いつか夢の国へ
いつか夢の国へ
「えー、美喜ちゃんTDSいったことないのー?」
「TDSってなに?」
「ディズニーシーのことだよ。私は十二回も行ったことあるよ!! 毎年行ってるんだ」
小学校からの帰り道、ミリアのいつもの自慢が始まった。
「お父さんもお母さんも、私が行きたいって言ったらすぐ連れていってくれるよ」
「でも、東京なんて遠いじゃない。お金がかかるよ」
「私が頼んだらお金がかかっても連れていってくれるんだ」
「ふうん……」
ミリアの家はお金持ちだ。お城みたいな門がある三階建ての豪邸にすんでいる。美喜のお母さんは「あれくらいじゃ豪邸とは言わないわよ」と笑うが、美喜にとってミリアの家は信じられないくらい豪華だった。庭も広くて車庫には三台も高級車がとまっていた。
「車で行くの?」
なんとなくそう口にした美喜をミリアは鼻で笑った。
「まさか! 飛行機で行くよ」
笑われてばつが悪くなった美喜は黙りこんだけれど、ミリアは気づきもせずにTDSについて話続けた。そこがどんなに楽しいか、どんなに美しいか、そしてどんなにお金がかかるか。
美喜はうつむいて自分の爪先を見つめながら歩いた。一足しか持っていないスニーカーは汚れて灰色になっている。
「ぜったい、美喜ちゃんも行った方がいいよ!」
「……私はいいよ」
「なんで?」
「ディズニーあんまり好きじゃないし」
「ミッキーとかミニーばっかりじゃないんだよ。TDLにはシンデレラのお城もあるし、白雪姫のアトラクションもあるんだから」
白雪姫の名前に、美喜は顔をあげてミリアを見た。ミリアは美喜の関心を引いたことで得意になって話す声がますます大きくなった。けれど美喜はもう聞く気にはなれなかった。
美喜は白雪姫が好きだった。唯一、家にある絵本で、もうボロボロだけれど、小さい頃から数えきれないほど読み続けて一言一句覚えていたけれど、捨てる気にはなれない。
美喜のところにもいつか王子様がやってきてお城に連れていってくれるんだと密かに思っていた。そんな考えが子供っぽい空想でしかないと分かってはいたが、捨てられない夢だった。
ミリアはひとしきり喋って満足したらしく、アニメのことに話題を変えた。美喜は生返事をしながら、心は遠く白雪姫と小人の家に飛んでいた。
ふんわりしたドレスで森を走って継母から逃げていく。大切なものもみんな捨てて、命だけを抱きしめて逃げていく。幸せもあきらめて、ただ生きるために走る。その先にも罠が待ち構えている。けれど頑張って、頑張っていれば、いつか王子様が……。
「じゃあね、バイバイ!」
いつの間にかミリアの家の前まで来ていた。ミリアはお城のような門の向こうに行ってしまった。美喜が決して手にいれられない満たされた幸福が、門の向こうにあった。立ち止まったまま動けない。うらやましくて悔しくて、美喜は唇を噛んだ。
スカートのポケットから小さな財布を取り出す。中をのぞくと十円玉と一円玉しか入っていなかった。ぎゅっと財布を握りしめて駆け出した。どこかへ行こうと思ったわけじゃない。ただ、今のままでいるのは嫌だった。走って走って走って、美喜は走り続ける。いつか夢の国にまで行けるようになるために。




