宇宙の旅人
宇宙の旅人
ある朝、目覚めてカーテンを開けると、窓の外には宇宙空間が広がっていた。
一瞬「あれ?まだ夜中だったかな?」と、思ったけれど…何かおかしい。
そうだ。見慣れた壁が見えない。
うちは新興住宅地で、家と家の間が超せまい。窓の外にはいつも、隣家の壁が手を伸ばせば触れる位置にあるはずだ。
外は、見渡すかぎり、真っ暗な空間だった。
そこにもここにも、星が光っている。…んだろうか?
たぶん、星だと思うけど…いつも見る星空と何かが違う。
そうか。瞬いていないんだ。
「キラキラ光る」って歌があるけど、今、窓の外の星は光っているけど、キラキラしていない。
そういえば、聞いたことがある。
宇宙空間では、星は瞬かないって。
地球上では空気があるから光が乱反射するけど、宇宙空間は真空だから、光はまっすぐ届く…
ってことは、今、この窓の外は真空…?
そんなバカなとは思うが、万が一もある。窓は開けずにおこう。
パジャマのまま部屋を出て、階下の台所へ向かう。
「あら、真理、おはよう。今朝はなんだか、お外がまっくらねえ」
母が言う。どうやら、家の外がおかしいことに、気付いていないようだ。
「あのさ、お母さん、窓から外、見た?」
「え、うん。さっき、牛乳とりに表に出たけど?」
「出たの!?外に!?息は?息は出来た!?」
「ええ、お母さん、息はできるわよ?」
「そうじゃなくて!ええい!出てやる」
玄関へ走り、その勢いのままドアを開け、表に飛び出す。
思わず、息を止めたまま、門まで走ったが、門から先にはなにもない。まっくらな空間が広がるだけだ。
「真理ー、どうしたのー?あなたパジャマのまま学校いくのー?」
母がのんびりと声をかける。息がくるしくなり、ぜーぜーと呼吸する。…だいじょうぶだ、酸素はある。庭に立っている松の木と竹と梅の木が、酸素を供給してくれているのだろうか?って、そんなわけあるか!
門ぎりぎりまで寄って、家の敷地と宇宙空間の境を、よく観察する。間違っても、門の外にはみ出ないよう気をつけながら。
よーく見ると、門の外に、青白い光のようなものが見える。たとえるならば、オーロラのような…?見たことないけど。
我が家に、何か、異変が起こっている。
と、考えて、はっと気付く。
「親父は!?」
「お父さんは、まだ、研究室にこもってるわよ」
「それだ!!」
家の中に駆け込む。廊下の突き当たり、一般家庭に似つかわしくない鉄製の扉を一気に押し開ける。
「親父!今度は何しやがった!?」
「おお、真理。すごいぞ、お父さん、ワープ装置の開発に成功しちゃったぞ」
「ワープ装置?」
「これがあれば、太陽系を飛び出して、外宇宙にだって、あっという間に行けちゃうぞ」
「ほほう。で、それ、試験したわけ?」
「もちろんもちろん。ほら、ごらん、私たちは今、アンドロメダ星雲のなかにいるんだ!」
嬉しそうに、窓を開け、宇宙空間をさし示す。
「なるほど。で、ワープに成功したってことは、もちろん、帰りもワープして一瞬で地球に戻れるわけだ?」
親父は後ろ頭をぼりぼりかきながら照れたように笑う。
「いやあ、それが、お父さん、星にくわしくないもんで、地球がどっちの方角か、わかんなくなっちゃったんだよねえ」
「この!クソ親父!」
渾身のアッパーカットを叩き込む。
「あらあら、真理。お父さんのアゴが割れちゃうわ。さあさ、難しい話は後にして、朝ごはんにしましょ」
のんびりした母の言葉に、毒気を抜かれ、KOした親父をズルズル引きずり台所へ向かう。
味噌汁とベーコンエッグとトースト、というアンバランスな朝食を終え、目を覚ました親父が言う。
「まあ、適当に進んでいけば、そのうち地球につくよ」
んなわけあるか!
「まあ、ステキ!宇宙旅行ね。お母さん、白鳥座に行きたいわ」
「よーし、じゃあ、まずは白鳥座を目指そう!」
両親の和やかな会話に、もうどうにでもなれ、と言う気分になってしまい、真理は天をあおいだ。
…自分が天のど真ん中に浮いていることには、目をつぶって。