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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
801/888

エンドレス呑み

 ツグミが目覚めたところは交番で、ギイときしむパイプ椅子に座らされていた。


「起きたとね?」


 強い方言のイントネーションに顔を上げると、あきれ顔のお巡りさんと目があった。


「あんた、公園の木に抱きついて寝とったんよ。女の子がそんなことしちゃ危ないがね」


 そんな記憶はかけらもなかった。三軒目の屋台の暖簾をくぐったところで突然目が覚めた感じだった。


 ツグミはぼんやりと交番の中を見回した。

 壁に貼られた付近の地図と救急病院の電話番号一覧、スチール製の机の上に電話と無線機、お巡りさんは帽子を脱いで机の上に置いていた。


「大丈夫ね? ぼんやりしとるけど。家に帰れるね?」


 家ってどこだっけ……、ツグミは頭の中を探ろうとしたけれど酔いちくれた脳みそは、いくらしぼってもアルコールがしみだすだけだった。

 そんなツグミの様子を見ていたお巡りさんはため息をつくと、壁際に寄せてある腰高のサイドデスクまで立って行き、ポットのお湯で、小振りな湯呑みにお茶を淹れた。ツグミの前にその湯呑みを差し出すと、もう一度、深々とため息をついた。


「そんなになるまで呑んでどうするとね。肝臓ばやられるだけたい」


 ツグミは黙ってお茶を飲む。


「適量ば呑んでほろ酔いが一番。いくら呑んでも、どうせすぐにションベンになって出てくるとやけん」


 ツグミはぼんやりした脳みそでお巡りさんのお説教を聞いていた。お巡りさんのお酒の呑み方や家族構成、若い頃の武勇伝まで飛び出して、なかなかに聞き応えがあった。けれどもツグミはろくに聞いておらず、目はどんどんと閉じていった。


「ほら、寝たらいけん。立って歩いて帰りんさい」


 お巡りさんに肩を揺すられ、なんとか立ち上がる。立ったままでお茶を飲み干し、ふらふらと交番を出た。どこをどう通ったのかも分からないまま、次に目覚めたのは自分のベッドの上だった。




「あんたまたかね」


 お巡りさんの声に目を覚ます。ギイとパイプ椅子が鳴る。四軒目のパブでフイッシュ&チップスを頼んだ次の瞬間に交番に瞬間移動したようだった。


「公園の滑り台に寝とったよ。もう寒いっちゃけん、凍死するかも知れんとぞ」


 お巡りさんはツグミの前にお茶を置いてお説教を始めた。ツグミはうつらうつらしながら聞くともなしに聞いていた。お巡りさんの苦労や人生観が語られ、かなり聞き応えがあったが、ツグミはフイッシュ&チップスをちゃんと食べたかどうかが気になって、ろくに耳に入っていなかった。


「ほら、もう帰らんば。歩けるやろ」


 お巡りさんに肩を揺すられ、ツグミはしぶしぶ立ち上がった。フイッシュ&チップスの味を口の中に探しながら歩いて帰った。





「あんたね、いいかげんにしんしゃい」


 飲み放題の居酒屋で三時間を過ごし、会計をしていたと思ったら、交番に瞬間移動していた。


「公園のブランコにまたがって、落っこちそうになっとった。頭でも打ったらどげんするとな」


 ツグミは出されたお茶をすすりながら、お巡りさんのお説教を聞いた。お巡りさんの出世についてや恋愛観など興味深い内容だったが、ツグミは財布にいくら残っているかが心配で話に集中できなかった。


「あんた、聞いとるとね?」


「すみません、聞いてません」


 お巡りさんはツグミの手から湯呑みを引ったくると、シッシッと手を振った。


「早よう帰れ! また公園で寝とっても、もう交番には入れてやらん!」


 ツグミは交番から追い出され、ぼんやりと空を見上げた。冷たい夜空にさえざえと月が輝いていた。ああ、いい月夜だ。ツグミは機嫌よく帰った。





「あんたは、もう!」


 耳のそばで叫ばれた大声でツグミは目を覚ました。公園の鉄棒に、干された布団のような格好で引っ掛かっていた。お巡りさんがしゃがみこんでツグミの耳に口を近づけて大声でお説教を始めた。お巡りさんの女性礼賛や死生観など含蓄に富んだ話だったが、ツグミはくしゃみを我慢するのに精一杯だった。お巡りさんは大きなため息をついた。


「どうせ聞いてないとやろ」


「はあ、すみません」


「もう、よか。好きにしたらよかたい。肝臓やられようが凍死しようが、あんたの人生たい。けどな、これだけは言うとく」


 お巡りさんはツグミの鼻先に指を突きつけた。


「警察の厄介にだけはなったらいけん」


 そう言い置くと、お巡りさんはポケットから温かいお茶のペットボトルを取り出してツグミに手渡し、交番へ帰っていった。ツグミはもらったお茶を飲みながら、ずいぶんとご厄介をかけてしまったなと思った。少し酒との付き合いかたを考えねばと思いつつ家に帰った。





