世界は善意でまわってる
世界は善意でまわってる
町外れに小さな食堂がある。街道沿いの好立地なのにいつも客がいないのは駐車場がないからかもしれないし、そうではないかもしれない。
店内は昼でも暗く、あいているのかどうか一目ではわからない。色褪せた暖簾が出ているからたぶんあいているのだろうとアタリをつける。曇りガラスの引き戸はほこりまみれで黒ずんでいて、レールは錆び付いて、ちからをこめてもなかなか開かない。
やっとこさっとこ戸を開けて店の中をのぞくと人けはない。苦労して入ったのだから、このまま帰るのはしゃくだ。
「すみませーん」
声をかけてもコソとも音もしない。
「すみませーーーん!」
大声を張ってやっと店の人間が出てくる。枯れ木のように細い体によれよれの割烹着を来たじいさんだ。店は営業しているらしい。安心してテーブルにつく。
じいさんは、いらっしゃいとも言わず、水の入ったコップをテーブルに置く。透明なプラスチックのコップはヒビだらけでこれも薄汚れた感じがする。水に口をつける気になれず、壁にずらりと並ぶメニューを見上げる。
いやに品揃えが多い。うどん、そば、ラーメン、ちゃんぽん、タンメン、五目そば、カレー、カツカレー、納豆カレー、焼き魚定食、目玉焼き定食、コロッケ定食、すき焼き定食、あげたらきりがない。
二度、三度とメニューを見渡し、無難なところできつねうどんにしておく。
テーブルに放り出してあるスポーツ新聞でも読むかと手を伸ばすか伸ばさないかのタイミングでうどんが出てくる。異様に早い。
割り箸を箸立てから引き抜きうどんをすする。
うまい。
五臓六腑にしみわたるダシ、とろけるようでいてしっかりとした歯応えの麺。お揚げも甘すぎずうまみがダシに溶け出す。
夢中でうどんをすするうちに、いつの間にか店主の姿は消えていた。ひとりぼっちで味に没頭する。
最後の一滴までツユを飲み干し丼をおくと、腹の底から身体中にちからがみなぎるようだ。
さて、帰ろうかと席を立っても店主は現れない。
「すみませーーーん!」
何度呼ばわっても店主は出てこない。途方にくれて、いっそ食い逃げしてやろうかと、なかば本気で思う。
レジ横に貯金箱が置いてあるのが見えた。振ってみるとけっこうな額が入っていそうな音がする。いっそ持ち逃げしてやろうかと思ったが、ふと気づき壁のメニューを見上げる。
きつねうどん 三○○円
異様に安い。貯金箱に三百円を入れて店を出る。
薄暗い店から這い出るようにして、明るい陽光の下、晴れ晴れと胸を張った。
食い逃げなどしなくてよかった。お天道様に顔向けができなくなるところだった。しかしこの店はよく潰れずにやっているな。
感心しながら歩き出すと、一人の青年とすれ違う。なんとなく振り返ると青年は苦労して引き戸を開けて店に入っていく。
きっと彼も店を出るときにはすがすがしい気持ちになることだろう。そして次の客を心中で面白がりながら見送るのだ。
この爽快感はクセになりそうだ。
この店が潰れない理由が分かったような気がした。