明けない夜
明けない夜
「能天気に騒ぎやがって」
くわえていたタバコをコンクリートの床に投げ捨て靴で踏みしだきながら、ケニーは気だるげにテレビを眺める。テレビの中では数人のお笑い芸人が笑えないコントを繰り広げていた。未来人が現代にやってきて色んなものを古美術だと言って珍重する。例えば、トイレの便器やウイスキーの瓶などだ。一昔前の陳腐なお笑いだ。未来人など銀色のぴったりした服を着た外見で、数十年前のSF映画のようだった。
「そんな未来がお望みだったのかねえ。今となってはお笑い草だぜ」
ケニーはハーフライフルにマガジンを装填し、テレビに向けて構えた。コッキングレバーを引く真似をして「バン」と言う。
この納屋に入ったのは正解だった。銃もあれば食料も備蓄されている。発電機もある。なにより建物が鉄筋コンクリートなのがいい。ケニーはライフルを壁に立てかけると災害非常食のパックを開けて中身を口に放り込んだ。粉っぽいビスケットのようなものだ。味気なく、口のなかの水分を持っていかれる。尻ポケットからウイスキーの小瓶を取りだし、口を大きく開けて瓶を逆さに振った。最後の一滴が舌にポトリと落ちた。酒はもうない。テレビの中ではお笑い芸人がウィスキーの瓶を未来人と過去人で取り合っている。並々入ったウィスキーをケニーは恨めしそうに眺めた。
「チッ、シラフで奴らとやりあわなきゃならんのか」
ケニーは瓶を大事そうに床に置いた。代わりに食料をポケットに詰め込み、ライフルを肩にかついだ。テレビに近づき賑やかな番組を映していたビデオカセットを取り出す。この時代、テレビにはなんの電波も届いていない。奴らが世界中にはびこってから文明は消えた。お笑い芸人が見せた未来人などどこにもいない。
テレビの音声が消えると奴らの唸り声と鉄扉を叩く音が、いやが上にも耳に入る。ケニーはテレビを蹴り倒した。幸せだった世界の終わりを粉々に砕くために。
ライフルを構えると鉄扉を勢いよく開けた。扉を叩いていたゾンビどもが勢い余ってバタバタと倒れる。ケニーはろくに的もしぼらずゾンビに向かってライフルを撃った。腐肉が飛び散り、骨が剥き出しになる。ゾンビどもは腰骨が砕けたようで手足をばたつかせるだけで起き上がることはもうできない。一体のゾンビの頭を蹴り上げて、ケニーはつぶやいた。」
「……行くか」
どこへ行くのか、何を探しているのか、この夜は明けるのか。なにもかもわからない。ただ一つ、ケニーにわかっていることはゾンビに食われてやるつもりは毛頭ないということだけだ。
納屋から出ると広々した畑が地平線まで続いている。見渡す限りにゾンビはいない。お笑い芸人が思い描いただろう未来もここにはない。いまやこの世界でケニーを笑わせてくれるものなど一つもなかった。
遠く東の空に太陽が昇ってきつつあった。ケニーは太陽に向かってまっすぐに歩き出した。




