水晶龍の洞窟 10
水晶龍の洞窟 10
鏡の中の世界はどこまで歩いても真っ白でした。右も左も上も下も真っ白です。マーガレットは自分が前に進んでいるのか後ろに戻っているのかちっともわかりません。時々、自分の手や服を見下ろして、世界には色というものがあるのだと確認しなければ、白の中に溶け込んで消えてしまいそうな気持になりました。三度目に手を見下ろした時にふと、手の中に青い石があることに気づきました。
「そうだわ、この石が呪いの引き金だとあの魔法使いが言っていたわ」
マーガレットは顔の上に石をかざして、じっくりと観察しました。朝の日が昇る寸前のような濃い青で、丸くてすべすべしています。真っ青の中に一本だけ白い線が入っていて、何かの果実のようにも見えます。触るとふわりと温かくてどこかほっとするのでした。マーガレットは白い線を爪でひっかいてみました。ほんの少しだけくぼんでいるようで爪に引っかかる感覚があります。そこから割れないかと力を込めてひっかきましたが、石はしんとして冷たいだけでした。
石のことは後回しにすることにしてマーガレットは先に進もうとしました。その時、小さな人の声のようなものが聞こえました。耳を澄ましているとそれはだんだん近づいてきていました。叫び声のような、何かに怒っているような声でした。マーガレットはじっと近づいてくるものを待ちました。
真っ黒なものが急にマーガレットの目の前に現れました。驚いて三歩ほど下がったマーガレットは急に現れた真っ黒なものを注意深く見つめました。それは鏡のようでしたが、真っ黒なだけで何も映してはいません。真ん前にいるマーガレットの姿も映りません。マーガレットはそっと黒い鏡に触ってみました。氷のような冷たさに驚いて手を放しました。指がしびれるくらい冷たかったのです。マーガレットは黒い鏡の裏側に回ってみました。裏側も真っ黒でしたが、鏡の上のほう、ずっと高い位置に丸い穴が開いているのが分かりました。
「呪いの鏡と同じね!」
マーガレットは青い石を穴に嵌め込もうとぴょんぴょん飛んでみました。あまりに高い位置にあるのでとても手が届きません。
「だめだわ、あと十年は手が届きそうにもないわ……」
その時、黒い鏡が震えて大きな声を出しました。耳が痛くなるほどの声です。マーガレットは耳をふさいで後ずさりました。鏡はガタガタと前後に揺れて、前のめりに倒れました。それでも叫び続け、揺れ続けています。
マーガレットはそっと鏡に近づくと、手が届くようになった穴に青い石を嵌め込みました。すると石の周りから濃い青が少しずつ広がっていき、黒を青く染めていきます。まるで闇夜が朝の光に染まっていくようです。色が広がるうちに青の濃さも少しずつ薄らいで鏡はすっかり明るい昼の空色になりました。