黒髪
黒髪
十年ぶりに幸子をみかけた。彼女は駅前のクリスマスツリーを一人で見あげていた。
あの美しく長い黒髪はばっさり切ってしまっていた。ショートカットであらわになった細い首が寒風にさらされている。
私は幸子の長い髪を指ですくのが好きだった。
背中までかかる髪は艶やかに黒く、さらりと指に心地よかった。
私達が出会ったころ、幸子の髪は肩につかないくらいの長さだった。
「髪を伸ばしたら似合うと思うよ」
そう言った私に幸子は、にこりと笑ってみせた。
「じゃあ、伸ばそうかな」
それ以来、幸子は髪を切らず、私達の付き合いの長さに従って、長くなった。付き合いが長くなるほどに幸子の表情はくらくなっていった。
「夢があるの」
ある日、彼女は突然言った。私は反対した。
「夢なんて叶うはずはないよ。君は僕のそばにいれば、それでいいじゃないか」
私達はお互いの主張を言い合い、お互いに譲らず、心は離れ続けた。そしてある日、幸子は私の元を去っていった。
今目の前に幸子は現れた。あの髪はもうない。けれど私はもう一度、彼女の髪に触れたかった。もう一度、彼女に髪を伸ばして欲しいと伝えたかった。
声をかけようとした時、駅の方から男が走ってきた。幸子の頬に明るい微笑が浮かんだ。二人は手をつないで歩いていく。
ショートカットが彼の好みなのだろうか。いや、そうではないだろう。幸子は自分で髪を切ると決めたのだろう。幸子のショートカットは明るい赤のコートとよく似合っている。
私は両手をポケットに突っ込み、一人、空を見上げた。ぴかぴかと輝くツリーのせいで月は見えなかった。