「あんたって人は!」


 お巡りさんのどなり声で目を覚ましたツグミは……

 ツグミが目覚めたところは交番で、ギイときしむパイプ椅子に座らされていた。


「起きたとね?」


 強い方言のイントネーションに顔を上げると、あきれ顔のお巡りさんと目があった。


「あんた、公園の木に抱きついて寝とったんよ。女の子がそんなことしちゃ危ないがね」


 そんな記憶はかけらもなかった。三軒目の屋台の暖簾をくぐったところで突然目が覚めた感じだった。


 ツグミはぼんやりと交番の中を見回した。

 壁に貼られた付近の地図と救急病院の電話番号一覧、スチール製の机の上に電話と無線機、お巡りさんは帽子を脱いで机の上に置いていた。


「大丈夫ね? ぼんやりしとるけど。家に帰れるね?」


 家ってどこだっけ……、ツグミは頭の中を探ろうとしたけれど酔いちくれた脳みそは、いくらしぼってもアルコールがしみだすだけだった。

 そんなツグミの様子を見ていたお巡りさんはため息をつくと、壁際に寄せてある腰高のサイドデスクまで立って行き、ポットのお湯で、小振りな湯呑みにお茶を淹れた。ツグミの前にその湯呑みを差し出すと、もう一度、深々とため息をついた。


「そんなになるまで呑んでどうするとね。肝臓ばやられるだけたい」


 ツグミは黙ってお茶を飲む。


「適量ば呑んでほろ酔いが一番。いくら呑んでも、どうせすぐにションベンになって出てくるとやけん」


 ツグミはぼんやりした脳みそでお巡りさんのお説教を聞いていた。お巡りさんのお酒の呑み方や家族構成、若い頃の武勇伝まで飛び出して、なかなかに聞き応えがあった。けれどもツグミはろくに聞いておらず、目はどんどんと閉じていった。


「ほら、寝たらいけん。立って歩いて帰りんさい」


 お巡りさんに肩を揺すられ、なんとか立ち上がる。立ったままでお茶を飲み干し、ふらふらと交番を出た。どこをどう通ったのかも分からないまま、次に目覚めたのは自分のベッドの上だった。




「あんたまたかね」


 お巡りさんの声に目を覚ます。ギイとパイプ椅子が鳴る。四軒目のパブでフイッシュ&チップスを頼んだ次の瞬間に交番に瞬間移動したようだった。


「公園の滑り台に寝とったよ。もう寒いっちゃけん、凍死するかも知れんとぞ」


 お巡りさんはツグミの前にお茶を置いてお説教を始めた。ツグミはうつらうつらしながら聞くともなしに聞いていた。お巡りさんの苦労や人生観が語られ、かなり聞き応えがあったが、ツグミはフイッシュ&チップスをちゃんと食べたかどうかが気になって、ろくに耳に入っていなかった。


「ほら、もう帰らんば。歩けるやろ」


 お巡りさんに肩を揺すられ、ツグミはしぶしぶ立ち上がった。フイッシュ&チップスの味を口の中に探しながら歩いて帰った。





「あんたね、いいかげんにしんしゃい」


 飲み放題の居酒屋で三時間を過ごし、会計をしていたと思ったら、交番に瞬間移動していた。


「公園のブランコにまたがって、落っこちそうになっとった。頭でも打ったらどげんするとな」


 ツグミは出されたお茶をすすりながら、お巡りさんのお説教を聞いた。お巡りさんの出世についてや恋愛観など興味深い内容だったが、ツグミは財布にいくら残っているかが心配で話に集中できなかった。


「あんた、聞いとるとね?」


「すみません、聞いてません」


 お巡りさんはツグミの手から湯呑みを引ったくると、シッシッと手を振った。


「早よう帰れ! また公園で寝とっても、もう交番には入れてやらん!」


 ツグミは交番から追い出され、ぼんやりと空を見上げた。冷たい夜空にさえざえと月が輝いていた。ああ、いい月夜だ。ツグミは機嫌よく帰った。





「あんたは、もう!」


 耳のそばで叫ばれた大声でツグミは目を覚ました。公園の鉄棒に、干された布団のような格好で引っ掛かっていた。お巡りさんがしゃがみこんでツグミの耳に口を近づけて大声でお説教を始めた。お巡りさんの女性礼賛や死生観など含蓄に富んだ話だったが、ツグミはくしゃみを我慢するのに精一杯だった。お巡りさんは大きなため息をついた。


「どうせ聞いてないとやろ」


「はあ、すみません」


「もう、よか。好きにしたらよかたい。肝臓やられようが凍死しようが、あんたの人生たい。けどな、これだけは言うとく」


 お巡りさんはツグミの鼻先に指を突きつけた。


「警察の厄介にだけはなったらいけん」


 そう言い置くと、お巡りさんはポケットから温かいお茶のペットボトルを取り出してツグミに手渡し、交番へ帰っていった。ツグミはもらったお茶を飲みながら、ずいぶんとご厄介をかけてしまったなと思った。少し酒との付き合いかたを考えねばと思いつつ家に帰った。





「あんたって人は!」


 お巡りさんのどなり声で目を覚ましたツグミは……

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