はじめての雪だるま
はじめての雪だるま
しずかな夜のしずかな森に雪がふりました。コンタは母さんキツネにだかれて、あたたかくねむっていましたので巣穴の外がどうなっているか、ちっとも知りませんでした。
朝目をさまして母さんキツネのおちちをのんでいると、母さんキツネが言いました。
「今日はとてもとても寒いから、おうちにいておいで」
おなかがいっぱいになったコンタは「ふうん」と言って丸くなって寝てしまいました。
しばらくすると寒さで目をさましました。母さんキツネはエサをさがしに出かけていました。コンタは巣穴から顔を出してみました。
「なんだ、これ!」
森の木も草も地面もなにもかもまっしろで、お日さまの光をきらきらとはじいています。
「なんだこれ、なんだこれ!」
コンタは巣穴から前足をそうっと出すと雪にふれました。
「つめたい!」
こんどは鼻を近づけてにおいをかいでみました。鼻の先がつめたくなってクシャミをしました。
なんだかよくわからないもので、こわいような気がしました。けれどそれよりもコンタは雪が気になって気になって、巣穴から外へとびだしました。
コンタの四本の足は雪のなかにうもれてコンタはおなかまで雪をかぶりました。
「つめたい! つめたい!」
ずぼっと足がうまるのも、体がつめたいのも、なんだか楽しくなってきて、コンタは雪の上をかけまわりました。
ころころとかけているうちに、巣穴からどんどんはなれていきました。いつのまにか、行ってはいけないと母さんキツネに言われている人間のすみかの近くまできていました。
「なんだこれ!」
コンタは大きな大きな白くて丸くてつめたいものをみつけました。それは雪だるまなのでしたが、コンタははじめて見る雪だるまにおどろいて足がとまりました。
雪だるまはコンタの背たけの倍の倍ほど大きいのでした。コンタは雪だるまの周りをぴょんぴょんぐるぐる回りました。 コンタは雪だるまにちかづいてにおいをかぎました。ふしぎなあまいにおいがしました。雪だるまの周りには雪だまをころがしたあとがのこっていて、雪の下の地面が見えているところがあるのですが、その地面からもにおいました。あまいにおいがあんまりステキだったので、コンタは雪だまが作った道をたどっていきました。
コンタはどんどん人間のすみかにちかづいていましたが、においに夢中で気づきません。森の木がなくなって広い野原に出ても気づきません。牧場のわきにきても気づきません。そうしてとうとう人間の家のすぐそばまできてしまいました。
コンタはかきねに鼻をぶつけて、やっと人間の家に気づきました。
「なんだ、これ!」
人間の家は大きくて、コンタの背たけの倍の倍のもっと倍の高さでした。コンタはあんまり大きいので、きっとへんなかたちの山なんだと思いました。
けれどその山にぽっかりと穴があいて見たことのない動物がでてきました。
「あ! キツネだ!
はじめてみる動物はおおきな声でさけぶとコンタめがけて走ってきます。コンタはおおきな動物のおおきな声におどろいてこしがぬけてうごけません。
おおきな動物はコンタをだきあげるとギューっとだきしめました。コンタはくるしくて、もがきました。でもいくらもがいてもぬけだせません。それどころかだきしめるちからはどんどんつよくなります。
そうか、これが人間なんだ、母さんが言ったとおり、とってもこわいよ!
コンタがなきそうになっていると、山のあなからもっとおおきな人間がでてきました。
どうしよう、ちいさな人間でさえこんなにこわいのに、あんなにおおきな人間はもっともっとこわいにちがいないよ!
