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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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とろけるのろけ

とろけるのろけ

 サラサは最後に残った独身仲間だったので、結婚式に出席した時には、杜夫はあふれる涙をこらえるのに必死だった。ウエディングドレス姿のサラサは本当に幸せそうで、杜夫も心揺さぶられたのだ。サラサの飛びきりの笑顔に、独身者一人取り残された寂しさも癒された。

 そのせいか、杜夫はサラサが幸せだとのろけるたびに、自分も幸せのおすそわけをもらったようで、不思議に満ち足りた気持ちになった。

 他の仲間たちののろけは聞いてもとくに楽しくもなく、というより迷惑で、適当に相づちをうつものの、ろくに話を聞いていなかった。


「……でね、梅ヶ枝餅が食べたいな、ってなんとなく言ったら、わざわざ太宰府まで買いに行ってくれたの」


「へえ、すごいね」


 杜夫は電車に乗って太宰府に向かう男の姿を想像してみた。愛するサラサのため、サラサの笑顔を見るためだけに遠出する男。ほほえましく、どこか恥ずかしい気持ちもあるのであった。


 サラサは嬉しいことがあるたびごとに杜夫に電話してきた。そのたびごとに杜夫の想像の中で、男はサラサに尽くしていた。それはそれは嬉しそうに。


「いつものろけを聞いてくれて、ありがとう。話せる人は杜夫くんだけで」


「僕でよかったらいつでも大歓迎だよ。いつでも電話して」


 杜夫は心からの言葉を贈った。



 サラサが入院した。婦人科の病気だとかで、杜夫にはよくわからなかったが、とるものも取りあえず病院に駆けつけた。


「杜夫くん、来てくれたんだ」


 サラサはいつもより弱々しく笑った。杜夫はたまらず枕元にしがみついた。


「大丈夫なの、サラサ! 僕でよければなんでもするから、なんでも言って!」


「ありがとう、杜夫くん。来てくれただけで嬉しい」


 少し頬がこけたようで、笑顔が痛々しく感じられた。杜夫はなにもできない自分が歯がゆくて仕方なかった。

 サラサの視線が杜夫からそれた。杜夫の後ろに向けて笑いかけている。それは杜夫に向けられた弱々しい笑顔ではなかった。花が咲いたように明るい笑顔だった。


「杜夫さん?」


 男性の声に振り返ると、サラサの夫が菓子店の箱を手に病室に入ってきたところだった。夫のことは結婚式の時に見知っていた。けれど、杜夫の想像の中で甲斐甲斐しくサラサために働いていた男とは似ても似つかなかった。

 サラサの夫は丁寧に頭をさげて杜夫に見舞いの礼を言った。サラサは軽く微笑み、夫の背中を見つめた。それからなにごとか立ち話をして病室を出た。サラサの表情は初めに見たときとは比べ物にならないくらい美しかった。


 病院を出る前にトイレに寄った。なんとなく入ってしまっただけで用はなかった。手だけでも洗おうかと洗面台に向かうと、そこに、杜夫がずっと想像し続けた男がいた。サラサののろけを聞くたびに、サラサのために働いていた空想の中の男。鏡の中に、その男はいた。


「俺は、サラサが好きだったのか……」


 鏡の中の杜夫は、茫然としていた。何かをなくしたように見えたが、何もなくすものなど杜夫は持っていなかった。初めから何もなかったのだ。

 杜夫はきれいに手と顔を洗って、病院を出た。初冬の日暮れは早く、外はもう真っ暗だった。杜夫の想像の中で、一人の男は闇の向こうに消えた。

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