ぴかぴかの
ぴかぴかの
入院した母の代わりに家事をすることになった初音は、初冬になってやっと新米を買った。
せっかく食事を作ってもみんなが不味い、不味いとうるさいので最近は米だけ炊いて惣菜やレトルト食品をテーブルに並べている。
「こういうものは食べつけないよ。あたしはご飯とお漬け物でいいよ」
とひいばあちゃんが言うので、それならせめて美味しいご飯を炊こうと米屋に出向いた。
近所の米屋は、明るい砂色のアパートの一階で、というより、米屋が上階を賃貸しているようだが、店先には紺色の大きな暖簾に一言「米」とでかでか書いてある。
初音が暖簾をかきわけてガラス戸から中をのぞくと、何やら大きな機械がごんごん音高く働いているだけで人はいない。
少しだけ戸をひいて、そっと声をかけた。
「すみませーん……」
初音の弱々しい声は機械の音にかきけされた。店の中に一歩踏み込んで大きな声で呼ばわる。
「こんにちはー!」
「はい、はーい」
機械の音に負けない大声が店の奥から聞こえ、すぐに頭頂部の髪がさびしくなったおじさんが出てきた。
「はい、お待たせ。買うのかな? 搗くのかな?」
「つく?」
おじさんは初音の手の中に財布しかないのを見ると、うん、とうなずいた。
「買うのね。白かな、玄米?」
「あ、白米を」
「そう。銘柄はどれにする?」
たずねられて店の中をぐるりと見渡したが、米が詰まった茶色の大きな紙袋がたくさん積んではあるが、どんな銘柄なら美味しいのかわからない。初音は唯一知っている銘柄に決めた。
「コシヒカリ」
「どこのにする?」
「どこのって?」
「産地。魚沼とか佐渡とか岩佐とか」
「産地が違うと味が違うんですか?」
「違うね」
「一番美味しいのはどれですか?」
「そりゃあ、好みは人それぞれだよ」
「じゃあ、魚沼で」
「何キロ?」
「えっと、二キロ?」
「五千八百三十円ね」
「え! そんなに高いの!?」
「うちの魚沼は料亭で使われるやつだからね。値段が安いのがいいなら、近所でとれたのが安いよ」
「近所」
「三丁目の佐藤さん所のは安いよ」
「近っ!」
「二キロで千円ね」
「……なんでそんなに安いんですか?」
「委託販売でね。値段は佐藤さんが決めてるんだ。味は美味いよ」
「好みは人それぞれなのに、おすすめするほど美味しいんですか?」
「まあ、近所のよしみだよね」
初音はしばらく考えたが、三丁目の佐藤さんのコシヒカリを千円ポッキリで買って帰った。
その晩、炊きたての新米をひいばあちゃんはにこにこと嬉しそうに頬張った。
「さすがにコシヒカリは美味しいねえ」
「三丁目の佐藤さんのコシヒカリなんだよ」
ひいばあちゃんがパタリと箸を置いて眉をひそめた。
「三丁目の佐藤さんって、シロの家のことかい?」
「そうだと思うよ」
ひいばあちゃんは口を堅くむすんでご飯茶碗を遠くに押しやった。
「どうしたの、ひいばあちゃん。食べないの?」
「いらん」
「なんで」
「シロのところのは食えん」
「佐藤さんと何かあったの?」
「なーんもない」
「じゃあ、なんで?」
ひいばあちゃんは初音に顔を近づけて小声で呟いた。
「シロがな、あの田んぼにシッコするのさ」
初音もパタリと箸を置いた。二人はカップラーメンで夕飯をすませた。
「お? 今日のご飯は美味しいじゃないか」
「うん、うまいよ。姉ちゃん、どうしたの?」
残業で遅く帰ってきた父と部活で遅くなった弟はもりもりと白米をたいらげた。初音とひいばあちゃんは生ぬるい笑みで二人を見守った。
二キロの米のほとんどは食べ盛りの弟の腹におさまった。初音とひいばあちゃんはパンばかりを食べた。
「あたしもハイカラなものが食べたくてね」
ひいばあちゃんは、やはり生ぬるい笑みで今日もトーストをかじっている。