コンタはとうとう声をあげてなきだしました。おおきな人間はコンタをだきしめているちいさな人間のそばにくると、ひざをついてしゃがみました。
「えみり、キツネがくるしがっているよ。はなしてあげなさい」
おおきな人間がいうとちいさな人間はいや、いや、と首をふりました。
「はなしたらキツネにげちゃうもん」
おおきな人間はちいさな人間の頭をなでました。コンタの頭もなでました。あたたかい手になでられて、コンタのなみだはとまりました。
「キツネにおねがいしてごらん。おともだちになってくださいって」
えみりとよばれたちいさな人間はコンタを雪のうえにそっとおろしました。コンタはにげだそうと森のほうにむかってはしりました。うしろからえみりのなきごえがきこえます。
「キツネさん、キツネさん、えみりとおともだちになって!」
けれどコンタはふりかえらずに、はしって巣穴にかえりました。
とちゅうにはおおきな雪だるまがあります。コンタはおそるおそる雪だるまのにおいをかぎました。やっぱりあまいにおいがします。そのにおいはえみりの母さんのミルクのにおいでした。
コンタはびっくりしました。いいにおいがするものは、とてもいいもののはずです。いいにおいがするものが、あんなにこわいなんてへんです。もしかしたら、あのちいさな人間はいいものだったのかもしれない……。
コンタは勇気をふりしぼって、きた道をもどりました。
おおきな山、とコンタが思ったのは人間の家でした。その家のげんかんにえみりがたっていて、じっと森をみつめていました。
ずっととおくからそのことにきづいたコンタは雪にからだをかくしながらおおきな家にちかづいていきました。
コンタはえみりにきづかれることなく家のかべのかげにかくれました。くんくんとにおいをかいでみると、やっぱりいいにおいがします。コンタはにおいをたどるように、えみりにちかづきます。そうっと、そうっと、足音をたてないようにあるきます。
えみりまであと三歩、というところで、えみりがコンタにきづきました。
「キツネさん!」
えみりがおおごえをだしたのでコンタはびっくりしてとびあがると森にむかってかけだそうとしました。
「まって、まってキツネさん」
えみりの声がちいさくやさしくなっていくのに気づいてふりかえりました。
えみりはぽろぽろとないていました。はなもほっぺもまっかにしてないていました。
ないているえみりを見たコンタはなぜかさびしくなって、えみりのそばへいきました。あと一歩でえみりの手がとどくところでとまりました。
えみりはぺたんとすわってコンタを見つめました。そうしてゆっくり、おいでおいでとてまねきしました。
コンタはくんくんとにおいをかぎました。やっぱり、えみりはいいにおいでした。コンタはおもいきって一歩すすみました。えみりのゆびのにおいをくんくんとかぎました。えみりはじっとしています。コンタはえみりのゆびをぺろっとなめてみました。えみりはくすぐったそうにわらいました。
もう一歩コンタがちかづくと、えみりはやさしくコンタのあたまをなでました。やさしくやさしく、なんどもなでました。
ちいさな人間は、もうこわいものではなくなりました。いいにおいがする、やさしいものだとわかりました。
コンタはえみりにすきなだけ、あたまをなでさせてあげました。えみりはコンタからてをはなすとたちあがりました。
「キツネさん、いっしょに雪だるまをつくろう」
そういってえみりはりょうてで雪をすくってぎゅっとまるめました。その雪だまをまっしろにつもった雪のうえにおいて、ころころところがしました。
雪だまはすこしずつ大きくなりました。コンタはなにがおこるのだろうと、ずっとみています。
えみりは大きな雪だまを二つつくってかさねました。そのうえにちいさな石を二つならべておきました。
「ほら、キツネさんだよ!」
コンタはキツネのかたちの雪だるまのにおいを かぎました。雪だるまもえみりとおなじ、いいにおいがします。コンタはすっかり雪だるまがすきになりました。えみりはまたコンタの頭をなでました。コンタはえみりのことがすっかりすきになりました。
空がゆうぐれであかくなるまでコンタはえみりとあそびました。家のなかからおおきな人間がでてきたので、コンタは森にむかってはしりました。
「キツネさん、またあしたねー!」
えみりのげんきなこえにコンタはしっぽをふりました。
巣穴にかえってしばらくすると、母さんキツネがかえってきました。
「おや、コンタ。ずいぶん足がずいぶんひえているね。さむかったろう」
しんぱいそうな母さんキツネに、コンタはげんきよくいいました。
「ぼく、雪だるまになったんだ! だからへいきだよ!」
母さんキツネはふしぎそうなかおをしました。コンタは母さんキツネのおなかのしたにもぐりこむと、いいにおいがするおちちを、たくさんのみました。