校に俺一人だけなわけじゃないんだから。自分にそう言い聞かせて譲司はなんとか立ち上がった。下駄箱にむかう途中にトイレがある。トイレに出るおばけ、赤マントの話を聞いた今、トイレの前を通るだけでも恐い。それなのに便意まで覚えて譲司は泣きそうになった。今すぐにトイレにいかないと、帰る途中で漏らしてしまう。譲司はトイレに駆け込んだ。

「恐い話なんてうそだ、全部作り話だ、恐い話なんてうそだ、全部作り話だ……」

 おまじないのように呟きながら便器に座ろうとすると、どこからか声が聞こえた。

『赤いマントをやろうか、青いマントをやろうか……』

 譲司はぴたりと動きを止めた。まさか、そんなわけない、怪談なんかみんな、うそなんだから。

『赤いマントをやろうか、青いマントをやろうか……』

「! 美玖か、美玖なんだろ!」

『赤いマントをやろうか、青いマントをやろうか……』

「やめろよ……」

 声は何度も何度も執拗に同じ質問を繰り返す。しわがれたその声は男のようにも女のようにも聞こえ、しわがれてすごみがあった。

 赤と答えても青と答えても死んでしまう。譲司はがたがたと震えながら崩れるように便器に座り込んだ。

『赤いマントをやろうか、青いマントをやろうか……』

 どちらもいらないと言うわけにもいかない。けれどこのままではこのままでは本当に死ぬまでトイレから出られない。

「き、きいろ……、黄色のマント……」

 譲司が消え入りそうな声で答えると、声はぴたりと止まった。これが正解だったのだろうか、これで助かるのだろうか。譲司が恐々と顔を上げると、怒鳴り声が降ってきた。

『黄色いマントをやろう!』

 突然、激しい腹痛に襲われ、譲司はパンツを脱ぐ暇もなく漏らしてしまった。泣きながら家に帰り、母親にすがりつくと、母親は大声で笑った。

「笑わないでよ……」

 泣きながら訴える譲司を見ながら母親はいつまでも笑い続けた。笑いすぎて声が枯れ咳き込んで、やっと彼女は笑いやんだ。

「笑いすぎだろ。俺が助かったのがそんなに面白いのかよ」

『助かったとお思いか』

 しわがれた母の声は男のようにも女のようにも聞こえ、しわがれてすごみがあった。

『逃がしはしないよ』

「うそだ……、こわいはなしなんてつくりもの……」

『赤いマントをやろうか、青いマントをやろうか……』

「き、きいろ! 黄色いマント!」

 叫んだ譲司の頭の上に、母親はカレー粉をぶちまけた。譲司は何が起きたか分からず呆然としたまま突っ立っていた。

「はい、これで赤いマントの呪いはおしまい。よかったわね、生きてて」

 譲司の体から緊張が解け、へなへなと座り込んで、譲司は大声で泣き出した。それから三日、譲司の体からはカレー臭が漂い続けた。譲司は呪いの恐ろしさに縮み上がり、もう二度と怪談はしないと誓ったのだった。

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