止まった時計
止まった時計
関西空港に降りたち、ラウンジに入ったところでパリンという音とともに手首に何かが当たった。見おろしてみると透明な円盤状のものが靴の近くに落ちている。何だろう。拾おうと左手を伸ばし、それが腕時計のカバーであることに気づいた。私の左手に巻いている時計の、針と文字盤が剥き出しになっている。耳に近づけてみると秒針の音は止まっていた。
この時計は三年前、この空港で彼女からプレゼントされたものだ。一年間の砂漠の国への海外赴任の間、私はこの時計の秒針の音を彼女のやわらかな鼓動のように感じていた。遠く離れていても彼女の心はこの時計と共に私のそばにあるのだと。
私がこの国に帰ってきたとき、彼女は私を迎えてはくれなかった。私たちの距離は近づいたというのに、心の距離はぐっと遠のいていた。私はそのことにちっとも気づいていなかった。もっと彼女のことを考え、電話の声に耳を澄ませていればと幾度も後悔した。しかし、すべてはもう終わってしまっていた。
それから二年、秒針の音は進んでいるのに、私の心は止まったままだった。今でもこの空港に来ると、彼女が迎えに来てくれているのではないかと思ってしまう。けれどそんな幻想が現実になるはずもなく、私はいつも落胆と共に空港を出る。
拾い上げた時計のカバーを嵌めてみようと腕時計にあてた時、なにか違和感を覚えた。よく見ると時計の秒針が止まっている。耳に近づけると何の音もしなかった。
ああ、そうか。お前はここで終わりたかったんだな。
私は腕時計を外した。もうよそう。時計と共にこの心も捨ててしまおう。腕から時計を外すとそこだけ日焼けせず白いままの肌が現れた。日に焼けた肌が手首の色に戻るころには、私も新しい時計と新しい時を刻んでいるように。