さかさかさ
さかさかさ
「あ、雨」
窓ガラスにあたる雨粒に気づき、ふと呟くと、窓際にいる美麗ちゃんがひょいと窓の下へ目を落とした。
「ああ、本当だ」
私も寄って行って18階の窓越しに眼下を見下ろした。道行く人の傘が開いている。ほんのダイズ粒ほどの傘があちらこちらで咲いている。
窓から空を見上げても、空はただ灰色なだけで雨が降っているやらいないやらわからない。人間の目は雨粒を見上げるのにはあまり向いていないのかもしれない。
「傘、盗まれちゃったのよねえ」
美麗ちゃんが空を見上げて言う。
「傘どろぼうの傘の中に雨が降ったらいいのに」
「美麗ちゃんの傘は魔法の傘なの?」
「魔法じゃなくて呪いです」
「それは恐いね」
傘を開いたどろぼうの頭に滝のように雨が降りかかるところを想像して、少し笑った。美麗ちゃんもにんまりしているから、同じ想像をしたのかもしれない。
びしょ濡れになったどろぼうは、それでも傘を手放さないで、さかさにした傘を頭の上に捧げもって歩いていく。美麗ちゃんの傘にはどんどん雨がたまって、しまいに溢れて、やっぱりどろぼうの頭に落ちてくる。
「ああ、かわいそうなどろぼう」
美麗ちゃんは、さもおかしそうに言うと、湿気で曇ったガラスにてるてる坊主の絵を描いた。