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毎日が小旅行
毎日が小旅行
「ほんと、通勤に一時間かかりますもん。ちょっとした旅行ですよ」
エレベータに乗り合わせた若い女性の言葉に、キナコは深く共感した。キナコも片道五十分かけてバスで通勤している。その道程をキナコは毎日、飽きることなく見ている。
毎日おなじ路線を通るのだから、車窓に映る景色も同じものだ。けれど同じ景色の中にキナコは毎日新しい発見をする。
いつも通る散歩中の犬が冬用の服に衣替えしたとか、コンビニにおでんの幟が立ったとか、雨の日は通りすぎる傘のさまざまな色を楽しんだ。
乗客もほとんどが見知った顔だが、その人たちも毎日違う表情だ。疲れていることも、背筋が伸びていることもある。
エレベータで乗り合わせた女性も、そんな風に毎日なにかを発見しているんだな、と思うと嬉しくなった。女性の同僚らしい男性も通勤が小旅行という言葉に深くうなずいている。
「ほんと、寝ちゃいますもん。毎日」
(寝るのかよ!)
キナコは女性の言葉にこころの中でツッコンだ。




