傘のないあの子
傘のないあの子
あの子と行き合うのは、いつも開かずの踏み切りだった。深雪が小学校から帰る道を、あの子は逆からやってくる。
まだ二、三年生だろうに小学校で見たことはない。六年生の深雪だけれど、児童数が少ないため全校生徒の顔は見覚えている。
学校に行っていないのだろうか。深雪は不登校という言葉を思い浮かべたが、あの子の雰囲気には暗いところはなくて気ままに遊んでまわっているのではないかと思えた。学校に行かずに楽しい毎日ならうらやましいなと深雪はその子を見ながらすれ違うのだった。
あの子はいつも同じ服を着ている。黄色の縞のシャツとだぶだぶのジーンズ。ジーンズの裾に隠れて靴は見えない。初めて会った春先から、夏も秋もいつも同じ服。
初雪が降った日、深雪はニット帽と手袋をつけて、傘をさした。いくらなんでも、あの子も今日はコートを着るだろうなと思いながら帰っていた。
開かずの踏み切りで立ち止まる。遮断機は下りたままでカン、カン、カンと音をたてながら赤いランプが明滅する。列車はいつまでも来ない。
道端に積もった雪を蹴り散らしていると、踏み切りの向こうにあの子の姿が見えた。いつもどおりの黄色の縞のシャツだった。ちっとも寒そうにしていない。傘も持たずに降る雪の中にいる。
深雪はなぜか胸の中にモヤモヤしたものが生まれたのを感じた。
なにか、おかしい。けれどそれがなにか分からない。モヤモヤしたままじっとあの子を見つめる。あの子は見られていることなど気にもとめず、視線がどこへ向かっているのか見定められない。
カン、カン、カン。赤いランプは明滅する。列車はいつまでも来ない。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
深雪はなんだか居心地が悪くなった。あの子の姿を傘で遮ろうと低く持ち直した。ばさっと雪が地面に落ちて、はっとした。
あの子の頭にも肩にも雪が積もっていかない。
慌てて顔を上げた。ゴオッと冷たい風が深雪の顔に吹きかかる。特急列車の長い胴が通りすぎる。
雪を巻き上げて列車が通りすぎ、遮断機が上がる。あの子は線路の向こうにいなかった。
「知ってる?」
背中から声をかけられ驚いてバッと振り向くと、あの子がそこに立っていた。
「あかずのふみきりでわたしは死んだの」
あの子はにたりと笑うと両手を伸ばして深雪を突き飛ばした。
深雪は線路に背中から倒れこんだ。ゴオッと風が吹き付けて深雪の体は列車にはじき飛ばされた。深雪の赤い傘が宙に舞った。
頬の冷たさにふと目を開いた。深雪はレールに頬をつけた格好で倒れていた。ゆっくり体を起こしてみたが、どこも痛くない。はじき飛ばされたはずなのに、怪我もない。あたりを見回してもあの子はいなかった。
カン、カン、カンという音が始まって、深雪は慌てて立ち上がった。遮断機が下りる直前に踏み切りを渡りきった。振り返ってみても踏み切りはいつもどおりに閉じきっているだけで、おかしなところは何もない。
列車が近づいてくる音に気づいた深雪は急いで走って逃げた。
家についたころ、赤い傘がなくなっていたことに気づいた。
深雪はもう踏み切りを通らないことに決めて毎日、遠回りをしている。
開かずの踏み切りに立ち尽くす赤い傘をさした女の子の噂を聞いたとき、深雪はあの子が雪に濡れないことを嬉しく思った。




